ギルドマスターと町長の奥さん
冒険者ギルドのカウンターにはだれもいない。その奥に女性が二人、何か話をしている。
そのうちの一人、エプロンをつけている方が俺の視線に気付いたのか、こちらに向かって来た。
「やあ、何か問い合わせかな?」
「ええっと。クエストが何もないようですけど。」
俺は一応聞いてみる。
「うん、今はね。あとひと月もすれば、農作業で人手がいくらあっても足りないって事になるんだけど。」
「農作業……。ほかには無いんですか?」
「それ以外だとね、商隊の護衛なんかはあるけど、大体は決まったメンバーがいるから。臨時で必要になる事も、この時期には無いね。」
「あのー。モンスターの討伐とかは……。」
いつの間にか俺の隣に来ていたメグミが言った。
「うーん。それも、たまーにだね。……君らは冒険者?」
「はい……って言うか、ここって冒険者ギルドなんじゃ……。」
「あっははは。そうだった。観光案内所じゃなくて、冒険者ギルドだったっけ。あたしはここのギルドマスターをやってるマリーだよ。よろしくね。」
俺たちはペコっと頭を下げる。
「ええとね。君らは、最近他の街から来たね? 街を囲う壁がなかったのは気づいたかな?」
「はい。ちょっとびっくりしました。」
「うん。何故かというとね、この街にはモンスターが近寄らないからなんだ。街の周辺にはほとんど危ないヤツはいないよ。」
「え?でも……ゴーレムは……?」
俺は昨日戦ったゴーレムの事を思い出す。
ツムギの打撃も、ザンギエフの魔法も全く効かなかった。あれは相当危ないんじゃないだろうか。
遭遇した場所も、街から離れているとは言い難い。
「あなた達。ゴーレムと戦ったの?」
カウンターの奥の、さっきまでギルドマスター・マリーと話をしていた女性が近づいてきて言った。
すごい美人だ。亜麻色の長い髪から長い耳がのぞいている。エルフというやつだろうか。
俺が見とれて、何も言わないでいると、
「ねえ、どうなの?」
と、つづけた。
「あ、失礼。ええ、そうです。ゴーレムと遭遇して少し戦ったんですけど、歯が立たなくて逃げてきました。」
俺が答える。
「……あなた達から攻撃を仕掛けたの?」
「いえ。ゴーレムが行く手を遮るように立ちふさがって攻撃してきたので、応戦した形ですね。」
「ゴーレムが立ちふさがった?……それは、どこで?」
エルフは何かを思案しながら言う。
「この街の……ほぼ真北ですね。谷あいを下った、湿原の中です。」
「?……街道沿いで?」
「いえ。街道から離れたところです。」
「街道から離れたの?!あなたたち、バクバクのつり橋から真っ直ぐ南下してきたんじゃないでしょうね!」
「真っ直ぐ、ではないけど、おおむねそうです。」
「あっはっはっは。なかなか豪胆じゃないか。」
マリーが嬉しそうに言った。
「はー……。これだから冒険者って連中は……。」
エルフの女性は頭を抱える。
俺はメグミと顔を見合わせた。
「あの……。まずい事しちゃいましたかね。」
「ああ、ごめんなさい。別に怒ってるわけじゃないの。……ええっと。……マリー。」
「うん。私から説明しよう。君たちが街道を外れて通って来た場所。あそこは危険地帯なんだ。ギルドでも立ち入らないように警告してる。」
「危険地帯?」
「そうよ。ハーピーの巨大なコロニーがあるって言うし、それになんだかあの辺りはよくない気配がしてるのよね。」
エルフが言った。
「街道も、危険地帯を大きく迂回してるんだ。バクバク側にも警告の看板があるはずなんだけど、見なかった?」
「すいません。見落としていたようで。」
「謝らなくていいよ。ルイが言ったように別に怒ってない。知ってて、あえて行く冒険者も多いしね。あ、ルイってこのエルフの事ね。こう見えて、町長の奥さんなんだよ。」
「そうなんですか。お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。ぜひこの街を楽しんでいってください。いっぱいお金使ってね。」
エルフのルイはそう言っていたずらっぽく笑う。
「で、さっき言ってたゴーレムね。ルイが作ったんだよ。すごいでしょ。」
「あのゴーレムを……ルイさんが……?」
「そうよ。そういう魔法。」
「すごいですね……。あ、そうとは知らず、ゴーレムを殴ったり燃やしたり……。申し訳ありません。」
「良いのよ。……フーン。あなたも魔法使いなのね。まあ、戦士には見えないけど、魔法使いの格好にも見えないわね……。それより、いくら街道を外れたからって、ゴーレムは人を襲わないようになってるはずなんだけど……誤作動かしら。」
「人を襲わないように……つまり、モンスターを攻撃するようになっている?」
「その通り。そこで、『この街には壁が無い』という話につながるわけだ。」
と、マリー。
「あなたたちが遭遇したのと同じゴーレムが街を囲むようにたくさん配置されていて……。あ、どこに何体居るのかは秘密よ。……それがモンスターから街を守ってるってわけ。」
あんなに、手も足も出ないゴーレムを何体も作ったのか……。町長の奥さんだというルイには、とんでもない力があるようだ。
「モンスター討伐のクエストがないのも、そういう事なんですね。」
メグミが言う。
「まあね。」
「でも、空飛ぶモンスターはどうするんですか?まあ、空を飛ぶなら、壁があっても関係ないでしょうけど。」
「空飛ぶモンスターはそれほど手ごわくないからね。逆に、対策せざるを得ないほどの空飛ぶモンスターが近くにいるなら、街なんか作れないわよ。」
そういう事らしい。
「それで、ゴーレムの話だけど。戦ったって言ってたけど、壊しちゃったかしら?」
ルイが言った。
「いえ。さっき言ったように、歯が立たなくて……。あ、でも、逃げる時間を稼ぐためにザンギエフっていう、もう一人の魔法使いが風の魔法で動きを止めました。その魔法の効果は分かりません。見てなかったので。」
「ふーん。私のゴーレムの足を止めるなんて、なかなかの腕みたいね。そのザンギエフっていう子は。」
「一時的にパーティーを組んでたんです。……彼は冒険者ギルドで仲間を募るって言ってたので、休んだらそのうち来ると思いますよ。」
「分かったわ。ゴーレムが人を襲っちゃった件もあるし、一度様子を見に行ってみようかしらね。情報をありがとう。もし何かあったら私を頼ってきてね。ルイって言えばみんな分かるから。」
ルイはそう言って少し急ぎ足でどこかへ行った。




