服の改良とはったりナイフ
メガネが出来た後、スラ子に服を作ってもらう。
作り方の発想を変えた。
まずはスラ子に布のように薄く広くなってもらい、ズボンとジャケットの形にする。
ここで切ってくれ、とか、ここを繋げてくれと言うと、その通りになる。縫製の知識はないのでやや不格好だ。
変に余っている部分や、ひきつる所もあるがおおむね服の形になった。
色は、落ち葉を分解し、色素を分離して使った。スラ子によれば普通はその色素をさらに分解して栄養分を取り出すのだそうだ。
変形して服になったスラ子の全体に色素を行き渡らせると、少し不自然ながら間違いなく服といえるものになった。
調子にのってさらに下着とベルト、あと靴も作ってもらう。
着てみると……茶色一色なのはやや気になる。しかし、目立たなくて良いかも知れない。
体を覆っている部分のスラ子に構造色はやめてもらって……うん、大体満足だ。
スラ子の理解の早さは本当に驚く。メガネも、レンズが顔に張り付いているようなものではなく、ツルもフレームもある自然なメガネにしてくれた。
「スラ子は本当にすごいなぁ。これで人前に出てもおかしくない。ありがとう。」
「マスターのご指示が良かったからです。それに私が知らない事を色々知っておられて、すごいです!」
さらにスラ子はテントと寝袋になってくれた。どちらも必須ではないが空の下で寝るというのは落ち着かない。屋根があるだけで安心できる。
しかし、テントの支柱は無理だった。テントを支えるほどの固さにはなれない。少し硬いゴムくらいが限界だ。
ちょうど良い長さの枝を拾ったのでテントの支柱は問題なかったが、スラ子は硬化を今後の課題にしているようだ。
あまり頑張られると申し訳ない。
テントを張り、仮の拠点のようなものを作って、さて何をしようかと考えた。
街へ行けばいいだろう、とも思うが……
自慢じゃないが俺はビビりなのだ。後回しに出来ることは後回し……いや、今この森でやるべき事が他にあるからな。と言い訳をする。
それに食べ物も今の所、問題ない。
スラ子は構造色を試してもらったときからずっと、落ち葉を分解してスライム団子を作ってくれていた。今日の昼も、団子を十分に貰いお腹いっぱいになった。
「まだまだご用意できます。」
と渡してくるのをありがたく断る。もう食えない。水分もいくらでも飲ませてくれる。
どこからこんなに水分を集めたのかと聞くと、朝露はもちろん、土をある程度深く潜れば必要なだけ確保出来るとのこと。
足元の土にそんなに水分が含まれているとは思えないが。と言うと、スラ子は見える範囲全てくらいの地面から水分を集めたそうだ。
その時始めて知ったが、スラ子は巨大になっていた。
出会った時は両手で収まる程度のサイズだったそうだが、周りの落ち葉を分解吸収し、どんどん分裂して大きくなったそうだ。
一度まとまってもらうと、俺が2、3人分くらいの大きさになっていた。
俺の体を覆っている分、服やメガネ、テント等になっている分合わせても全体の5分の1程度らしい。それ以外は分裂して土の中に広がっている。
俺を覆っているスラ子(スラ子本体)には、分散したスラ子の場所や、周りの状況は手に取るように分かるそうだ。木のウロにいた鳥が分かったのもそういう理屈らしい。
「マスター。私の半分ほど、街の偵察に行ってきます。道で会った人間についていった私と合流して、街の情報を仕入れてきたいと思います。」
そんなことを言い出した。
「大丈夫なのか?人間に気づかれたら、危ない目に合うだろう。」
「ご安心ください。誰にも気付かれません。……例えば、マスターの隣の木に私がいますが、分かりますか?」
その木を眺めた。更なる微調整の結果メガネの性能は上がり、前の世界よりにいた時よりも、物が見やすくなっている位だ。そのメガネを通してみても、木にいるというスラ子は分からない。
「樹皮のひび割れとか、隙間にいるのか?」
「隙間にもいますし、表面のどこにでもいますよ。枝も全部覆っています。」
スラ子がそう言いうと、木の一部が盛り上がってきた。そのままスラ子の本体とくっつき一体になる。非常に薄くなって全体を覆っていたそうだ。分厚くならなければゼリーのような光沢もないらしい。
確かにこれなら誰にもバレない。街の情報は確かに欲しいし、行ってもらうことにした。
「気を付けてな。」
「マスター。行って参ります。私の本体よ、マスターの事をお願いします。」
目の前のムニュムニュした透明な塊がそう言った。サイズがでかくなったことで、耳のなかに居なくても話せるようになったそうだ。
体の中に共鳴管の役割をする空洞を作り、音を大きくしている。
スラ子本体は返事をしないが、通じ合っているので必要ないのだろう。
