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放浪商人トマス

 銀の背熊を討伐した俺たちは、バクバクの街のギルドに報告しなければいけないようだ。


 俺たちが「面倒だが戻ろう」という空気になっていると、トマスが言った。

「どうでしょう。この熊、僕に譲ってくれませんか?」

 ……。俺とメグミは顔を見合わせる。

「実は僕、冒険者ではなく放浪(ほうろう)商人なんですよ。街から街へ、旅をしながら商売をして歩いています。」

「へぇ。そういう人もいるんですね。」

 と、メグミ。

「はい。バクバクの街へは一昨日(おととい)到着して、少し商売をしていこうと思ったんですが……。少し居づらくなっちゃいましてね。」

「申し訳ありません。私のせいで……。」

 放浪商人トマスの隣で、ツムギが(うつむ)いて、そう言った。

「ああ。サイクロプスが、古い住民に敬遠(けいえん)されてるって件か。」

「そうです。仕方なく早々に出発したわけですが……」

「商売って、何か売ろうとしてたのか?」

「はい。バクバクは鉱山と鍛冶の街なので、サイクロプスのツムギが売れると思っていたのですが。」


 ……。ん?

「えーと……。売るって、ツムギ……。つまり、この子を?」

「はい、その通りです。」

 え?……って事は奴隷……か?

 トマスはなかなかの好人物だと思っていたが、まさか奴隷商人だったって事か?

 そう思うとなんだかその笑顔が薄気味の悪いものに感じてきた。


 俺が一歩あとずさり、警戒してトマスを見ていると。

「あー。奴隷ではありません。そうだな?ツムギ。」

 俺の考えが分かったのだろう。トマスがそう言った。

「はい。私は奴隷ではないです。もっとも、人身売買である事に違いはありませんが。」

「手厳しいな……。」

 トマスがポリポリと頭を掻く。

「すみません。ちょっと意地悪でした。」

 ツムギがトマスに軽く頭を下げた。

 軽口や皮肉が言えるのなら、トマスとツムギの関係はそんなに悪いものではないのだろうか。


 ツムギが言葉を続ける。

「私は少し前まで別の大きな街に居たのですが、路地を寝床にする孤児でした。そして、それより以前の記憶がありません。この方は、そんな私に食べ物と着るものをくださいました。そして旅へ連れ出してくれたのです。」

「孤児がその街で職にありつくのは難しいですから。僕は彼女のような孤児を世話して、よさそうな雇い主に引き合わせて紹介料を頂くのです。もちろんほかの商品も取り扱っていますけどね。」


 なるほど。ツムギは別に非人道的な扱いを受けていたわけではないようだ。まあ、俺には人の心配をしているほどの余裕もないが。

「サイクロプスは製鉄と鍛冶の神様として、その像が祭られている事もあると聞いてましてね。彼女は力も強いし、あの街では歓迎されるだろうと思っていたんですが。……話を戻しまして、熊を僕に譲っていただく代わりに、ツムギを雇いませんか?」


 ああ、そんな話だった。しかし、ツムギを雇う?

「お二人は冒険者でしょう。確かにバランスの取れたパーティーです。しかし、二人だけだと今後の冒険が厳しくなってくるかもしれません。」

「私は各地を回って、色んな冒険者に出会ってきましたが、良いバーティーは大体5~6人位で組んでいます。それよりも少ないと出来ることが限られます。また多すぎても身動きが取りにくい。」

「パーティーの3人目として、ツムギはお勧めできます。先ほども言いましたがツムギはこう見えて力持ちでしてね。かなりの荷物を持ってもらっていました。戦闘経験こそ少ないですが、先ほどの熊との遭遇でも、怯むことなく僕をかばうようにしてくれていて、主人に対する忠誠心も大いにあります。」

「ずけずけとした物言いがちょっと玉にキズかもしれませんが、頭も良く冷静な判断力に何度助けられたか分かりません。」


 トマスがまくしたてた。まったく、良く回る舌だ。

 商人のセールストークを鵜呑(うの)みにはできないが、確かにパーティーメンバーは増やすべきかも。

 その候補としてツムギは悪くない。一つ目も見慣れれば、かわいい女の子だ。


 ツムギは手に大きな棍棒(こんぼう)を持っている。

 長さは彼女の背丈と同じくらい。太さは直径10センチか15センチくらいありそうな木の棒だ。持ち手の部分だけ削って細くしている。

 その重そうなこん棒を、苦も無く持ち歩いている所を見ると力が強いというのもあながち嘘ではなさそうだ。


「メグミ、どう思う?」

「うーんと、熊は譲ってあげていいんじゃないかな。戻るのはなんだか気恥ずかしいよね。討伐報酬はかなりの金額だと思うけど、今はそんなにお金に困ってないし。ツムギちゃんの事は……。」

「もし、私が要らないという事でしたら相応の金額を出させます。たっぷり貯めこんでますからね。」

 ツムギがそう言ってトマスをじろっと見る。さっとトマスが顔をそらす。

 コントみたいな二人だな。

「何よりお二人は私たちの命の恩人なのですから、熊を譲っていただかなくても報酬を支払うべきです。」

「助けた報酬はいらない。だよな、メグミ。」

「もちろん。」

「で、熊は譲るとして、その対価がお金か、あるいはツムギか。……リーダーのメグミが決めてくれ。」

「リーダーはカヒトだよ。ね、スラ子ちゃん。」

 スラ子が小さなさざ波。

「わっ、とと……。えーと……。私は断然ツムギちゃんだよ!こんなかわいい妹が欲しかったの!」

 メグミは二人の前でスラ子の名前を出したのを勢いでごまかした。

 ツムギの目が少し鋭くなった。

 トマスは特に変わりない。が、聞こえなかったのではなく、聞こえないフリをしているようだ。世渡り上手だな。

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