ザンギエフ 転ぶ
ー14日目ー
翌朝。
俺たちが部屋を出ると、ザンギエフは既にテーブルについていた。
「やあ、諸君。おはよう。」
「おはよう、ザンギエフ。」
「おはようございます。」
「早いですね。昨日はバテバテだったのに。」
「ふふんっ。へっぽこは返上だな。今日の俺はすこぶる調子がいい。」
「よく眠れたようだな。」
俺は言った。
「ああ。それに、昨日のクロレラシチューのおかげだろう。」
「おかげって、……何が?」
「今日の俺はマナが充実してるという事だ。こんなに気力が満ちているのは久しぶり……いや、初めてではないか!」
ザンギエフがはしゃいでいる。マナの事は分からないが、テンションが上がってるのはよく分かる。やたらに饒舌だし。
「言われてみると、私もなんだか調子が良いみたい。」
メグミが言った。
「……私も。……癪だけど、クロレラシチューの効能を認めざるを得ませんね。」
ツムギも言った。
そんなに、明らかに分かるのだろうか?……俺は別に変わり無いけど……。
「とりあえず、朝ご飯食べたら出発しよう。今日中にブロートコーブへ着くはずだ。」
俺たちはスープとパン(ザンギエフが『空間収納』から出してくれた)で手早く朝食を摂り、休憩小屋を後にした。
街が近いからか、街道は整備されていて歩きやすい。山の谷あいを上る坂だがみんなの足取りは軽く、俺が少し遅れるくらいだ。
「ザンギエフ、さっきの話だが、クロレラにはマナを回復する効果があるって事か?」
俺はザンギエフに聞いた。
「ああ、間違いないだろう。何より旨いしな。」
「『旨い』には同意できないけど……。緑黄色野菜を摂ってなかったから、ビタミンが足りてなかっただけって事はないのか?」
「?……お前は時々、よくわからん事を言うな。」
「例えば……春や夏は調子が良いって事は?」
「春や夏に調子が良いのは当たり前だろう。」
「ああ、そうなのか。今はそれより良いと?」
「そうだ。」
ふーん。ビタミン不足が解消された。だけではないのか……?俺自身は何も変化を感じていないので実感がないが。
「それなら、新鮮な野菜を『空間収納』で保存しておけばいいんじゃないか?」
「それは……難しい。……前に『空間収納』の中では時間は止まる。と言ったが、あれは実はちょっと違う。」
「ほう?」
「実際には、『空間収納』に入れてから時間が経つほど、中の時間の進みは早くなる。食品なら、5日くらいが限界だ。10日以上入れておくのは現実的ではない。」
「つまり、数日前のスープは熱々だけど、10日前の野菜はもう腐ってるって事か。」
「ああ。7日目辺りから急速に劣化が進む。そこは魔法使いの個性が出る所、と言うか……。」
話はクロレラの培養の話題に移る。ザンギエフが知りたがるので、俺に分かることは教えた。
「クロレラっていうのは……水の中に住んでいる小さい粒状の……野菜だ。日の光を当てて育てると増えるんだ。」
「日の光を当てて……お前は道中クロレラを日が当たるように持ち歩いていたという事だよな。そんなものを見た覚えはないが。」
ザンギエフは言った。
「それは……説明がめんどくさい。」
今さらスラ子の事を言うのもおかしいだろう。秘密を貫こう。
「まあいい。……沼で採取したクロレラを、水に入れて日の光を当てれば増えるんだな。」
「そうだな、口で言うほど簡単じゃないだろうけど。あとは、肥料を少し入れてやるといい。」
スラ子もなかなか難しいと言っていた。ザンギエフが自分で培養するつもりなら、苦戦しそうだ。
ザンギエフは足取りが軽い。ほとんどスキップのようだ。まるで浮かれた子供。
そして、浮かれた子供は往々にして痛い目を見てへこむのだ。
ザンギエフはローブの裾を踏んづけ、道の真ん中で見事にすっ転んだ。
「痛っっっ!!!」
間の悪い事に転んだ先には小石があり、それに向う脛を打ち付けてしまったようだ。
「あーあ。大丈夫か?」
「もー。調子に乗るから。」
「ザンギエフさん!うわぁ、痛そう……。」
俺たちはザンギエフに駆け寄る。
ザンギエフは一言も発せず、手で脛を押さえている。俺はその手をのけて傷の具合を確かめた。
「血は出てないな。紫色になって内出血してるみたいだが、この程度なら骨も折れてないだろう。回復魔法とか、使えないのか?」
ザンギエフは真っ赤になってプルプルと首を振っている。
「少し休憩するか。水をかけてやる。冷やしておけば大丈夫だろう。」
俺はスラ子に布になってもらい、それに水を含ませてザンギエフに渡した。
俺たちは思い思いに、道端の石に腰かけて休憩をとる。あと少しで上り坂も終わりだ。




