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後編

カランコロンと草履で歩くと心地のいい音がする。それも浴衣で外に出る醍醐味の一つかもしれない。

玄関から外に出ると、門扉の向こうにいた咲夜くんが見えた。

きちんと着こなされた浴衣姿の彼は、私を見ていつものように微笑んだ。

お父さんが門扉を開けると、彼は深々と頭を下げた。


「更夜さん、ご無沙汰しております。小夜香さんからお変わりない様子は聞き及んでおりましたが、その節は、美咲と晶も大変お世話になりました。」


畏まる咲夜くんを見て、お父さんは少し笑った。


「なんだ・・・美咲くんにきちんと挨拶しろよ、とでも言われたのか?」


「いいえ・・・そんな・・・。」


慌てて顔を上げる咲夜くんと、お父さんを私は交互に見た。


「僕自身お会いすることが極端に少なかったので、きちんとご挨拶することも出来ず・・・。本家での一件を兄から聞きましたし、長年更夜さんには両親と共にお世話になっておりましたので、お礼申し上げたかったと思っておりました。と言ってもタイミングを逃していたので・・・今日この機会に言うのは失礼ですが・・・。」


咲夜くんこんな話し方出来るんだ・・・


「気にする必要はない。俺はもう当主ではないしな。咲夜くんからしたら、仲良くしている友人の父親というだけのことだ。普通に話してくれ。今日は小夜香のこと、よろしく頼む。」