スラ子の分裂体は落ち葉の隙間に消えた。何の変化もないのでどうしたのかと思ったら、まったく物音も立てずに街へ向かったそうだ。
残った俺は周囲の森を少し探索した。スラ子が言うにはキノコがあるらしい。
よく知らないキノコなんて食べるわけにいかないし、取る必要ないと思ったが、なんでも人間が集めているキノコだそうだ。
それも、以前の記憶を統合した結果理解したと、スラ子は言う。
それなら、集めておいて損はないだろう。
キノコは落ち葉に埋もれている上、木の根もとなどの分かり易い場所にあるわけでもない。こんなのスラ子に聞かない限り絶対に見つけられそうもない。
薬草もあるかと思ったがそれは無いらしい。単純に季節じゃないのだ。
薬草どころか草自体が見当たらない。
集めたキノコはスラ子が運ぶと言うのでやってもらったが、内部にキノコを浮かべた透明なゼリーが俺の後をついてくるような感じだ。
今はそれでもいいが、今後他の人に見られたら困る。
俺はスラ子の一部にバックパックになってもらった。服やテントの要領ですぐにそれっぽい物が出来る。
今のところ入れるものがキノコしかないので、適当な布になってもらい隙間を埋める。
欲張って大きめなバックパックになってもらったが、背負ってみるとそれほど重さを感じない。スラ子が支えているのだそうだが、流石に申し訳ない。
ためしに全重量をかけさせると、とんでもない重さだ。水の塊を背負っているようなものだからな。
情けないが俺は3割くらいの負担にしてもらった。残りはスラ子が支えている。大丈夫かと聞いたが、まったく平気だそうだ。
これで、とりあえず「冒険家」といった姿になった。あと、冒険家に必要なものは何だろう?
ナイフは欲しいな。
ゴブリンと遭遇したが、それ以外のモンスターは見かけない。しかし居るのは居るんだろう。神様がそう言っていた。
護身用として刃物はいるだろう。
スラ子はナイフにはなれなかった。テントの支柱と同じだ。それほど固くはなれない。
代わりに『見た目だけナイフ』になってもらった。
形を作り、柄の部分を色素で色づけ、刃の部分は構造色にする。鉄の光沢とは違うが、仕方ない。
何となくレアなナイフっぽくなった。
そのナイフを拾った木の枝に振るってみる。
ブンッ
ナイフが切れた。枝ではなく、ナイフが。
枝に当たった所から真っ二つだ。
落ちた先端部分が俺の体を這い昇り、手に持ったナイフと合体して元通りになる。
うむ。攻撃力ゼロ。
スラ子に痛かったか?と聞いて謝ると、そういうことは無いらしい。
「とっさの事で、分裂してしまいました。あらかじめおっしゃっていただければ、枝を折ることくらいは出来ると思いますが。……痛いというのはよく分かりません。お気遣いいただき嬉しいですが。」
スライムはバラバラにしても意味がないし、打撃にもダメージはない。あるかもしれないが衝突したわずかな部分が死ぬだけで全体には影響がないそうだ。死んだ部分もすぐに分解吸収するので問題なし。
斬撃無効。打撃無効。……もっともスラ子の中にいる俺には有効。
凍ったら動けなくはなるが死ぬことはない。
弱点が無いかといえばそんなことはない。
炎に弱い。
水分が蒸発してしまえば死んでしまう。といっても死ぬのは炎が当たっている部分だけ。スライム自体が燃える訳ではなく、蒸発すれば残りの部分の温度は下がるのでスラ子くらいの塊を全て炎で殺そうと思ったら大変だろう。
もちろん俺はそんなことはしない。
何にせよナイフも出来た。完全にハッタリ用だが。
誰かに「使って見せてくれ」とか言われたら困るな。
なるべく早く本物を手に入れよう。
そうこうしている内に日が暮れた。
やはり明かりはなく、真っ暗になった。
スラ子に虫眼鏡になってもらい火を起こそうかとも思ったが、やめておいた。周りは乾いた落ち葉でいっぱいだ。火事にでもなったら目も当てられない。
そもそも焚火の必要はないし。
俺は寝袋にもぐり横になった。
スラ子はほどほどに話しかけてくる。好奇心が旺盛らしく様々な事を聞かれた。
スラ子にしてみれば俺を質問責めにしたいのだろうが遠慮しているようだ。
俺も長々と話すのが好きな訳じゃない。その気遣いがありがたかった。
ぽつりぽつりと話をしていると眠気が押し寄せてくる。
とても有意義な一日だった。
「おやすみ。スラ子……」
「おやすみなさい。マスター」
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2021/12/22 改行と一部表現を修正
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