第百五十六話:うさぎ美味しかの山、小舟吊りしかの川
忘れがたきふるさと(の苦い思い出)
「陛下、今仰られたことは本当ですか?」
「え? ヒルダ、お前いつから聞いていたのだ?」
「そうですね、陛下が食事中にビールを飲ませろと騒いでおられたところからでしょうか」
「そんなに前から!? な、ならばそのまま連れて帰ればよかろう」
「ビールを強請るだけならともかく、森の異変の調査の事まで出されては交渉の行方を見守るしかないではないですか」
黙り込む二人。ヒルダさんは続ける。
「アヤ、あなたが護さんのところに嫁ぐとなれば帝国としても歓迎しますよ」
「ヒ、ヒルダ、と、止めてくれないんですか?!」
「何を言うのですか。大事な友人の門出じゃありませんか。陛下を私に黙って連れ出した事も見逃しますよ」
「ええと、それって結婚しなかったら」
「そうですね、逃亡幇助罪で入牢ですかね」
逃亡幇助罪って牢屋に入れられてたりする犯罪者を逃がすのを手伝った場合じゃなかったっけ? いや、ここは帝国だから法律が違うのかもしれない。まあ、確かに仕事をしない皇帝陛下を閉じ込めて仕事させてたんだから牢屋みたいなものか。
「護さん、私、ちょっと酔っぱらっちゃったみたいです。ほら、こんなに火照って」
豊満な胸をチラチラ見せてくる。豊胸薬で膨らませた二つの膨らみは柔らかそうなのは間違いない。まあ、ぼくとしてはあまり興味もないけど。これが太ももをチラチラさせてたら危なかった。
「主様に何てものを見せてるの! 下品、最低!」
「まあまあ、アリスちゃんももっとオ・ト・ナになったら分かりますよ」
「むきー! 私は十分大人のレディだもん!」
むきーって言ってる辺り、大人には見えないのだけど、アリスはあれでいいのだ。というか豊満な胸ならアスカやアミタで見慣れてるからな。
「ご主人様、揉む?」
「ア、ア、ア、アスカちゃん!?」
「要らんわ。おっぱいにはそんなに興味無い」
「残念。揉みたくなったらいつでも言っ」
「アースーカーちゃーん?」
アリスの手がアスカの頭を掴む。こめかみがピクピクしてるのはパペットの再現性のすごいところだ。本当に人間と見分けがつかない。
「アリス姉様、頭、割れる、救助、要請、後生、懇願」
「アリス、やめなさい」
アスカの頭に跡がつきそうというかそのままだと割れちゃうかもなので制止した。ちゃんとぼくの命令は聞くので暴走はしてない様だ。
「あの、それで、私は妾にしてもらえるんですか?」
アヤさんが捨てられた子犬のような目をしてぼくに迫ってくる。いや、今の見といてまだグイグイ来るの? 事情を知らない転校生並に来るね!
「ヒルダさんの話も聞いたし、同乗する点も無きにしも非ずですけど、アヤさんを娶るとか妾にするとかは考えてません」
「なんでですか!? ほら、こんな美女が護さんの好きに出来るんですよ!?」
うん、確かに最初というか第一印象だけなら美女だよ。でも今までの為体でそれは無いわ。あんた色気より食い気じゃないか。
「残念ね、アヤ。あなたとはいいお友達だったと思うけど、ここまでかしら」
「ヒルダ!? ま、待って欲しいの。ほら、あの小さい頃に一緒に食べたスイカの味を思い出して!」
「ええ、ええ、覚えてますとも。あなたがスイカを畑から盗んできた事も。共犯者に仕立てあげようと私を巻き込んだ事も、割ったスイカの大きい方をあなたが持っていった事も、バレた時に私を置き去りにして逃げた事も!」
おいおい、昔からアヤさんはアヤさんだったって事か。いや、そんな事されたら幼いヒルダさんの心に傷も出来ようもん。
「お、落ち着いてください。ほら、一緒に狩りで取ったイノシシとか美味しかったよね?」
「ええ、私を囮に使ってイノシシ誘き寄せたり、解体が出来ないからって私に押し付けたり、そのくせ食べる段になったらものすごい勢いで食べたり、ね」
なんか火に油を注ぐばかりになりそうだ。というかヒルダさん、苦労してたんだなあ。
「あ、あの、ヒルダさん。その、この森の調査にアヤさんを帯同してもらいたいんですけど」
「おや、護さん、こんなバカを庇う必要はありませんよ?」
「いや、庇ってる訳ではなくて、森の調査なら帝国側の人間も居ないとぼくらの証言だけじゃ信用されないかもしれませんから」
「護さん……やっぱり私のことを」
イラッとしたがまあ帝国の監視者がつくのは問題ない。というかつかなきゃいけない。で、可能性としてはアヤさんが最有力なのだ。ヒルダさんは忙しいだろうし、皇帝陛下は以ての外だ。いや、来たがるかもしれんけど、それやるとヒルダさんの心労が半端なくなるからなあ。
「わかりました。受牢の代わりに森林探査の帯同を命じます。別に断ってもいいですよ?」
「やらせていただきます!」
「なあ、我のビールを……いや、なんでもない」
空気の読めない皇帝陛下は放っておいて森林探査の準備をしますか。