お父さんはそう言いながら私の頭にぽんと触れた。

すると咲夜くんはいつも通りの表情に戻る。


「はい、わかりました。帰りはまたここまで送りますんで。」


「ああ、ありがとう。」


咲夜くんは私を見て、手を差し出した。


「じゃあ・・・いこっか、小夜香ちゃん。躓かないでね。」


お父さんと同じことを言われたので、私は歩幅に気を付けながら足を踏み出した。


「こけたりしません~。お父さん行ってくるね。」


ゆっくり家を出たけど、内心ワクワクを抑えられずにいた。


「ああ、いってらっしゃい。」


私は道中スキップでもしたいくらいの気持ちだったけど、大事な浴衣を着ているし、なるべくお淑やかに歩いた。

後ろにまとめた髪に刺した簪が、ゆらゆら揺れる度に、誇らしいような気分になった。


「ふ・・・ご機嫌だね、小夜香ちゃん。」


歩幅を合わせて隣を歩く咲夜くんがそう声をかけて来た。


「うん、だってお母さんの浴衣だもん。」


「そうなんだね。よく似合ってるよ、親子で同じものを着れるっていいねぇ。」


咲夜くんを見ると、穏やかな笑顔で私を見ていた。

私は聞きたいことが一度に溢れて来たので、上機嫌なまま咲夜くんをからかうことにした。


「ドキっとした?可愛い?」


そう言って首をかしげて見せると、咲夜くんは一瞬真顔に変わったけど、すぐいつもの微笑んだ顔に戻った。


「うん、可愛いよ。ドキっとした、というより・・・ああ、綺麗だなぁって着こなしに感心したね。」


さすが咲夜くんだ、これくらいじゃ動じない。


「ふぅん、そうでしょ?咲夜くんもきちんと着こなしててばっちりだよ。」


「まぁね、小夜香ちゃんの教え方が良かったからだね。」


咲夜くんは無邪気な笑みを浮かべる。


「あ、教え方で思い出したけど、私も咲夜くんのおかげでテストだいぶいい点取れたよ。ありがとね。」


「そりゃよかった。だからってこれからもわからなかったら聞こうなんて便利屋扱いしないでね。」


今度は咲夜くんが意地悪そうに笑った。


「しないけど・・・長期の休みの時はちょっと遊びにいくついでに聞いちゃうかも。」


「こら・・・前も言ったでしょ、男の一人暮らしの部屋にほいほい遊びに来ちゃダメだって。」


咲夜くんは腕組みするように袖に手を隠しながら言った。


「前も言ったよね?私もお父さんも信用してるから遊びに行ってる、って。」


私が畳みかけるように意地悪を言うと、咲夜くんは軽くため息をついた。


「まったく・・・わかってないなぁ。」


私は尚もカランコロンと心地いい音を鳴らしながら、また尋ねた。


「そういえば、咲夜くんは白夜様のお古の着物とか持ってるの?」


「いや・・・美咲は着てたかもしれないけど、俺は特にもらったりはしてないね。というか父さんは、あんまり着物を多く持ってなかったみたいで・・・。」


「そうなんだ・・・。」


そうこう話しているうちに駅について、ホームに上がり電車を待った。

同じくお祭りに向かう人も多いのか、それとも単に帰宅ラッシュなのか、かなりの人がごった返していた。

私は慣れない草履で歩きながら、人にぶつからないよう気を付けていた。


「小夜香ちゃん、ほら、おいで。」


すると咲夜くんは私の手を引いて、電車を待つ並びへ先導し、人を避けて歩いてくれた。

私はざわざわと騒がしいホームでお礼を言う暇もなく、転ばないように彼の後を追った。


「予想以上の混み具合だねぇ・・・。」


「ホントだね・・・。美咲くんと晶ちゃん大丈夫かなぁ。」


電車が到着すると、戸口からたくさんの人が吐き出されていく。

でもその分乗る人もとても多いので、あっという間に人が車内に敷き詰められていき、満員電車となった。

扉に押し付けられながら二人で肩を狭める。

外側を向いて、電車の窓から流れる景色を見ると、落ちていく太陽がまだ半分遠くの方で顔を出している。

過ぎていく建物のスピードが速くなった時、簪が押しつぶされるような感覚がした。

慌てて頭を押さえて簪を抜き取った。電車の中で無くしたり傷ついたりなんてやだ。

私はそっと巾着袋にしまって抱きかかえた。

その時、電車内がガタンと大きく揺れた。すし詰めだから倒れはしないけど、咲夜くんの方によろけた。


「咲夜くんごめ・・・。」


ぱっと彼の顔を見上げたけど、私の後ろの方を見て何やら厳しい表情をしていた。

どうしたんだろうと思ったけど、私は体を動かすことも振り返ることも出来ない状態だった。

すると咲夜くんは、私にそっと顔を寄せて小声で言った。


「小夜香ちゃん・・・反対向きになって立ってくれる?俺が前に立って扉に手をついておくから。そうしたら空間が出来て押しつぶされることもないでしょ。」


私は帯の締め付けと慣れない満員電車で息苦しくなってきたので、咲夜くんの言う通りにすることにした。

