服とメガネと
森の中へ少し戻り、街からは見えない所に座り込んだ。
服。服そのものは無理でも、なにかで代用できないか。例えば落ち葉だ。
身体中に落ち葉をつけてみようと、スラ子に頼む。
「はい。マスター。お任せください!」
力強い言葉と共に俺の全身から、つまりスラ子の全体から無数の触手が伸びた。触手は周りの落ち葉に張り付くとゴム紐のように縮み、落ち葉をかき集める。
あっという間に俺の体は落ち葉に覆われた。
しげしげと自分の体を眺める。
うん……まあ……裸ではないかな……
これで人前に出たら、「みのむし男」という新しいモンスターとして認識されそうだ。いや、もうそのモンスターはいるのかも知れないが。
アウトかセーフかでいえば……アウトだな。
落ち葉がダメなら……木の皮とか、土とか。
……やってみたが服の代用品とはならない。怪しさが倍増するという結果になった。
とりあえず色をつけたいが……そうだ、「構造色」というのがあったな。
色素によって色をつけるのではなく、物の表面の細かな凹凸に光が反射すると色として見える。というものだ。蝶の羽やタマムシなどに見られるらしい。
スラ子は自在に形を変えられるのだろう。構造色も出来るかも知れない。
「スラ子、表面にすごく細かい凸凹をつけてくれないか。」
凸凹とはなにかの説明に手間取ったがなんとか理解してもらった。試しに手の甲に凹凸をつけてもらうと、だんだん光を乱反射し始めた。
手の甲は白く光っているかのようだ。これでも良いかもしれない。が、さらに細かくなってもらう。
だんだん赤っぽい金属光沢のようになる。確かに蝶の羽の質感だ。
「すごいな。では、それを全体にやってくれ。」
手の甲から、全身に向かって侵食するように金属光沢が広がっていく。何となく変身ヒーローっぽい。
わずか数秒で、俺の首から下をテラテラと光る光沢が包んだ。
体を曲げ伸ばすとそれに応じて赤、青、緑と色が変わる。手で表面を撫でてみるとそこだけが透明になり、手を離せばすぐに光沢に戻る。
これは面白い。
立ってみた。頭のなかで、自分の姿をイメージする。金属光沢に輝く全身タイツ男
……宇宙人だ。もしくは未来人。
頭のてっぺんから触手を生やせば完璧だな。などと思ったがそんなことはしない。
いくら面白くても問題の解決にはならないだろう。街に入れないという点では「みのむし男」と大差ない。
「いかがでしょうか。マスター」
スラ子にはどうなっているか分からないのだろう。見えていたとしても、これを許容する感性かもしれない。
「これ、スラ子は疲れないか?」
「問題ありません。動き続けるわけではありませんので。」
「そうか。素晴らしいな。よくやった。」
「はいっ!!」
当面はこのままでいるべきだろうか。スラ子は気に入っているらしい。
しかし、目立つ。森のなかに金属光沢。恐ろしい違和感。
目立つ危険はあるがこのままでいることにした。スラ子の機嫌を損ねたくはない。なにかが近づいて来れば、スラ子が教えてくれるだろう。
次に考えたのがメガネだ。やはり視界の悪さは気になる。それに少し考えていたことを試したい。
「スラ子。レンズを作って俺の目の前に来てくれないか?」
「レンズ……ですか?どういうものでしょうか」
もちろんすぐには無理だ。俺は根気強くレンズの説明をした。
透明なまま薄板になってもらい、少しだけ湾曲させる。厚みも中心と周辺部で少し変える。
最初は指先でレンズになってもらった。良い感じになったところで目の前にかざそうとすると、するするとレンズが引っ込んでしまった。
「マスター。申し訳ありません。それはタブーです。」
「目の前にはこれないということか?」
「はい。万が一にもマスターを傷つける様なことは出来ません。」
それは困る。メガネが完成しても顔に掛けることが出来なければ絵に描いた餅。
なんとしてでもスラ子を説得しないと。
まず、スラ子の話を聞くことにした。
スラ子が首より上に来るのを嫌がるのは、過去の出来事が原因らしい。
スラ子が自意識を持ち始めたのは昨日の事だが、それ以前からスラ子はいた。正確に言えば、スラ子になる前のスライム達がいた。
そのスライム達の中の一匹は水の中に住んでいたそうだ。
ある日、その水に四つ足の動物が落ち溺れてしまった。スライムは動物にのみ込まれ、苦労して出てきたときにはその動物は死んでいたという。
その時は動物が死んだだとか、溺れたという事は分からなかった。が、スラ子として集まり、たくさんのスライムの記憶が統合され思考が加速したことで、あの時の動物に何が起きたのかを理解したそうだ。
トラウマになっているのだろうか。
「スラ子。大丈夫だ。鼻と口を塞がなければ窒息しない。」
正しい知識を与えてやれば良い。俺は躊躇するスラ子なんとか鼻先に近づけ、呼吸で空気を吸って吐いているのを知ってもらった。
口も同様だ。口の中の、喉を塞がなければ呼吸は止まらないことを理解させた。
スラ子は流石に賢く、呼吸の事をすぐに分かってくれた。
「目と耳は呼吸に関係ない。だから塞いでしまっても問題ない。まあ、耳は塞がないでほしいけど。」
「本当に大丈夫でしょうか。」
「大丈夫だ。……じゃあ、レンズの事はとりあえず置いといて、目と耳と鼻と口を塞がないように、顔と頭を覆ってみてくれないか」
「は、はい。頑張ります。」
じわじわと、かなりゆっくり慎重に首から上にスラ子が這い寄って来た。かなり無理をしているようだ。が、これさえうまく行ってしまえば後がスムーズなはず。
「……出来ました。マスター」
俺は自分の頭をさわってみる。髪の毛の一本一本まで丁寧に覆ってくれたようだ。
「いいね。俺の呼吸は全然問題ない。口と鼻さえ塞がなければ大丈夫なんだ。」
「はい。ホッとしました。」
「……顔と頭にある垢とかフケとかも食べる?」
「よろしいのですか?!ありがたく頂きます!」
そんなものを食べさせて良いのだろうか。
本心では嫌がってるという事はないと思うが、後ろめたさがある。
「では、さっきのレンズを目の前に置いてもらえるか?」
「お任せください。マスター」
……視界がボケる。まったく度の合ってないメガネを掛けた感じだ。レンズ自体もこんなに大きくなくて良いんだが。
スラ子に細かい指示を出しレンズを修正していく。徐々に見やすくなってゆき、ほどほどの視界が得られるまでになった。
「おおー!すごいぞ。ありがとう。スラ子」
「お褒めに預かり光栄です。マスターの指示が良かったお陰です。」
本当にすごい。これで普通に行動する分にはなんの支障もない。
しかし、見た目はさらにおかしくなった気がする。
人から見れば、巨大な目を持つ金属光沢の全身タイツ。
リトルグレイだ。
もう少しおとなしい外見を目指さなければ。
早くも「構造色」「メガネ」の新スキルを習得しました!
2021/12/21 改行と一部表現を修正
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