ドラゴンの骨格標本
「わあー。……すごい……。」
博物館に入ると、すぐ目の前に広がる光景に、俺たちは思わず声を上げる。
扉の向こうは広いホールになっていた。天井がとても高い。
壁のランタンに灯りはともされていないが、どこか高い場所に明り取りの窓があるのだろうか。薄暗いが中の様子ははっきりと見て取れた。
ホールの中央には丸い舞台のような高台があり、その上には巨大な骨格標本が飾られている。
3メートルはありそうな頭部と、その6割を占める大きな顎。そこには俺の腕より太く長い牙が何本も並ぶ。
来場者を歓迎するように、あるいは威嚇するように口を開き、虚ろな眼窩で睨みつける。
頭部の後ろも恐ろしげだ。
1対の前足には牙よりも鋭い爪が並んでいる。4本の指があり、そのうちの1本は他の3本に向き合う方向に生えていた。人間の手のように、物をつかめる構造をしているのだ。
この生物は生前、この手で一体何をた掴んだのだろうか。俺たちの体とか、ちょうど掴みやすそうだ。
後ろ脚も凄い。
大腿骨に相当するであろう骨は、俺が抱えきれないような太さをしている。その骨の周りを支える筋肉も、恐ろしい力を発揮したのだろう。その力強さは、巨体を支える為……と言うにはオーバースペックにも思える。
一見すると大きな爬虫類や恐竜。前足の発達したティラノサウルスのように思える。その背中にある骨の構造を除けば。
肩甲骨のあたりだろうか。やはり太く、それでいて不自然に長い骨が上に向かって伸びる。左右に一対。そして、その長い骨から始まる一連の構造は、これが空を飛ぶ生き物であることを示していた。
翼を持っていたのだ。
多分、蝙蝠の翼のように、骨の間に被膜を発達させていたのだろう。その膜で空気をとらえ、空へと浮かんでいたのだ。
この巨体で、空を飛ぶとは。
「ドラゴンよ。」
ルイが、最小の言葉で解説した。
何をしにここへ来たのか。それすらひと時忘れ、俺はドラゴンの骨格標本に見入っていた。
すごい。素晴らしい。
おそらくこの博物館の、一番の目玉はこの骨格標本だと思う。
「……。」
言葉が出ない。
出会えて良かった。
そして、この生き物が生きている間には、出会わなくて良かった。
「まだ小さな子供よね。病気か何かで死んじゃったのでしょうね。かわいそうに。」
ルイが妙なことを言う。
「……子供?」
「このドラゴンよ。生まれてから100年も生きなかったでしょうね。ドラゴンにはあり得ないほど短い命だったはずだわ。」
子供……。この大きさで。
「ええと、冒険者が倒した……とかですか?」
「冒険者?まさか。」
俺の意見は一笑に付される。
「ドラゴンに手を出す冒険者なんて……。まあ、いなくも無いか。」
「それで、今回の話は、このドラゴンが関係しているという訳ですか。」
俺の脳裏には、子供を殺され、標本にされるという屈辱を受け、怒り狂った大人のドラゴンの群れがヒトを次々と焼き殺す。そんな惨状が浮かんでしまった。
もしそうだったら……。
「あ、違うわ。これはただの展示品。5百年位前だったかしら、この博物館が出来た当時から、この場所に展示されていたのよ。」
「452年前でございます。ルイ様。」
案内人が言った。
「……まあ、大体合ってるわね。いずれにしても、今回の話とは関係ないわ。」
そうなのか。良かった。
400年以上前だったら、この子の親の復讐はなかったのだろう。
そもそも、ルイはこのドラゴンの子は病気か何かで死んだと言った。骨格標本にしたことはとにかく、死因は恨みを買う理由にならなそうだ。
「ゆっくり見て回りたいかもしれないけど、用件を先に済ませましょうか。」
ルイはそう言うと、ドラゴンの骨格標本を回り込み、その奥へと歩みを進めた。町長が後に続き、そのあとに俺たちが従う。案内人は控えめに俺たちの後ろから続いた。