何とか体を動かして向かい合うように立つと、まるで咲夜くんに壁ドンされているような状況になった。

チラリと背の高い彼の顔を見上げたけど、咲夜くんは気にすることなく窓の外を眺めている様子だった。

そんなちょっと照れくさい車内での時間を過ごして、ようやく大きく音を立てて電車の扉が開いた。

押し出されるままホームに出て、ふらふらと人波の邪魔にならないところに行く。


「はぁ・・・苦しかった・・・。」


思わずそう漏らすと、咲夜くんは心配そうに肩を抱いた。


「大丈夫?まだ時間あるからちょっとどこかで座ろうか。」


「あ・・・うん・・・・ありがとう。」


ホームにある空いた椅子に二人で並んで腰かけた。

満員電車の熱気と息苦しさからは解放されたけど、独特な疲労感に襲われた。

咲夜くんは心配そうに私の顔色を見た。


「・・・小夜香ちゃん、ちょっと飲み物買ってくるね。」


私は声を出すのも億劫で頷いた。

お祭りに行くまでこんな疲れちゃうなんて・・・。慣れない電車は大変だなぁ・・・。

集合時間まではまだ10分程早かった。美咲くんと晶ちゃんは神社からそう遠くないので、現地集合の予定だ。

ぼーっと座っていると、咲夜くんが戻ってきた。


「はい、お水どうぞ。」


「あ、ありがとう咲夜くん。ごめんね、電車でも色々気遣ってくれて・・・。」


そう言うと咲夜くんは苦笑しながら腰を下ろした。


「別に大したことしてないよ。」


私はペットボトルの水をゆっくり口に含んで飲み込んだ。


「無理しなくていいから、歩けそうになってから行こうね。遅れても連絡すればいい話だし。」


咲夜くんは優しくそう言った。

中身もイケメンなのかぁ・・・。私がそう思いながらじとっと見つめると、咲夜くんは不思議そうに首をかしげる。


「なあに?」


「別に~。はい、咲夜くんもお水どうぞ。」


私がキャップの開いたボトルを差し出すと、咲夜くんはそれを見つめたまま固まった。


「?どうしたの?飲まないの?」


「え・・ああ・・・いや・・・ありがとう。」


私はボトルを受け取った彼にキャップも手渡し、巾着を開けた。

良かった、簪は無事みたい。白百合の飾りを少しなぞって、またキラキラなそれを髪に刺した。


「随分大事にしてるんだね、もしかしてそれも小百合様の簪?」


一口水を飲み、キャップを締めながら咲夜くんが言った。


「うん!いいでしょ?結構高額なものだからちょっと扱いが怖くて・・・。でもせっかくだからつけていきたいな、と思ったから・・・。」


「そうなんだ。」


その後五分ほど休憩して気分もよくなった頃、私たちは待ち合わせ場所へと向かった。

神社までの道のりはそれほどないけど、夜でも蒸し暑い空気の中、人込みをかけ分けるように歩いた。

咲夜くんは人にもまれる私を気にして、手を繋ぐか腕を組むかしてほしい、と言った。

カップルが多い道中で恥ずかしかったけど、私は彼の手を取って歩いて行った。


「あ!晶ちゃ~ん!美咲く~ん!」


私は二人を見つけて駆け寄った。

二人は私と咲夜くんを見ると、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。


「小夜香ちゃん、咲夜くん良かった、結構混んでるから心配だったの。」


そう言いながら両手を広げて私の手を取る晶ちゃんは、上品さも育ちの良さもにじみ出る可憐な浴衣姿だ。


「咲夜、電車混んでただろ、ちゃんと小夜香ちゃんのこと・・・」


「あ~はいはい、大丈夫です、ちゃんとエスコートしました~。」


そう言いあいながら並ぶ咲夜くんと美咲くんは、よく似た顔でそれぞれ違う雰囲気の浴衣を着て、身長も高いからか、やっぱりカッコイイ。

美咲くんはグレーの沙綾形さやがたの浴衣だ。着こなしも綺麗だし、おしゃれな腰紐もつけてる。

姿勢もよくてやっぱり品が溢れてるし、さすが。

私がそう思いながら美咲くんをじーっと見つめていると、視線に気づいて優しく声をかけてくれる。


「小夜香ちゃん、電車慣れないから大変だっただろ。」


「うん、でも咲夜くんが気遣ってくれてたから大丈夫だよ、ありがとう。美咲くん浴衣素敵だね、カッコイイ!」


そう言うと柔らかい笑顔で私の頭にそっと触れた。


「ありがとう、小夜香ちゃんもよく似合ってるよ。小百合様の浴衣かな。」


私がえへへ、と緩んだ笑みを返すと、咲夜くんが割って入った。


「あれ~~?小夜香ちゃん俺にはカッコイイって言ってくれなかったなぁ。」


「え?そうだっけ?咲夜くんもカッコイイよ?」


「何そのついで感・・・。」


腑に落ちない顔をする咲夜くんがおかしくって笑った。

晶ちゃんはそんなやり取りをする私たちをニコニコしながら見ていた。

それから仲良く四人で、屋台の明かりが賑やかにひしめき合う中に突撃した!

