2日目の朝と発見
ー2日目ー
俺は落ち葉の山の中で目を覚ました。冬の野宿だが寒くはない。
快適な眠りとは言えなかったが、落ち葉がチクチクすることもなかったので眠ることはできた。
地面のベッドは固く、身体中が痛くなったが。
目を開けるが、なにも見えない。まだ日が昇るには時間があるようだ。
なぜ目が覚めたかと言えば、空腹のせいだ。
前の世界では飢えに苦しんだことなど無かった。ありがたいことに。
こんなに腹が減ったのは始めての経験だ。
腹がグーグー鳴っているのかと言えばそうでもない。昨日は大合唱していたのだが、今日は静かだ。
腹の虫は昨日のうちに絶滅したのだろう。
俺は横になったまま周りの気配をうかがった。物音はしない。
ゆっくりと上体を起こす。声が聞こえてきた。
「おはようございます、マスター。」
スラ子だ。高い声。だが人間の女性の声とは少し違う。可愛らしいような、不思議な声だ。
「ああ、……おはよう。スラ子 ……その、マスターってなんだ?」
「あなた様の事です、マスター。」
……こそばゆい。あなた様って言うのもおかしいと思うし。
「そんな風に言わなくても、カヒトって呼んでくれればいいよ」
「ありがたいお言葉。ですがそのお名前を気軽にお呼びするのはおそれ多く……マスターでお許しください。」
……まあいいか。議論してもしょうがない。なぜそんなに謙るのか分からないが、正直に言えば少し優越感を感じる。それ以上に居心地の悪さを感じるが。
「マスター、空腹ではありませんか?よろしければこちらをお召し上がりください。」
そう言ってスラ子が俺の前に何かを差し出してきた。が、見えない。たとえメガネがあったとしても暗くて見えない。
差し出してきた辺りを手探りすると、例のストロー状の触手の先端に丸いものが乗っているようだ。
丸いものは大福位の大きさ。召し上がれというのだから食べ物だろう。
食い物!と思うとすぐにかぶりつきたくなったが、何か分からないものへの用心がそれを押し止めた。口のなかに湧き出る唾液をおさえ、とりあえず匂いを嗅いでみる。
クンクン……なんの匂いもしないな。
乾燥した空気で鼻が痛いが匂いは分かる。落ち葉の匂いのせいで自分がカブトムシになったような気分だ。
スラ子の触手から丸いものを受けとった。
固いような柔らかいような…… ほんの少し、かじりとってみる。
味は……無い?いや、何かしらの味はある。渋いような、酸っぱいような。タンパク質のコクがあるような気もする…… まあ、不味いわけではない。
強いて言えば食感は悪い。口の中でざらざらした粒子になり、それが唾液と混ざって歯にくっつく。
正体の分からないものは流石に飲み込めない。吐き出そう。と頭では思ったのだが胃袋と口がそれを許さなかった。
考えるより前に俺はその丸いものを口一杯に頬張り、口の中に張り付く物を苦労しながら舐めとる。
「ふう……スラ子、水をくれるか?」
「はい、マスター。」
スラ子の触手が俺の口に水分を噴射してくれる。水分で口のなかに張り付いたものを溶かし、すっかりのみ込んでしまった。
さらに水をもらい、それを飲みながら俺は後悔し始めた。
ヤバイかも?
今の食べ物が毒じゃないと、なぜ言える?
