宗主の話と馬の話
食堂へ入ると、既にツムギとユカリ、リホが席についていた。
別に俺の体調を気遣う様子もない。
まあ、薄情な訳ではない。俺が目覚めたことは、スラ子を通じて知っているのだから。
食堂はかなり広く、4人掛けのテーブル席が並んでいる。そのテーブルをつなげて8人が座れるように席が用意されていた。
ごく自然に、町長とルイは俺たちに同席するようだ。
「前にお会いした時には見なかったお顔がいますね。紹介していただけます?」
ブロートコーブを出発したときは、俺とメグミ、ツムギの3人だった。もちろんスラ子もいたが、これはまだ秘密にしておいた方がいいだろう。
「オーガ族のユカリと、オークのリホです。」
ユカリは初対面の二人がいるので緊張している。紹介されても、軽い会釈をするだけだ。睨みつけない辺り、成長がみられるが。
「お初にお目にかかりますわ。オークのウ族の娘、リホと申します。」
リホは堂々としたもので、にっこりとほほ笑む。
「あら、かわいらしいのにしっかりしてるわね。ご丁寧にありがとう。彼はブロートコーブの町長。私は妻のルイよ。よろしくね。」
町長もルイも、リホがオークであることは特に気にしていないようだ。あるいは気にしていない風を装っているのかもしれないが。
「そう言えばルイさんって、”宗主様”って呼ばれているんですね。」
ふと思い出したように、リホが切り出す。
ルイは口に運ぼうとしていたワイングラスをぴたりと止めて、リホを見る。
「そうしゅ?……さま?」
「ええっと。違いました?」
「ごめんなさい。そう呼ばれたことは、今まで一度もないと思うわ。」
「その……魔法国マドセンでは、ルイさんを宗主として崇めているようでしたけど。」
メグミが助け舟を出す。
「魔法国かい。知っているよ。マドセン製の灯りの魔法具は、うちの街でも重宝しているね。」
と、町長。
「宗主と言う事は、マドセンを興したのはルイ、と言う事なのかい?」
「私が?……そんな事したかしら。」
100年前にマドセンを造ったと言う事であれば、ルイは相当な長命なのだろう。
国の一つや二つ興したり、崇め奉られる事も、ルイにとっては大した出来事ではないのかもしれない。
「皆さんはもしかして、マドセンから転移してきたの?」
「はい。」
「それはそれは。遠い所からご苦労様でした。」
「いえいえ。」
町長とリホは漫才みたいな掛け合いをする。
「どんな所なんですか。マドセンは。」
「砂漠の中のオアシスの国です。街の中心に湖があり、その上にお城が浮かんでいるのです。素敵な国でしたわ。」
「砂漠……浮遊島……。」
ルイが何かを思い出そうとするかのようにつぶやく。
「つい最近に、建国100年を記念するお祭りがあったそうです。」
「あら、100年って、ついこないだじゃない。もっと前の話かと思っていたわ。」
時間感覚がすごいな。
「何か思い出したかい?」
「ええ、あなた。ちょうどその頃だったかしら。確かに砂漠の中の湖の上に、浮遊島を固定したわ。」
何でもない事のように、さらりと言う。
「とてもマナの濃い水が湧き出す湖でね。使わなければもったいないと思ったのよ。」
「それで国を造ったんだ。」
「……国、だったかしら。浮遊島で何かを作ったのは覚えているけど……。」
「浮遊島の上に畑を作られた、と聞きましたけど。」
「ああ!そうだわ!湖の水を浮遊島の上に引いて、それを利用してお野菜を育てていたの。その時は、家庭菜園がマイブームだったのよ。」
「砂漠で野菜を育てたのなら、それを目当てに人が集まったのだろうね。」
「そうだったと思うわ。まあ、私は数年やったら満足しちゃったから、畑の管理をヒトに任せてよそへ移ったけど。……へえ、あそこがマドセンになったのねえ。」
「ルイさんは国を造ろうと思っていたわけではないんですね。」
「そうね。でもまあ、畑も国も、似たようなものよね。」
そうかな……。
その後、馬の話を聞いた。
馬。と言われても、なんの事だろう?
と思ったが、ブロートコーブを発つ時にもらった馬車を牽いていた、あの馬車馬の事だった。
そう言えば、ブロートコーブから港街ハーフェンへの道中、モンスターに襲われてけがをした旅人と出会ったのだった。
そのヒトには応急処置はしたものの、街でしっかりとした治療を受けなくてはいけなかった。それで、馬を貸したのだ。ヒトの命には代えられない。
そのせいで、けっこう苦労した覚えがある。だが、そのおかげでスラ子はモーターになる事が出来たし、馬に擬態する事も出来るようになったのだ。禍転じて福と為す とはこの事だろう。
ケガをした旅人は、無事にブロートコーブへと到着し、治療を受けたそうだ。それは良かった。
その後、ルイさんはその馬をハーフェンまで届けてくれたのだそうだ。
まあ本当は、ハーフェンへの途中で立ち往生しているはずの俺たちに会い、返す予定だったそうだが……。
しかし道中、俺たちに合うことなく、馬に乗ったルイさんはハーフェンにたどり着く。だがそれも、俺たちがハーフェンを出発した後の事だったらしい。
そして、俺たちの馬車は立派な馬が牽いていたと聞き、戸惑いながらも安心して帰ったそうだ。
「あの馬はブロートコーブで暮らしているけども、もちろん、あなた達の馬ですからね。」
「ああ、それは……。お気になさらず。」
そもそも俺たちには今、馬車そのものすら無い。馬だけが戻ってきても困るというものだ。




