出発前のエピソード
「せっかく来ていただいたのに、慌ただしく出発していただくことになり申し訳ありません。また是非、いらしてください。」
「うむ、その通りだ。ユカリ殿、我が国に定住する気になったら、いつでも歓迎するぞ。」
「陛下、いい加減になさってください。」
相変わらずの王様を、大臣が微笑みながらも強めの口調で諫める。
「皆さま、改めて、国をお救い頂きありがとうございました。お礼の方ですが。」
昨日も大臣とその話をしたが、結局、お礼として何を受け取るかは決まらなかった。これと言って欲しいものもないし。
「金貨を差し上げようかと思いましたが、皆さまのご恩に報いるほどですと、とても持てる量ではなくなりますし、魔法具なども特に必要ではないようで……。」
「お気になさらず。」
「いえいえ。救国の英雄に対し何も報いずでは、国の沽券に関わります。ですので、……これをお納めいただければと。」
そう言って、大臣が差し出してきたのは、小さな包み。
「これは?」
「どうぞ、開けてみてくださいませ。」
言われるままに布の包みを開くと、中にはどこかで見たようなワッペン。
「我が国のエンブレムでございます。」
ブロートコーブの町長にもらったのに似ている。もちろん、それとはデザインが違うが。
「国の象徴である浮遊城と、古くからの砂漠の民の守護者、『砂漠トカゲ』をあしらっております。」
これ、トカゲか。
派手な緑色で目が大きい。どっちかというとカメレオンみたいだ。
「国内であれば、かなりの威光があります。商店ではかなり安く買い物もできますし、宿などでしたら無料で宿泊出来るでしょう。最も、皆さまでしたら、こんなものが無くても同じでしょうが。」
「パレードのおかげで皆さんは有名人ですからね。」
効果の方も、ブロートコーブのそれと同じようなものらしい。
「また、皆さまに滞在して頂いた客室に関しましては今後、永年皆さま専用とさせていただきます。」
専用!あの豪華な客室が?
「……どういう事?」
ピンと来なかったらしいツムギがつぶやく。
「えっとね。浮遊城に来て、私たちが休んだりご飯食べたりさせてもらった部屋があるでしょ?あの部屋はね、このお城を訪れた、色んなお客さんが滞在する部屋なの。本来は。」
「それを俺たち以外のお客さんには使わせないって事だな。」
「ええー!……スゴイ!」
「ですので、いつでも遊びにいらしてくださいね。本当に。」
そろそろお別れのようだ。
「ちょっと名残惜しいね。もう一度くらい、街を歩きたかったな。」
「構いませんよ。こちらへ転移するときに使用した、街外れの転移魔法陣を使いましょうか。」
「あ、それはいいですね。」
「い、いや。それはやめた方が……。」
メグミの提案に、俺は反対した。
「えー。ダメなの?」
「あー、その。……ルイさんが待ちわびてるだろうから、急いだほうがいいだろう。ええと。グルカさん、浮遊城にある魔法陣から国外へ出ることは出来ないのですか?」
「出来ますよ。外国から浮遊城の転移魔法陣への直接転移は出来ませんが、逆は問題なしですわ。」
「では、そうしましょう。ルイさんも待っていることだし。」
俺はメグミたちの背中を押して促した。
うん。あまりヒトを待たすのは良くないからな。
…………と言うのは、もちろん建前だ。
俺が街へ降りたくないのは、他に理由があった。
それは今朝の事。
目を覚ました俺は、窓から外を眺めていた。
美しい庭園の風景の向こうには、わずかに下の街並みが見える。
見るともなしにそんな風景を見ていると、俺はふと、舞踏会の夜を思い出した。
あの夜。
テラスから夜の街を見下ろし、ゴーレムと、それに対峙するツムギとリホを見つけたのだ。躊躇なく空へとダイブしたきっかけだ。
だが、今思い返してみると、あれは何だったのだろう。ここから見たら、ヒト一人なんて芥子粒よりも小さい。それが見えたなんて。
「スラ子。あれは何だったんだろう。」
何気ない問いかけに、申し訳なさそうな返事が返ってきた。
「すみません。私がやりました。」
「スラ子が?」
……って驚くような事ではないな。
俺の隠された能力が発現した、とかで無いのであれば、スラ子が何かをしたという事だ。
「という事は……あれは、『拡張現実』で映し出された映像だったのか?」
『拡張現実』は、スラ子が作り出した画像や映像を俺たちの目に投影するスキルだ。
スラ子は何らかの方法でツムギたちの状況を察し、その様子を映像化したのではないだろうか、と考えた。
「いえ。あれは私が作り出した映像ではありませんでした。実際の風景です。」
「実際の……。」
ツムギたちに付いていたスラ子の分裂体はいた。その分裂体が見ている風景を交信で受信した。と言う事は無いはず。この街ではスラ子は交信を使えない。
そうすると、一体どうやって。
「マスターに教えていただいたレンズを応用いたしました。」
「ほう。」
「レンズの形を調整し、それを複数枚組み合わせることで、遠くの風景を拡大することが出来ることに気が付いたのです。」
なるほど。
「あの時、スラ子は望遠鏡を作ってくれたのか。」
「『望遠鏡』と言うのですか。」
「そうだ。俺はそういう物があることを知っていたけど……それをスラ子に話したことは無いよな。自分で思いついたのか。」
しかも、俺は望遠鏡を覗いているなんて気付かなかった。ごく普通に、自分の肉眼で見ている感覚だった。
「レンズを組み合わせ、遠くを見ることが出来ると言う事には、かなり前から気が付いていました。ですがマスターに披露するには完成度が低く、また必要な場面もなかなか訪れず。この能力の事をお知らせするのがここまで遅れてしまいました。お詫び申し上げます。」
「もちろん謝る必要はない。素晴らしい能力だ。さすがはスラ子。よくやってくれた。」
「そう言っていただければ報われます。」
「ではせっかくだし、少し望遠鏡で街を見てみよう。」
俺は庭に出ると、柵から身を乗り出して街を見下ろした。実際、ここは望遠鏡を試すのにうってつけだ。
「望遠鏡」のスキルを獲得しました!