スラ子の事はもう信用している。スラ子は俺に敵意や害意を持っていない。むしろ好意すらあるようだ。なぜかは知らないが。
しかし、スラ子が良かれと思ったことでも、俺には悪影響があるかもしれない。
そもそもここは異世界なのだ。もっと慎重に行動するべきじゃないか。
「マスターのお口に合ったようで、とても嬉しいです。よろしければもうひとつありますが、いかがですか?」
「……えっと……その前に…… これって、なに?」
「食べ物です。マスター」
一番分からない答えが返ってきた。それならむしろ「土です」とか言われた方がましだ。
「……この食べ物は、何からできているのかな?」
「はい、主に落ち葉の柔らかい部分を集めて作りました。」
今度の答えはかなり具体的だ。大まかには知りたいことが分かった。
……落ち葉かー……まあ、他に何も無いもんな。
詳しく聞いてみると、さっきの団子状のものはスラ子が分解吸収した栄養分をまとめたものだそうだ。
何を分解したかと言えば、それが落ち葉だというのだ。
柔らかい部分とは何か。
最初は分からなかったが、どうやら微生物等によって分解された部分らしい。
スラ子の話では、スライムは生きている細胞を食べることはできない。
また、植物の細胞は死んでいても難しい。が、微生物に分解されていればその微生物ごと食べられる。
実際にやってもらったが、落ちたばかりの葉っぱだと、食べる前と後でほとんど変化がない。
しかし下の方に堆積した、分解の進んだ落ち葉は軸の固い所以外はほとんど食べて分解吸収してしまった。
「マスターに召し上がって頂いた先程の食べ物は、私が栄養として使用する前の状態の物を集めました。ぜひ、もうひとつもお召し上がりください。」
はっきり言ってもうひとつ食べたい。
さっきの団子で俺の胃袋は刺激され、食べる前より腹が減ってしまった。
「でも、それはスラ子が食べてくれよ。気持ちだけもらっておくよ」
「ありがとうございます、マスター。しかし私は十分に栄養をとれておりますので、これはしまっておきましょう。……食べ物の話のついででご相談なのですが、マスターのお体から剥がれ落ちた細胞はいかがいたしましょう。」
「剥がれ落ちた細胞?」
「はい。マスターの皮膚であった物や、体毛等です。もちろんひとつも残さずとっておきました。」
……つまり垢と抜け毛だ……。とっておくなよ、そんなモン。
「いや、捨てていいよ。」
ハハッと笑いながら言うと、スラ子はすごい剣幕でこう言った。
「それを捨てるなんてとんでもない!」
俺はその迫力に驚いた。しかし垢にそんなにムキにならなくても。
「では、マスター……その、大変恐縮なのですが……私が頂いても、よろしいでしょうか……」
「えーと、スラ子が食べてくれるってことか。ああ、それでいいよ。」
「!ほ、本当によろしいのですか!」
「ああ、むしろ食べてくれるとありがたい」
「ありがとうございます!身に余る光栄です!!」
……いや、光栄なこと無いだろう…… もちろん声にはださないが。
そう言えば、昨日そんなことを考えていたな。スラ子が俺にくっついている理由が老廃物を食べるためではないかと。それが正しかったと言うことか。
いや、違うな。スラ子は今まで俺の垢を食べていないのだ。
俺にくっついている理由は他にある。後で聞いてみよう。
……にしても、スラ子のこの変化はどういうことだ?
スラ子と俺の会話はもう全く不自然な所がない。まるで何年も連れ添った相方のようにスムーズに話をしている。
昨日は単語をポツポツと話すくらいだったはずだ。
だが今日は流暢に、やや難しい言い回しまで完璧に使いこなしている。
しかも、俺からは何も言っていないのに食べ物まで用意する気の利きよう。
スラ子の知能は高いと思っていたが、予想以上だ。
そんなことを考えていると、やっと辺りが薄明るくなってきた。朝焼けに空が黄色く染まっている。
とりあえず空腹はおいておこう。スラ子の食べ物(スライム団子と呼ぶことにする)はもうひとつあるそうだが、全て食べてしまうのも怖い。
今は、昨日の女性が戻ったであろう街か村を探さなくてはならない。
まずは昨日の道へ行く。
「スラ子、昨日女性と会った場所まで行こう。方角は分かるか?」
「方角ですか?向こうの方です。」
俺の胸の辺りからスラ子の触手が伸びた。俺の記憶している方向と同じだ。なぜ分かるのか。疑問に思ったがそれも後回しだ。
「ありがとう。よし、行くか」
「はい、マスター」
ザクザクと落ち葉を踏みしめ、歩く。モンスターに出くわすのは御免だし、人にも会いたくない。周りに気を付けながら慎重に歩いた。
すぐに、昨日の道に出た。
昨日はテンパっていたので分からなかったが、道は思ったより広い。
獣道とか、人が一人通れる程度ではなく馬車等も通る道なのだろう。
道幅はおよそ3メートル。周りの地面よりも少し固い。
踏みしめられたからというより、土木工事か何かをして押し固めたように見える。そのせいか周りに比べてやや低くなっている。これでは雨の日は水が溜まってしまうんじゃないか?
