スライムは望遠鏡になれる
スラ子の新しいスキル『望遠鏡』で街を見下ろした。
適当な街角に視点を合わせ意識を集中する。
わずかに視界が揺れたかと思うと、街の風景がどんどん間近に迫ってきた。
建物が拡大し、通りが拡大し、そこに行きかう人々が拡大した。一人ひとりの表情まで確認できるほどだ。
スラ子は『レンズの組み合わせ』と言っていたので、俺の目の前にはそのレンズがあるのだろうが、とてもそうとは思えない。
重さも感じず、視界のゆがみや色味のずれなんかもない。素晴らしいスキルだ。
街の人々を見ると、みんな明るい表情だ。笑いあい、喜び合っている。
何かいいことがあったのだろう。
誰かが何かを指さして、称えるように両手を広げる。周りのヒトもそれに呼応する。
何かあるのか?と、指し示された方を見ると、通りの一角に背の高いオブジェがあるのが分かった。
像だ。
ヒトを象った石造りの石像。
石像の顔に視線を向けると、そこには毎日見ている顔がある。
像は台座の上に立っており、台座には文字を刻んだプレートがはめ込まれているのが見えた。
「……スラ子。」
「はい。」
「あのプレートに、何が書いてあるのか分かるか。」
「はい、マスター。『勇者ユカリの像』、そう書いてあります。」
そうか。
……よくできてるなー。
すらりとした細身のプロポーション。凛々しい表情。額の小さな角まで丁寧に再現されている。
パレードで披露した鎧を着た姿で、立派な槍を持っている。『光の槍』だ。
あの時に、どうやってか姿を記録して像を作ったわけだ。
……仕事が早すぎないか?
もしかしたら、像を作るための魔法具があるのかもしれないな。そうでもなければ説明がつかない。
とにかく、あれをユカリに見せる訳にはいかないな。それどころか、ユカリはもう街を歩けないだろう。注目の的になってしまう。
…………。
それが今朝の事。
急いでマドセンを離れる事になったのは、かえって好都合かもしれない。
浮遊城のどこかの部屋へと導かれ、俺たちは転移魔法陣を踏んだ。
「そう言えば、これをお返ししなくてはいけませんね。」
グルカが差し出してきたのは、銀色の短い杖。
かつて森の中でグルカとニケと出会い、そのままマドセンへと転移を試みたのだった。しかし、一度は魔法の発動に失敗した。
このロッドを貸し、使ってもらった結果、転移が成功したのだった。
「しかし、杖なしで転移はうまくいきますか?」
と、俺は不躾な事を聞いてしまう。
「あの時は魔法具の転移魔法陣でしたので、ロッドの助けを借りて成功させましたが、この魔法陣には魔石が使われています。私でも転移は問題ありません。」
グルカは、特に怒った様子もなくそう答えてくれた。
魔法の杖を俺が持っていてもしょうがないし、何ならグルカにあげてしまっても良かったかもしれないが……。そうもいかないようなので、素直に受け取った。
「では。」
手を組み、半眼の視線をはるか遠くに向け、グルカは魔法陣にマナを送り込んだようだ。俺には何も分からないが。
ぬるいお湯に包まれたような浮遊感が体を支配する。
何か、巨大で抗いがたい力が俺を鷲づかみにした。
ああ。また……。
目の前が暗くなる。世界から音が消える……。
……。
……………。
……………………。
目を開けた時、初めて俺は今まで目を瞑っていた事に気が付いた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
見あげる天井は、乳白色で美しい。おそらく、漆喰か何かが塗られているのだろう。
すぐそばに人の気配を感じ、首を回してそちらを見た。
「あ、おはようございます、カヒトさん。良かった。目が覚めましたわね。」
リホが枕元で椅子に腰かけている。ホッとした表情を見せてくれた。
「……やっぱり、転移は苦手だ。」
低くつぶやいて、体を起こした。
我ながら陰気な口調だが、そのわりに体の調子は悪くない。
俺は転移されると、必ずと言っていいほど気を失ってしまうようだ。
だが、別に後遺症が出るほどじゃないらしい。それだけは救いだ。
「みんなで心配していたの。今、呼んできますね。」
リホはそういって部屋を出て行った。