大好きな晶ちゃんと手を繋いで歩きながら、あれこれ目移りする。

私たちの後ろで歩く双子の二人は、人込みの中でも並んで歩いていると、やっぱり女の子の視線を集めてしまっていた。

私がチラリと後ろを向くと、咲夜くんと美咲くんと同時に目が合った。


「なあに?」


と口元をあげて聞く咲夜くんと、ニヤニヤする私を不思議そうに見る美咲くん。


「二人とも周りの女の子たちにじろじろ見られてるなぁと思って!モテモテだねぇ。」


私がそう言うと、二人は少し目を見合わせ、同じ顔で苦笑いを浮かべた。


「それはこっちのセリフだなぁ。小夜香ちゃんと晶に悪い虫がつかないためのボディガードだからね、俺らは。」


「そうなの?」


私が首をかしげると、二人ともしょうがねぇなぁの顔で笑った。

その後四人で射的をしたり、輪投げしたり、くじ引きをしたり、綿あめを食べたり、小さい頃皆で出来なかったあれこれをたくさん楽しんだ。

晶ちゃんと美咲くんが並んでしゃがみ、金魚すくいを楽しんでいる姿を見て、私はふと思いついた。


「ねぇねぇ、咲夜くん・・・。」


私は咲夜くんの浴衣の袖をつんつん引っ張り、こっそり話しかけた。

咲夜くんはフランクフルトをもぐもぐしながら、少しかがんで耳を寄せる。


「晶ちゃんたち、せっかくだから二人っきりにしてあげよっか。デートもしたいよね?」


「ん?小夜香ちゃん俺とデートしたいの?」


「違うってば!二人の話!」


私が小声で咲夜くんの意地悪を突っ込みつつ、わかったわかったとアクションと返す彼を睨んだ。


「ねぇ二人とも、私しばらく咲夜くんと色々回ってくるからさ、ちょっとだけ別行動してもいい?」


晶ちゃんは振り返って私たちを見た。


「うん、いいけど・・・。」


「じゃあ30分から1時間くらい別行動ね!ある程度回ったら連絡するから、好きに過ごしててね!いこ!咲夜くん。」


「はいはい・・・。」


私は咲夜くんの腕を取って、まだ回っていない神社の奥の方へと向かった。

少し人が空いた場所まで来て腕を離すと、咲夜くんは食べてたものを飲み込んで言った。


「もしかして小夜香ちゃん、俺にも気遣ってたりする?」


「え?何が?」


「あ、違うんだ。まぁいいや。小夜香ちゃんまだ食べたい物とかやりたいことあるの?」


「ん~あのねぇ、りんご飴とかまだ食べてないし・・・他にも面白そうなところあったら見たいし、ちょっと変わった食べ物売ってる屋台も気になるよね。」


私がニマニマしながらそう言うと、咲夜くんも同じくニヤリと笑みを返した。


「まだまだ楽しむ気満々だねぇ。じゃあちょっと食べたゴミ一旦あっちのゴミ箱に捨ててくるから、人に飲まれないように端っこで待っててくれる?」


「うん、わかった。」


私は屋台の並びが途切れている端っこに行って、大人しく待つことにした。

人が少な目な神社の端っこは、他のところより明かりも少なくて涼しさを感じた。

巾着を両手で握って、目の前で流れる人波をぼんやり眺めていると、近くの屋台の前で騒いでいた男性の一人が、急に私にぶつかってきた。


「おっとぉ・・・ごめんねぇ」


軽々しく返ってくるその声に、私は少し避けながら会釈した。


「え、めっちゃ可愛いじゃん!お姉さん何!モデルかなんか!?」


大声でそう問いかけられて私は思わず肩をすくめた。

すると他の男性たちも私を囲むようにやってきた。

寄ってたかって語彙力のない世辞を言う連中に、嫌悪感しかない。

どうあしらおうか思案しているうちに、男の一人が私の手首をつかんだ。


「ね、一人なら俺らと一緒に遊ぼうよ。境内の方は人いないしさ。」


そう言いながら気持ちの悪い笑みを浮かべる男に、思わず寒気がした。

いざとなればお父さん直伝の合気道でも何でも繰り出すつもりでいるけど、周りに迷惑かけかねない。


「結構です、連れを待ってるので。放してください。」


毅然とした態度でそう言ったが、連中は尚もどうでもいいことを言いながら私の背中を押して連れて行こうとした。

抵抗するうちに、男の一人が私の頭に触れようとしたので、思わず簪をかばって体を動かした。

するとちょうど男がつまんだ簪を、動いたせいで引き抜いてしまった。


「あれ、取れちゃったな。へぇ~なにこれ高そうな簪。」


「返して!!!」


思わず声を荒げて手を伸ばすと、男はさっと掲げながら言った。


「俺らと遊んでくれたら返すから、ほら、いこいこ。」


私は頭に血が上って掴まれた腕を振り払った。

ニヤニヤする男を睨みつけた時、私の肩に手を回していた男が声を上げた。


