第007話.頭抱える女神さま♧
ここは地上界と呼ばれる異世界、最果ての場所。何処にあるか誰も知らない、地上界とは完全隔絶された場所……
空にはライトグリーンの雲、レモンイエローの雲、ピンクパープルの雲……色んなカラフルな雲が四方八方行き交います。そして、はるか上空に『次元の渦』と呼ばれる黒雲が姿をわずかに覗かせます。
大地は所どころ縦長に穴が空いており、そこから“歪極の雲河”が見えます。言い伝えによれば、この遥か深き雲河の奥底に『天界の扉』というものがあり、そこで地上界と繋がっているそうです。
この大地に天高くそびえ立つ3つの巨大神殿のひとつである「純白の神殿」の最上階、壁が刳り貫かれて丸見えになった大広間にて……大理石の机にカジりつき、ガリ勉スタイルで膨大な書類の山と格闘する人影がひとつ。
……女神さまです。
女神さまが、書類の山を見てふぅっと溜め息をついていると……
ふぁ~ん♪ ファ~ン♪ ふぁ~ん♪ ファ~ン♪
ちょっと音程がズレているんでしょうか? どこか間の抜けた様な、全然緊張感の無いサイレンの音が鳴り響きます!
【禁忌ちゃ~ん、今のサイレンは何の警報なんですか?】
テレパシーを感知し、はいは~いとフワフワ飛んで来たのはビホルダー。その名も「禁忌ちゃん」。
“禁忌の力”は本来はもっと巨大で、無数の邪眼を有する禍々しい姿でした。そして、もともと地上界とこの隔絶世界のパワーバランスを調性する『バランサー』の役割を担っていた、らしいんですけど……
ちょっとした“すったもんだ”があった末に、逆に全ての力を女神さまに吸収されちゃったんです。
その為、今や「禁忌ちゃん」と呼ばれるソレは無数の邪眼どころか小さい愛くるしい丸っこい目がひとつあるだけ。良くみたら、目蓋がある様に見えるんですが……気の所為でしょうか?
【何か今、地上界の方で『黒瘴警報』が発動したみたいですよぉ~】
禁忌ちゃんは、つぶらな瞳をフヨフヨ浮かせながら説明します。
……なんかカワイイ♡
黒瘴……即ち瘴気が黒い渦となって地上界で猛威を奮っているんです。瘴気とは地上界の遥か下、地獄界で燃え広がる“消えない炎”、獄炎によって生み出される熱風の事です。
でも、普段は地獄界から地上界へと漏れ出て来る瘴気は微量なハズなのに……
【場所は……?】
【アルカディア大陸だよ!】
【うぐふ!】
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場所を聞き、女神さまひっくり返り頭を強打、絶賛悶絶中。しばらくお待ち下さい。
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至急何らかの手を打たないと、地上界に住む者達にも影響が及んでしまいます!女神さまと違い、神気を持たない“地上界の民”は瘴気に対抗する術を持ち合わせていないからです!
一計を案じた女神さまは、少女を1人呼び寄せました。
【チェリー、いますか? 貴女に初任務を与えますから、こちらへ来て下さい♪】
チェリーと呼ばれる少女は、すぐサッと現れました。チェリーは、女神さまの前に跪きます。
【チェリー=グレイシア、貴女に初任務を与えます。地上界の民と協力して黒い渦を調査、出来れば沈静して来て下さい!】
2人はフワッと飛んで、刳り貫かれた壁から外に出ます。
【ちゃんと任務、出来るかな……】
女神さまはフワフワと浮かびながら、優しく微笑みます。
【大丈夫です、だって貴女は『ワタシが出来る事はだいたい出来ちゃう』じゃないですか! 貴女は、そういうスキルを持っているんですから】
チェリーは、おどおどして両手をブンブン振っています。
【でも、あのスキルは……発動条件が○○○過ぎて地上界では殆ど役立たずだったスキルなのに?】
すると、女神さまはニッと笑ってこう言ったんです!
【アラ、忘れたの? 契約の際にワタシの髪の毛を1本プレゼントしたでしょ? 契約者が女神のワタシだから、あのスキルの発動条件が髪の毛1本で済んだんですよ!】
【貴女は、ワタシがわざわざ地上界に降臨してまでスカウトして連れて来た、言わば“秘蔵っ子”なんですよ。もっと、自分に自信を持ちなさい!】
女神さまには、今や返し切せぬ程のご恩が有るんです。仕方ないですね、とチェリーは腹を括った様です。
飛んで移動していた2人は、“歪極の雲河”が一番間近に見られる穴の縁に並んで着地しました。雲河の奥底にうっすら見える扉は、今回は無視します。
【女神さまの言う通りにするわ、でもひとつ教えて! コレ……一体どんな意味があるの?】
そう、今チェリーが着ているのはスカイブルーに純白のフリルが付いたメイド服だったんです!
【だって貴女は、ワタシが出来る事は何でも熟せる『スーパーメイド』なんですから! お似合いよ、とっても!】
チェリーは片手を腰に当てて、はぁ~と溜め息をついてポリポリ頭を掻きます。
【全く、女神さまと一緒にいるといつも調子を狂わせられるんですよね。でも、もうそれも慣れちゃいましたからね】
【女神さま、まず瘴気の出処から調べるねっ!】
そしてばちゃばちゃと、何故かチェリーは歪極の雲河を泳ぎ始めたのです。