空飛ぶコウイカ
ツムギにだけ見えていた何者かの正体、それは……
イカだ……多分、コウイカという種類のイカ。
それが、浮いている。
胴体部分を水平にし、10本の腕は横に向いている。おそらく海で泳いでいるときと同じ姿勢だろう。
イカの大きさは、長さ1メートルと少し。幅は40センチくらい、厚みは30センチといったところか。
胴体の左右にミミと言うか、ヒレがあり、それを緩やかに波打たせている。
色は見事な保護色だ。周りの風景にすっかり溶け込んでいる。
が、目の前にいるのを認識できれば、はっきりと見える。
「これか……。」
「はい……。」
「ツムギはこれが、50メートル手前から見えてたのか。すごいな。」
「私、目は良いんです。」
ツムギがエッヘンと小さな胸を張る。
「それで、これ何?」
メグミが少し呆けたように言った。
「これは、コウイカという生き物だ。……たぶん。」
俺が答える。
「コウイカ?……カヒトは知っているってことは、カヒトの世界にも、コウイカがいるの?」
「ああ。でも、俺の知っているコウイカは空を飛んだりしないな。海の中にいる生き物なんだ。」
「へー。」
メグミは用心のため剣を抜いていたが、それを鞘に戻した。
確かに危険な感じはしない。俺が少しぶつかってしまっても特に反応は無かった。
ひれが動いているし、よく見ると腕も少し動いている。生き物であることは間違いないだろう。
ただ、なんの感情も感じられない。風船のように、ただ、ふわふわと浮いているだけだ。
「良く見ると、カワイイね。寝てるのかな?」
メグミが言って、指先でつついている。
「あのー。モンスターなら、倒しますか?」
ツムギが言った。
「モンスターかどうかは知らないが、イカはおいしいと思うぞ。」
と、俺。
「えー?ただふわふわ浮いてるだけの子を倒して食べるなんて、可哀そうだよ!」
「分かってます。冗談です。カヒトさんは本気かもしれないけど。」
ツムギが言った。
「俺だって冗談だって。こいつはほっといて、もう行こう。」
と、俺が言ったのが聞こえたのかどうか。
突然コウイカの体の色が変わり始めた。
茶色、赤、緑の縞模様がコウイカの体をくるくると回り始める。
床屋の看板のように、あるいは工事現場の警告表示のように人目を惹き、とにかく目立つように目まぐるしく体の模様を変えている。
「わわっ!すごい……。どうしたんだろう。」
メグミが言った。
ツムギは、突然の変化に心奪われたようにコウイカを見つめている。
コウイカが動き出した。
先ほどまではただ、そのあたりに浮かんでいただけだったコウイカが、明らかな意志をもって飛んでいる。
胴の左右のひれをはためかせ、滑らかに空中を滑る。
体は目立つ色のままだ。森の中ではひときわ目を惹く。
ツムギが、ふらっと歩き出す。俺は慌ててツムギの手を取った。
「ツムギ!あれは明らかに誘導してるぞ。気を付けろ。」
「わっ。すいません。何だかふらふらっと、ついて行くのが当たり前に感じて。」
「誘導してる、かぁ。そういえばそうだね。……でも、私たちが行こうとしてるのも、あっちなんだよね。」
メグミの言うとおりだ。
俺たちは南に向かって進んでいるつもりだが、コウイカはその先を先導するかのように飛んでいる。
「用心のため、他の方向へ行くか?」
「そこまですることは無いと思うけどな。気を付けてれば大丈夫でしょ。」
「うーん……。まあ、メグミがそう言うなら……。ツムギ、何か怪しいものを見たら教えてくれ。」
「うん。わかりました。」
「スラ子、引き続き警戒を頼むな。」
「お任せください、マスター。」
10メートルほど離れた場所でとどまっていたコウイカは、俺たちがついてくるのを確認したのか、さらに進む。
あまり激しく動いているようには見えないが、なかなかのスピードで飛べるようだ。捕まえようと思って走っても追いつかないかもしれない。
そのまま、特に何事もなく数時間が経過した。
コウイカの目的地、あるいは俺たちを誘導しようとしている場所はなかなか遠いようだ。
俺は初め、罠が仕掛けられていて、そこへ誘導されているのだと思っていた。
落とし穴などの罠。あるいは凶暴なモンスターの待ち伏せ。
仮にそんな罠があっても、スラ子が事前に見つけてくれるだろう。
スラ子は半径100メートル程度は、何か異常があればすぐに察知できると言っている。不意打ちを食らう心配もまずない。
スラ子がいる限り、とんでもない事にはならないだろう。そんな平和ボケとも言える危機感の無さは否定できない。
さらに数時間が経ち、俺たちの警戒心もだいぶ薄れてきて、お腹も減ってきた。
そろそろ昼食だ。




