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銀の背熊、解体

 メグミの決定に、もちろん俺も文句はない。

「熊は譲るよ、そしてツムギには俺たちのパーティーに入ってもらう。」

 俺は放浪商人トマスにそう言った。

「ありがとう。そうしてもらうと本当に助かります。」


「俺たちも助かる。気にしなくていいよ。さて、物は相談なんだが、この熊を解体させてくれないか?」

「解体、ですか。」

「ああ、もちろん、譲ったんだから熊はあなたのものだ。別に解体の費用もいらない。ただ、練習としてやってみたいんだ。」

「そういう事なら、ご自由になさってください。ふむ……。そうですね。では、せっかくなので僕は熊を運ぶための手配をしましょう。」

 トマスが言った。

「遠くない場所に冒険者のパーティーがいるはずです。熊を狩る目的なら、それを運ぶ為の荷車(にぐるま)を持っていても不思議ではないですからね。そういったパーティーを探してきます。」

「もちろんそれは任せるが……。一人で行くのか?」

「大丈夫です。ずっと一人でやってきましたから。」

 放浪商人はそう言うと、荷物を背負って行ってしまった。まだ大きなバックパックが残っているが、持ち逃げされるとは考えないのだろうか?


 残った俺たちはちょっと遠慮がちになった。

 あの商人のように人間関係の潤滑油が居なくなると、残された人たちは何となくよそよそしくなってしまう。異世界でもそれは同じだな。


「改めまして、ツムギと申します。これからよろしくお願いいたします。」

「よろしくな。俺はカヒトだ。」

「私はメグミだよ。よろしくね、ツムギちゃん。」

「はい。お二人のために命を懸けて頑張りますので、どんな事でも命じてください。」

「あ、ああ。別に命令したりはしないよな、メグミ。あくまで仲間なんだし。」

「もちろん。」

「ありがとうございます。では、さっそく解体をしていきましょう。私はモンスターの解体の経験ありませんが、お手伝いさせていただきます。」



 先ずは熊を吊り上げるところからだな。近くに大きな木が立っているので、その枝にロープを掛けて持ち上げるのが普通だろう。

 ロープはメグミが持っている。ただし、それは人間の体重を想定して用意しているものだ。熊を吊り上げるほどの頑丈さはない。


 俺が少しつぶやくと、太い木の枝からするすると透明なロープが下りてきた。

 そのロープが熊の後ろ脚に巻き付くと、熊の体が木の根元までずりずりと引きずられていく。

 そのまま持ち上げるのかと見ていると、後ろ脚は持ち上がるがそこまでだ。

 透明なロープはピンと張り、引きちぎれんばかりだが熊は持ち上がらない。

 俺がまたつぶやくと、木の枝からさらに十数本の透明なロープが下りてきた。ロープが熊にがんじがらめに絡みつく。そして熊は逆さ吊りに、軽々と持ち上がった。

 もちろん透明なロープはスラ子の触手だ。スラ子にかかればこの程度は軽いものだ。


「すごいですね。これも、魔法ですか?」

 ツムギが俺に聞く。

「えーと。まあ、魔法だ。」

 仲間になった以上、ツムギにはスラ子の事を秘密にしておく必要はないのだが。


「まずは血抜きをしよう。ギルドで解体した右手熊は血抜きされてなかったみたいだが、やったほうが後が楽なはずだ。」

「うん。血抜きって、血を抜くってことだよね。……当たり前か。」

 メグミが自己解決している。

「そうだ。メグミ、首の動脈(どうみゃく)を切ってくれ。」

 俺がメグミに切る位置を示すとメグミは自分のナイフで熊の首を刺した。

 血がどっと(あふ)れてくる。そのまま流れれば地面は血まみれになってしまい、それでは厄介なのでスラ子に吸収してもらうことにする。

 熊の首が太い透明な首輪を付けたようになり、流れだした血が首輪から垂れ下がった触手を通って地面にどんどん吸い込まれていく。見ているとなかなか不思議な光景だ。地面に広がっているスラ子が分解してくれるのだろう。


 ついでに熊のおなかの中もキレイにしておこう。

 スラ子に熊の口と肛門から入ってもらい、消化器内部に残っているものを吸収分解してもらう。「(フン)出し」とはちょっと違うが似たようなものか。

 さすがに排せつ物の処理は申し訳ない。と俺は思っているのだがスラ子はまったく気にしていない。

 そもそも俺たち自身のモノをいつも処理してもらっているので今更だが。


 血抜きはまだ続いているようだが手順を進めてしまおう。いよいよ腹を裂く。

 ギルドの解体のおばさんがやっていたように下腹部の中心あたりにナイフを入れ、首に向かって開いていく。

「メグミ、ツムギ、この辺りを引っ張っていてくれ。」

 俺は二人に熊の腹の皮を引っ張らせ、少し余裕を持たせる。

 あのおばさんのやったように深々とナイフを刺すと内臓まで傷つけてしまうだろう。

 ナイフの刃を自分のほうに向けて、皮に切れ目を入れるように動かす。

 ぐりぐりとナイフをこじり何とか先端が皮を貫いた。しかしそのあとが続かない。


 固い。動物の皮ってこんなに固いのか。あるいはモンスターだからなのかもしれない。

「か、固いな。」

「もしよろしければ、私が代わりましょうか。」

 ツムギがそう言った。

「そうだな、頼む。内臓を傷つけず、皮だけ切るようにしてくれるか?」

「やってみます。」

 俺はツムギにナイフを渡し場所を交代する。皮は引っ張りながらのほうが切りやすい。俺とメグミで引っ張る。

 ツムギはナイフを俺が貫いた穴に浅く差し込むと、グイっと引き下ろした。

 ぶちぶちと繊維を断ち切る音を立てながら切り口が広がっていく。

「おお、いいぞ、ツムギ。あ、スラ子。内臓が落ちてこないように支えてくれ。」

 腹が裂ければ腸などが飛び出てくる。


 ツムギはちらっと俺を見て、なんだかじっとりした視線を投げてきた。何か言いたげだ。

 俺はその視線に気づかないふりをする。


 切れ目は首元まで来た。熊のお腹で腸がとぐろを巻いているのが、透明な膜越しに見える。落ちてこないのが明らかに不自然だ。

「これは……。」

 ツムギの言葉に答えず、俺は言った。

「次に皮を剥いでしまおう。ツムギ、続けて頼む。」

「……はい。」


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