道の一方は昨日目印にしていた雪を被った山へ向かっている。
大体まっすぐだが、緩くカーブしているので見通しはあまり利かない。
俺が向かう方向は決まっている。今さら山の方へ行くつもりはない。
昨日はこの道とおおよそ平行に歩いていたのだろう。来た方(山の方)に何も無いのは分かっていた。
山を背にして歩き始めた。と言っても道を歩くのは避ける。
つい忘れそうになるが、俺は今、全裸なのだ。人に会うわけにはいかない。
道から10メートルほど離れ、道と平行に歩く。もしかしたら俺のいる方とは逆方向にカーブしているかもしれないので、たまに確認のため道へ出てみる。
慎重に、動くものの気配を探りながら進もうと俺が言うと、スラ子は周りの気配が分かるそうだ。
死角になっているはずの木のウロの中に鳥がいることを教えてくれた。
小石を投げ込んでみるとバサバサと音がして鳥が顔を出す。無用に驚かせてしまった。申し訳ない。が、スラ子の能力が証明された。
これはありがたい。しかし、どの程度の距離気配が分かるのかとか、まだ未知数な部分がある。俺も周りに注意するべきだろう。
そうしてあまり早くないペースで歩き、1時間ほど経っただろうか。
森の木がまばらになり、見通しがよくなってきた。と、正面になにかが見える。
すぐに森は終わり、草原が広がっていた。
はるか向こうに大きな川が見え、そして草原の中に街があった。
塀で囲まれた街だ。
道は草原を横切り塀の一端に向かっている。そのあたりが門になっているのだろう。
見える範囲に人はいない。
街の中から煙が昇っているのは見える。朝食の準備だろうか。
門に人がいるかどうかまでは見えないが、普通に考えて門番がいるだろう。そして門以外から街に入ることは出来なさそうだ。
さて、どうするか。街を見つけるという目的は達した。次はやはり街に入ることだろう。
そのためには何が必要か。
服だな。少なくとも服が必要だ。
言葉の問題もあるが、最悪「しゃべれない」という設定で通すことも出来る。
「……」
「マスター。どうされました?」
「うん。人の住む街を見つけた。」
「それはよかったです。マスターの必要なものは私が全てご用意したいとは思いますが、やはり人の街の方がマスターには心地良いでしょう。」
「そう思うが、このまま街に入るわけにはいかない。」
いくらスラ子の知能が高いと言っても全裸がダメというのは分からないだろう。俺はその辺りを説明した。
「マスターの肌が出ていてはいけないのですか。しかし、私が覆っておりますが。」
「スラ子は透明なんだ。だから、肌が出ているわけではないが、見えてしまう。」
「透明……」
スラ子は「透明」という概念が分からない。やはり視覚はないのだ。
しきりにものが見えないことを詫びてくるが、むしろこちらが恐縮してしまう。スラ子せいではない。会話出来るだけでも驚異的な事なのだ。
そう伝えるとスラ子は
「私は昨日は会話が出来ませんでした…… しかし、マスターの為と思い努力して出来るようになりました。次は、ものを見ることを出来るようになります!」
力強く宣言した。
努力の問題なのだろうか。しかし無理だなんて言えない。
「期待している」と伝えると、嬉しそうな返事が返ってくる。
スラ子のスキルツリーです。
スキル習得に合わせて更新していきます。
お楽しみに!
2021/12/19 改行と一部表現を修正
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