鏡の部屋
博物館の奥の秘密の扉。その奥に、魔法の光に照らされ、階段が姿を現した。
上を見ても、その先は見えない。
案内人が先導し、その次にルイが階段を上る。町長と俺たちが続く。
魔法の光はルイの頭上に浮かんで階段の先を照らす。また扉だ。
案内人が再度鍵束を取り出し、扉を開けた。
「わ。まぶしい。」
ツムギが顔をしかめてつぶやく。
部屋の一面が大きなガラス窓になっている。窓からサンサンと降り注ぐ日の光が必要以上に俺たちの目を焼いた。
まぶしさに慣れるまで少し時間が掛かった。そして、あらためて部屋の様子を観察する余裕ができた。でもまあ、特に観察するほどでもない。シンプルな部屋だ。
大きな窓と、それと向き合うように、反対側の壁には大きな鏡がある。それだけだ。
壁にはいくつかの燭台があり、ろうそくはあるが火は灯っていない。
テーブルや椅子、棚のような調度品はない。床はきれいな板張りだが、絨毯などの装飾はなく、壁にも絵画や花瓶などの飾り気は見当たらなかった。
鏡があるだけの部屋。そうとしか言いようがない。
「ここが?」
「そうね。この鏡を見てもらうために、あなた達には来てもらったのよ。」
鏡を見る。大きい。
部屋の天井の高さは4メートルはある。鏡はその天井まであるのだから凄い。だが姿見としても、これは大きすぎる。こんなデカくてなんの意味があるのだろうか。まあ、実用品では無いのだろうけど。
……そもそも、これは本当に鏡なんだろうか。
この鏡には、明らかに不自然な点があった。
鏡の前に立つ俺たちの姿が映っていないのだ。
壁の燭台、窓。窓の外に広がる空と街並みは映っている。空には、ゆったりとはばたく一羽の鳥の姿もある。俺は目の前の鏡に映る鳥と、背後の、実際の鳥を何度も見比べる。不自然なところは無い。その鳥には。
不自然なのは、俺たちだ。俺たちの姿が、鏡に映らない。
他のものは問題ない。鏡の前に立つ、俺たちの姿だけが映らないのだ。
おかしな点はそれだけではなかった。
鏡に映る部屋の中央辺りには、まるでオーケストラの指揮者が楽譜を置くための譜面台のようなものが置かれていた。
リホが鏡の中の譜面台を眺め、振り返って部屋の中を見渡す。だが、実際の部屋には、そんな譜面台は無い。
映るべきものが映らず、映るべきでないものが映る鏡。まともではなかった。
自然と、俺たちの意識は鏡の中にだけ存在する譜面台へと注がれた。そこにはA4サイズほどの紙らしきものが置かれている。
「羊皮紙みたいですね。」
メグミが譜面台の上のものを見ながらつぶやく。
「ええ。そうね。」
紙じゃなくて羊皮紙らしい。実物を見るのは初めてだ。まあ、鏡の向こうにしかないものを”実物”と言えるかどうかは微妙だが。
「この台と、羊皮紙が現れたのは、ええと……。」
「5日前でございます。ルイ様。」
案内人が言う。
「ありがとう。そう、5日前に、彼が確認したときにはあったそうよ。彼はこの鏡の部屋の管理人なの。」
案内人改め、管理人がぺこりと一礼する。
「同時に、鏡の前に立つ人物の姿が映らなくなったそうよ。」
何だかすごく嫌なのだが、俺は聞かずにはいられなかった。
「ルイさん。この文章は、なんと書かれているんですか?」
羊皮紙の上にはくっきりとした黒い文字で、何かが書かれていた。見たことのない記号に見えるが、おそらく文字だろう。
「これはね。はるか昔に滅んだ文明で使われていた文字よ。確か、クリスタリア文明といったかしら。」
「クリスタリアですか。」
「とにかく古いのよ。その文明が栄えたのはどこなのか、どれだけの期間があったのか。どんな暮らしをしていたのか。そういう事はほとんど分からないわ。何も残っていないの。」
「……。」
「でも、クリスタリアを源流として多くの国や文化が花開いたとされているわ。文字についても、そのうちのいくつかの国では使われていたの。当然、変形しながらね。」
「そうなんですか。」
「まあ、その国々も、今は一つも残ってはいないのだけれどね。でも、その痕跡まで完全に消えてしまったわけではないわ。世界中の遺物に残った文字を頼りに、クリスタリアの文字を解読する。そんなことが出来るのは、エルフでも私くらいじゃないかしら。」
「ええと、つまり。」
「私はこの文章を解読するために呼ばれたの。」
なるほど。
それにしても、ルイは結構もったいぶるタイプらしいな。俺は、もう一度同じ質問を繰り返す。
「それで、何と書かれているんでしょう。」
「悪いけど、完全な解読はまだできていないのよね。」
「……。」
完全に失われた文字だという話だ。ならしょうがない。
「古代文字の解明って、インスピレーションが大事なのよ。ちょっとしたひらめきで解読は大きく進むはずなの。」
「昨日仰っていた不吉な話は、この文字と関係があるのですか?」
「ええ。断片的にだけれども、解読できた部分もあるの。『〇〇より万年の後』『〇の季節〇日』『〇〇の〇価として、魂を〇〇』。」
「日付と、その時に起きる出来事を表していると。」
「そうね。そして、最後に書かれている一文を見て。」
鏡に映るのは、4行の文章。その下に短い文章がある。その下の部分をルイが指さす。
「これだけは分かるのよ。私でなくても、誰でもね。」
「”誰でも”は、言い過ぎじゃないかな。私は分からないし。」
ツムギが言う。
それに対してルイは、黙って上を指さした。
皆の視線がそこへ集まる。鏡の上の縁の部分。
なるほど。
「同じ文字、ですね。」
鏡の上の縁には文字が書かれていた。
もちろん俺には読めない。コッソリとスラ子に聞くが、スラ子にも読めないそうだ。
だが、おそらく。
「やっぱり分からない。けど、多分……。」
ツムギも同じように考えたようだ。
「……”写し鏡の悪魔”。」
ツムギのセリフの最後を引き取り、メグミが言った。
静かな、不吉な何かが籠った声だった。