「いて!?何だてめぇ!」


振り返ると男の腕を掴む咲夜くんが立っていた。


「何だてめぇ、はこっちのセリフだよ。汚い手で触らないでくれる?」


「この子の連れか?引っ込んでろよ。」


簪を持った男が乱暴に弄びながら言った。


「やめて!!返してって言ってるでしょ!!」


私が声を上げた瞬間、側で咲夜くんが素早く動いた気配がした。

そして次に瞬きしたとき、男に思い切り蹴りを入れて吹っ飛ばしてしまった。


「いってぇ!・・・てめ・・・」


「あ~あ~、これでも簪から手を離してくれないのかぁ。」


咲夜くんは倒れた男を見下ろして言った。


「じゃあ今度は、腕の骨でも折らなきゃだね・・・。」


低い声で脅しながら、彼は容赦なく男の腕を草履で踏みつけにすると、ようやく簪から手を離したようだった。

男の悲痛な叫び声が響くと、他の連中も蒼い顔をして慌てだした。

やがて人目が集まってくると、男たちはそそくさと逃げて行った。

咲夜くんはゆっくり簪を拾って、私の元に戻ってくる。


「はい、無事だよ。傷もついてない。」


私は手元に戻ってきた簪を両手で受け取ると、途端に涙が溢れて来た。


「う・・・ありがとう咲夜くん・・・。」


涙ながらにそう言うと、咲夜くんは私を抱きしめた。


「怖かったね。ごめんね、駆け付けるの遅れて。」


「うう・・・怖かった・・・。簪壊れたらどうしようかと思った~~。」


「そっち?」


咲夜くんはハンカチを取り出して私の涙を拭くと、つけてあげるね、と簪を大事に髪に刺してくれた。


「ありがとう咲夜くん・・・。でも・・・さっきのはちょっとやりすぎ・・・。」


「はは!あそこまで飛ぶと思わなかったよ。」


彼はあっけらかんと笑った。


私たち二人は、近くの屋台の店員さんにお騒がせしました、と詫びてからその場を離れた。

本堂から少し離れた場所で、テントの張られた休憩所のベンチに座った。

焼きそばを買った咲夜くんが、ちょっと持ってて、と私に言うと、隣の屋台で買い物を済ませて帰ってきた。


「はい、りんご飴。」


彼は真っ赤でまん丸な美味しそうなりんご飴を差し出した。

座ったまま見上げた咲夜くんの姿は、わずかに漏れる屋台の明かりに照らされて、つやつやのりんご飴と共に何とも絵になっていた。


「・・・どうしたの?」


私が思わず見とれていると、咲夜くんは問いかけた。


「ううん、ありがとう!」


私が受け取ると、いつものように微笑んで隣に座った。


「屋台ってさ、地域によってちょっと売ってるもの違うのも面白いよね。・・・クレープとかは洋菓子だから屋台にあると不自然だけど・・・。」


「んふふ、そうだね。」


焼きそばの蓋を開けながら呟く咲夜くんの隣で、私はりんご飴にかじりついた。

パキっと飴が割れる音と共に、甘い蜜が口の中に溶けていくみたい。

一口でたどり着けないりんごは、透き通って固まった飴の奥でキラキラ輝いてる。


「小夜香ちゃんってさ、お祭り来た事なかったの?」


焼きそばをもぐもぐしながら彼は聞いた。


「うん。友達と行こうかなぁっていう機会はあったんだけど、お父さんに夜間に外出するの心配だからって言われてて、今回は咲夜くんたちがいるし許してくれたの。」


「そっか。まぁそうだよねぇ・・・。さっきあんな質の悪いナンパ野郎に絡まれてたし・・・。」


「ねぇ・・・お父さんにさっきのこと言わないでね?」


りんご飴を持ったまま咲夜くんを見ると、彼は尚ももぐもぐしながら見つめ返してきた。


「・・・まぁ・・・いちいち報告したりしないよ。」


「というか、神社に入ってから食べ物の屋台ばっかり買ってるけど・・・咲夜くん結構食べるんだね。」


その細い体のどこに入っていくんだろう、と不思議だった。


「まぁ・・・チープなものだとわかってても、なんか全部美味しそうに見えるからさ、こういう所だと。」


「確かにそうだね、私のりんご飴も一口食べる?」


そう言って差し出すと、咲夜くんは焼きそばをもぐもぐして飲み込んだ後、じっと見つめて差し出されたりんご飴にそっとかぶりつく。


「あ・・・ちょっとしかりんごにたどり着けなかったや・・・。あのさ、小夜香ちゃん、ちょっと思ってたんだけど、親しい相手じゃなければ、こういうことしない方がいいよ。」


咲夜くんは飴をバリバリかみ砕きながらそう言った。


「こういうこと?」


「ん~だからね、あ~んしたりだとか、同じ飲み物や食べ物を共有すること。たぶん年頃の男の子が小夜香ちゃんにされたらさ、あ、俺に気があるのかなぁって勘違いするんだよ。」


