第百五十八話:鬼が嗤う
来年の話はしてません。
オーガ。背中の驚異に発達した打撃用筋肉がやがて鬼の貌に見える奇怪な形状に変化を遂げたのが由来となっている。曰く、地上最強の生物……
違う、そうじゃない。いわゆるファンタジーでお馴染みのモンスターである。凶暴で残忍な性格で、人肉を食べる。知性や賢さといったものはほとんどなく、また、自由に動物や物に姿を変えることができるというのがまあ昔話のオーガである。だけど目の前にいるのは間違いなく「鬼」である。
喋っていて、ゴブリンたちを統率している事から知能が低いとは思えない。むしろ、罠などを駆使しているあたり、知能は高そうだ。「落とし穴」じゃなくて「陥穽」って言ってるしね。そんな言い方ぼくも分からなかったよ、くそう。
「さて、お前ら程度に力を振るうのも勿体ないが、せめてもの情けにこのワシが正々堂々葬ってやろう」
オーガは腕をぐるぐると廻した。武器は持っていない。肉体言語というやつだろう。武器を持つ必要がないのかもしれないし、武器がもたないのかもしれない。
「そこの男、貴様から血祭りにあげてやろう。覚悟はいいか?」
ぶっちゃけ、ぼくに五メートルの大きさの鬼とどう渡り合えと言うんだ。まず勝てない。無理無理無理無理カタツムリ。対抗出来るとしたら落とし穴に落ちたアリスだけだろう。いや、アスカでもいけるとは思うけど。
「きゃあ!」
後ろの方で声がした。アンヌの声だ。どうやらゴブリンの不意打ちを食らったらしい。アスカがそっちに走る。
「正々堂々じゃなかったのか?」
「正々堂々獲物に向かっただけよ。ゴブリンにとっての獲物はメスだからなあ」
「お前ってやつは……」
怒りに思わず拳を握っていた。いやまあ顔面に入れても効かないかもだし、第一そこまで手が届かない。
「殴りたいか? 殴ってもいいんだゼ? お前みたいなチビに手が届けばな!」
そらまあオーガに比べたらチビにもなるだろう。これでも成人男子の平均は超えているんだが。ぼくの足にジェット推力つけていればなあ。
「そら、じゃあトドメだ……な、なんだ、この揺れは!?」
そう、グラグラと地面が揺れていた。こんな所で地震? なんかの地鳴り? 震源は穴の中っぽかった。もしかしてアリスか?
「主様に何を言ってるんだ!」
アリスが穴からなんかビーム砲の様なものを撃ち出して、穴を斜めに削った。その坂道をゆっくりと上ってくる。ようやく上り始めたばかりなんだ、この長く続く男坂をよ! すいません、ちょっと言ってみたかっただけです。それにしてもあんなビームなんてどこから出したんだ?
「主様、ご無事ですか?」
「アリス、あのビームは?」
「あれですか? なんかあった時のために持ってってってアミタちゃんが」
どうやらアミタが好きに作っていたらしい。オーバーテクノロジーだろうがよ。だいたいエネルギーは……あ、もしかしてアリスのエネルギーを使ったのか?
「な、何者だ、テメー!」
「私は主様の伴侶」
「違います」
「……主様の第一の寵姫」
「それも違う」
「…………主様の、その、お付の人」
「大事な娘分だ」
「!! 主様に大事にされてる私! それはアリス!」
いや、まあ娘分ってのは取り繕った表現かもしれない。でもまあこの手で、パペットマスター使ってだけど作ったんだから娘みたいなものだろ。
「しゃらくさい。貴様から吹っ飛ばしてやる!」
オーガは大きく振りかぶって打ち下ろしの右をぶちかまして来た。五メートルの高さから振り下ろされるそれは尋常ではない速度と威力を秘めていた。その凄まじい鬼の一撃が
アリスにあっさりと片手で受け止められた。足元は少し沈んだものの、身体にはどこにも影響は出ていないようだった。
「こんなもの? ヤマイノシシの方がよっぽど強かったよ」
ヤマイノシシって大きいもので三メートル程度だったと思うんだけど、本当にそれはヤマイノシシなの? なんかグリンブルスティとか名前変わってない?
「なっ、なんだと!? くそ、女だからゴブリンどもの孕み袋にしようと思って手加減してしまった様だな。貴様、もう容赦はせんぞ! 今度こそ死ねえ!」
「あらよっと」
オーガの渾身の左パンチをすっとかわすと、アリスはそのまま腕を取って一本背負いの様に投げた。無様に倒れるオーガ。だが、攻撃はそれで終わりではなかった。アリスは投げた左腕をそのまま腕ひしぎ十字固めにとって、地面に押し付けている。
「グオオオオオオ、腕が、ワシの腕がァァァァァァ!」
動こうとしてもがっちり極まっていて動けなさそうだ。いや、動けば肘関節があらぬ方向に曲がる。
「よいしょ」
「ウガァァァァァァ!?」
あ、あっさり折りやがった。いやまあどの道討伐するから構わんのだけど。




