スラ子とメグミと
「もしかして、吊り橋が怖いのか?」
俺の言葉にビクッとするツムギ。
そしてコクンとうなずいた。大きな瞳が少しうるんでいる。
「街道の吊り橋だろう。頑丈にできてると思うけどな。」
「うんうん。私たちがついてるから大丈夫だよ。」
「は、はい……。すみません。」
ツムギは再び歩き出した。
「……別に高いところが苦手という事ではないのですが、吊り橋だけはちょっと……。」
「私もちょっと怖いかなぁ。」
「……まあ、とりあえず行ってみるしかないさ。」
ツムギは不安そうな顔をしながらも、それ以降は足を止めたりはしなかった。
「つり橋だけはダメ」か。もしかしたらツムギが昔のことを覚えていない原因がそのあたりに有るのかもしれない。
道は緩やかだが登りになっている。周りに生える木は少なく、背丈も低くなっていった。
川は、はるかに切り立った崖のかなり下を流れている。崖に近づくのは怖いので、どのくらい落差があるのかはわからない。
「ツムギ。熊の時に『メグミが殺気を飛ばして注意を引いてくれた』って言ってたけど、それってどういう意味なんだ?」
ツムギの気持ちを切り替えようと、俺は気になっていたことを聞いた。
「意味ですか?まあ、そのままの意味です。メグミさんが放った殺気に反応して、熊は私やトマスへの攻撃を中断しました。」
うーん……。よく分からん。
「……メグミは殺気を飛ばしてたのか?」
「うん。……まあね。私は殺気のつもりは無くて、『気』を飛ばしただけなんだけど。」
「それは、この世界の人はみんなできるの?」
「私の知る限りでは、できません。あのような事をするのは、どちらかというとモンスターや野生動物ですね。」
ツムギが言った。
「熊の注意が私の方に向いた後に、熊も私に『気』を飛ばして来てたんだよ。『気』のぶつけ合いだね。」
……なんかこわい。
「ええっと……。メグミはどうやって『気』を飛ばせるようになったんだ?」
「うーん……。どうやってかな……モンスターと戦っているうちに、自然にできるようになったと言うか……」
「すごいですね。」
ツムギが素直に感心したように言った。俺もすごいと思う。
「あれをやるとね、相手が強くても弱くても、何かしら反応してくれるから。強いと大体こっちに向かってきて、弱いと逃げちゃう事が多いの。」
メグミは、逃げるようなら殺さなくて済むし、こちらに注意を向けられれば他の人が狙われないから便利だと続けた。
「殺気を飛ばす」なんて言えば物騒だが、メグミの心の優しさが形になったような技だ。
俺が照れるメグミを見つめていると、スラ子が申し訳なさそうに言った。
「マスター。メグミさんのその技に関連して、謝罪しなければならないことがあります。」
「どうした、スラ子。」
「はい。メグミさんが『気』を飛ばしたあの瞬間、私はあの場から逃げ出そうとしてしまったのです。」
「……。」
確かにあの時、スラ子は大きく震えていた。今思えば、メグミの『気』に反応していたのだろう。
「マスターに仕え、お守りするという自分の使命も忘れ、あの場を離れたいという思いに捕らわれてしまいました。申し訳ございません。」
「でも、実際には逃げ出さなかっただろう。今もこうやって俺を寒さから守ってくれている。」
「逃げようと考えてしまった責を問われても構わないので、マスターの下に置いていただきたいと思ったのです。私にはマスターしかいませんので。」
俺は熊を一目見て恐れ、逃げようとしていた。しかし、何とかその弱さを押し殺した。
スラ子も同じように弱さを克服したのだ。当然責める気など全く無い。
俺はスラ子の弱さと俺の弱さを重ねた。
……いや、重ならないな。
スラ子は、俺が恐れた熊に何の反応も示さなかったのだ。
そんなスラ子に「逃げたい」と思わせるメグミとは一体……
「素直に話してくれてありがとう、スラ子。それを聞いても俺には感謝しかない。いつもいつも、本当に助かってるよ。」
「……マスターのおそばに居てもよろしいのですか?」
「もちろん。大体、今離れられたら、真っ裸で、目もぼんやりとしか見えないし、メグミたちと言葉も通じなくなるし……。今俺がここに居られるのは、全部スラ子のおかげなんだから。」
「ありがとうございます。私は二度と逃げません。決して、マスターからは離れることはありません。」
「ああ、これからもよろしくな。」
「はい!」
そんな俺たちのやり取りを、メグミはにっこりと笑顔で見守っている。そしてツムギは怪訝な顔だ。
「あの、スラ子さんが離れたら裸になるというのは……。」
俺はこれまでの事を掻い摘んでツムギに説明した。
異世界から転移してきた事。スラ子が変形して作ってくれた服を着ている事。コンタクトレンズの事、この世界の言葉に翻訳してもらっている事。
「ははぁ……。スラ子さんって、何でもできるんですね。」
「ホント!スラ子ちゃんってすごいよね。」
「メグミさんも、『気』の事もそうですし、剣の腕も素晴らしいとの事で。」
「メグミの剣はすごいよ。」
「……それで、カヒトさんは……。」
ツムギはそこまで言って口をつぐんだ。その続きは分かる。「お前には何ができるんだ?」という事だ。
……………………
沈黙。
この空気はまずい、と思ったのだろう。ツムギは言った。
「わ、私も皆さんに負けないよう頑張ります。」
果たして「皆さん」に俺は含まれているのだろうか。怖くて聞けない。