「ふぅん・・・。」


私は再度りんご飴をかじって、今度こそたどり着いたりんごを頬張った。


「ちゃんと聞いてないなぁ・・・。」


「別に他の人にはしないよ、女の子にはするかもだけど。私仲のいい男友達なんていないし、好きな人もいないし・・・。」


私は目の前にいくつも光る屋台の明かりを、ぼーっと眺めながら呟いた。


「そっか。」


咲夜くんはいつの間にか食べ終わって、近くにあったゴミ箱にゴミを捨てた。


「そういや、聞いたことなかった気がするんだけど・・・小夜香ちゃんはどういう男の子がタイプなの?」


半分ほどになったりんご飴と格闘しながら、私は考え込んだ。


「ん~~・・・タイプ~~・・・」


まっさきに浮かんだのは癒多だった。


「えっとねぇ、普段明るくて優しくて一緒にいて楽しくて、私のことよく見ててくれて、ちゃんと気遣ってくれるような感じの人?」


そう言うと咲夜くんは、ポカンとして私を見た。


「へぇ・・・それは誰かを思い浮かべて言ってることだよね。」


「そうだね。」


私がニッコリ笑顔を返すと、咲夜くんは何でもないように言った。


「じゃあその人が好きな人、なんじゃないの?」


「ん~そうかもね。」


私が最後の一口を飲み込んだ時、咲夜くんを見るとじーっと私の顔を真顔で眺めていた。

その目は、心の内を見透かそうとしている時の、お父さんに似ていた。


「あのさ、私も言わせてもらうけど、咲夜くんも結構女の子にやってたら思わせぶりでしょ!ってことしてたよ?」


「そう?まぁでも・・・俺も小夜香ちゃんと同じく、仲良くしている異性の友達なんていないし、興味ない人に気安くしたりしないから大丈夫だよ。」


それを聞いて私は、立ち上がって咲夜くんの前に立っていった。


「へぇ、じゃあ私にはかなり興味ある、ってこと?」


悪戯っぽく聞くと、咲夜くんは上目遣いで私を見た。


「興味・・・とは少し違うかもね・・・。あるのは負い目かな。」


予想外の返答に私は固まった。

咲夜くんは特にふざけている様子もない。


「たぶん、美咲も同じような気持ちはあると思う。」


咲夜くんはそう言って静かに立ち上がった。


「そろそろ二人と合流する?」


「負い目ってどうして?」


私は聞くか迷ったけど、咲夜くんの口から今聞きたかった。

目を伏せていた彼は、悲しそうな声で呟いた。


「小百合様が亡くなったのは、父さんのせいでもあるから・・・。」


私はそう言われて、咲夜くんに着付けを教えていたあの日、どうして俺たちとも仲良くしようとするんだ、と言っていた言葉を思い出した。


「・・・だから・・・二人は自分たちにも責任があるって思ってるの?違うよ・・・。お父さんも似たようなこと言ってたけど、私は違うと思う。原因がこれだったっていうのは、きっと一つじゃないと思うから・・・。そこに白夜様のしたことが引き金になっていても、お父さんが関わっていたからだとしても、私は誰かのせいだ、なんて思いたくないよ。」


目を背けた彼の手をそっと取った。


「それにお父さんはきっと、咲夜くんたちが自分たちも悪いって思ってるなら、俺も同罪だっていうだろうね。だから皆が誰かのせいだ、自分のせいだ、なんて思う必要ないの。そんなの無意味だよ。だってそんなこと思いながら悔いたって、お母さんは戻ってこないもん。」


「・・・ごめん・・・。」


咲夜くんは俯いたままそう呟いた。


「も~変な咲夜くん・・・。負い目なんて感じないでよ・・・。そんなこと関係なく、普通に仲良くしててほしいなぁ。」


「・・・そうだね・・・。たぶん、関わっているうちに徐々に感じなくなっていくかもね。」


やっと私の目を見て答えてくれた咲夜くんに、気を取り直して提案した。


「咲夜くん、まだそんなに回りきれてないから、ちょっとお願いしてもいい?」


「何を?」


私はちょっとした憧れを実現するつもりでいた。


「あのね、私ちょっとお祭りデートって憧れてたの。今日は四人で来たからデートじゃないけど・・・。この後は私と手繋いで、恋人同士っていう体で回ってくれない?晶ちゃんたちと合流するまででいいから。」


そう言いつつ、咲夜くんの片方の手を恋人繋ぎした。

すると彼は、いつものしょうがねぇなぁの笑顔を向けた。


「それ・・・俺に拒否権与えてないでしょ・・・。」


「そんなことないよ?嫌なら無理にそんなこと頼まないもん。」


そう言うと、咲夜くんはゆっくり口元をあげて、ニヤリと笑った。


「あ、そう。じゃあいいよ、恋人としてね。」


そう言いながら咲夜くんは、繋いだ手を引いてかがむと、素早く私の頬にキスを落とした。

彼を見返すと、散々からかおうとしてきた仕返しだと言って笑った。

文句を言う私に対して、笑ってあしらう咲夜くん。

きっと私たちは、恋人同士じゃなく、兄妹きょうだいみたいに見えるに違いない。


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