スライムは鼻洗浄できる
しばらくその絶景を堪能した後、くねくねと曲がりながら下る道を歩く。
この道は馬車道なのだろう。九十九折りにして緩い坂道にしている。
徒歩ならもう少し急勾配でもいいが、急坂を馬車で下るのは事故の元だ。
道の先、下り切った辺りにポツンと一つだけある小屋が見えた。
人が住んでいるのだろうか。あまり住み心地の良い場所には見えないが。
「カヒト、あの小屋の辺りで休憩しようよ。」
メグミが言った。
「人んちの前で休憩か?あまり気が進まないけど。」
「小屋の横にベンチとテーブルがあります。誰かが住んでいるのならテーブルだけ貸してもらいましょう。」
ツムギが言う。ベンチとテーブル?全く見えないが。
「私、目は良いんです。」
確かにツムギの大きな目はよく見えそうだ。それにしてもあんなに遠くが見えるとは。
下り坂を降りる。
目標の小屋がなかなか近づいてこないのに少し焦れる。いっそ道を無視して真っすぐに降りてしまいたくなるが、それこそ転ぶだけだ。
下りとは言え、ハアハアと息が上がる。
メグミは割と平気そうだが、ツムギは口が開いている。
いや、ツムギはずっと口を開けているような……。
「ツムギ、もし、気にしている事だったら悪いんだけど……」
「何でしょう。」
「えっと、サイクロプスは口呼吸だったりするのかな?」
「いえ……そんな事は無いです。私は、昨日言った通り、ずっと鼻が詰まってまして……。お見苦しくてすみません。」
「いやいや、そういう訳じゃないんだ。」
「前に酷い風邪をひきまして、それ以来ずっと調子が悪いんです。それより前は鼻で呼吸してましたから。」
ツムギはどうやら鼻炎持ちらしい。風邪から慢性鼻炎になったのかな。
「無理やり鼻で息を吸う事はできますけど、ちょっと気を抜くと口で呼吸してしまいます。」
「どうにかしてあげたいけど、俺には何も出来ないな。」
「気にしないでください。慣れてしまいましたから。」
「でも、スラ子なら治せるかもしれない。」
「私ですか。どのようにすれば良いでしょうか、マスター。」
「スラ子が、ツムギの鼻の穴に入って詰まっている所を広げたり、汚れを取ったりしてくれれば治ると思うんだ。」
「ス、スラ子さんが私の鼻に入るんですか?い、いえ、スラ子さんの事は信用してますけど……。そんな汚い事をして頂くわけには……。」
ツムギはかなり怯んだ様子だ。
「まあ、心配だよな。じゃあスラ子、まずは俺の鼻の穴に入ってくれ。スラ子も、鼻の穴の中がどうなっているのか知っておいてほしいからな。」
「マスターの鼻に入るのですか。」
「イヤかな……。」
「マスターを窒息させてしまうのではないかと心配です。」
そっちの心配か。やはりスラ子には人間の鼻水や何かが汚いとかいう感性は無いらしい。
「うん。実際にやって、そんな事にはならないという自信を付けてほしい。今後の為にも。」
「マスターがそう仰るのなら……。分かりました。やってみます。」
「内側の壁に沿って広がって、鼻の穴の中の形を探ってみてくれ。」
「はい。」
スラ子が鼻に侵入してきて、少しひんやりする。
スラ子はかなり気を使っているようだ。無遠慮にされるよりいいけど。
「鼻の中は複雑で、副鼻腔と言う空洞につながっているはずだ。副鼻腔は眉間や頬のあたりにある。」
「副鼻腔、ですか。」
「フクビクー?」
と、メグミ。
「フクビクー……。」
ツムギも言っている。響きが面白いのだろうか。
「……こっちでしょうか……。」
スラ子はそう呟きながら探っている。
「あ、喉の方へ出てきました。」
「それは普通に空気の通り道だな。そこが塞がらなければ窒息の心配はない。」
「分かりました。……あ、ここに細い通路があります……。マスターの目の下あたり、ここに空洞がありますね。」
「え?そんな所に空洞があるの?」
メグミが言った。
「そんな所ってどんな所?」
「あ、カヒトからは見えないね。あのね、スラ子ちゃんが、カヒトの頬の所に色を付けてくれてるの。目の下に三角に。」
俺は自分の頬を触ってみた。もちろん触っても分かるわけがない。
「上にもあります……ここですね。」
「へー……。え?ホントに?」
メグミが言う。
今度は俺の額に色を付けたらしい。
「後、奥まった所にもあるようです。人間の鼻とは、とても複雑にできているのですね。」
「らしいな。俺も知識として知っているだけだが。」
「マスター、苦しくなど無いですか?」
「大丈夫だ。中は汚れてたりする?」
「いえ。濡れて、毛がいっぱい生えています。」
「濡れているのは粘液だな。それは正常だから取らなくていい。毛も、大切な役割があるからそのままにしておいてくれ。」
鼻の中の毛は粘液を外へ流したり、吸い込んだ空気をキレイにする為にあるはずだ。
「かしこまりました。副鼻腔含め鼻の穴の全体像が分かりました。目にもつながっているんですね。」
「ああ。それで、涙は鼻に流れ込んでいる。」
「そうなんですか?」
と、ツムギが言う。
「泣くと鼻水が出るだろ?」
「なるほど……。」
「ツムギ。ツムギは目が一つなので副鼻腔の位置や形は違うだろうけど、多分あるはずだ。そこをキレイにしてもらったら、スッキリすると思うぞ。」
「……分かりました。スラ子さん、お願いできますか。」
「はい、ツムギさん。マスターが治ると言っているのですから、絶対に治ります。」




