スライムはズルをしていた
俺たちは店を出て宿へ向かう。
「随分遅くなったな。メグミ、付き合わせて悪かった。」
「いいよ!それよりさ、カヒト。……ズルしたでしょ。」
「……やっぱりバレてたか。」
ズルというのは、呑み比べの事だ。酒に弱い俺がなぜ火酒を徳利4本も呑めたのか。その秘密はスラ子にある。
スラ子に口の中に入ってもらい、酒を回収してもらっていたのだ。なので俺は一滴も呑んでいない。
「スラ子ちゃんはお酒に酔わないの?」
「マスターのご命令でお酒はそのまま保存しています。分解吸収したわけではありませんので。」
「そのまま保存?後で呑むの?」
「いや、呑まないよ。使い道があると思って。それより、ズルはやっぱり良くなかったかな……」
「いいんじゃない?それに、あのドワーフさん達は勝っても負けてもレンタル代、タダにしてくれたと思うよ。」
「ああ、そうかもしれないな。」
「それに、かっこよかったよ。カヒト。」
「ハハハ。どうせならもっといい場面でかっこつけたかった。」
ちなみに勝負の後、水を飲む前につぶやいたのは、スラ子に「この水は回収しないでくれ」と言ったのだ。
火酒とまざり、アルコールが薄まると都合が悪かったから。
呑んでないにも関わらず足取りが少しふらふらする俺に対し、メグミは麦酒を呑んでもしっかりした足取りだ。宿の階段ではメグミが手を引いてくれる。かっこよくはないな。
部屋に入り、ベッドへ倒れこむと俺はすぐに寝てしまった。メグミとスラ子がおやすみと言ったような気がしたが、あいさつを返すことは出来なかった。
―6日目―
「カヒト、起きて!朝ごはんの時間だよ!」
うーん……頭が重い。俺は寝ぼけながらも体を起こした。しかしなかなかベッドから降りることができない。
「こら!ご飯食べないと、無駄になっちゃうよ!」
メグミは元気だ。俺の腕をグイグイ引っ張る。
……頭が働かない。
「しょうがないなぁ。スラ子ちゃん。カヒトを起こしてくれる?」
「マスターが眠りたいのであればそっとして差し上げたいですが……朝ごはんを食べないのは体によくありません。」
スラ子がそう言うと、俺の体は勝手に動き出した。
ロボットのような足取りで扉へ向かう。
「わあ!カヒト、前見ないと階段から落ちちゃうよ!」
「ご安心ください、メグミさん。私がしっかり操っています。」
「あ、操ってるんだ。もー……手がかかるなぁ。」
「朝ごはんもこのまま召し上がっていただきましょう。」
「それはさすがに無理なんじゃ……」
気が付いたとき俺は宿の食堂に座り、手に持ったパンを自分の口に突っ込んでいた。
「もがもがもが……」
「スラ子ちゃん。やっぱりそれは無茶だよ。」
「ぶはっ」
目の前にはメグミがいて、スープを飲んでいる。
「やっと起きた?お・は・よ・う。」
「あ……おはよう。」
「おはようございます。マスター。お眠りいただきながら食事していただこうと思ったのですが。」
「すまん……ちゃんと食べるよ。」
朝食はスープにパン。パンにはバターが薄く塗られている。スープにはほとんど具は入ってない。
「カヒト、もしかして調子悪い?昨日のお酒、呑んではいなかったんでしょ?」
「あ、いや。匂いで酔ってただけだから。ちゃんと元気だよ。」
「ならよかった。朝ごはん終わったらすぐに鉱山に行って大丈夫?」
「大丈夫だ。」
「うん。荷物は部屋に置いといていいみたいだから、このまま行こうか。」
「分かった。」
メグミはもう食べ終わっている。少し物足りないようだ。スラ子はこっそりとメグミにスライム団子を渡している。
俺もパンを口に押し込み、スープで流し込んだ。スライム団子はありがたく断る。
「ご馳走様。」
食器をカウンターに返す。そのあたりはセルフサービスらしい。
配膳もセルフだったようだが、俺は気が付いたら配膳されていた。
スラ子がやってくれたのかと思ったら、メグミが二人分持ってきてくれたらしい。改めて礼を言う。
宿の食堂は1階にある。俺たちは部屋には戻らず、カウンターで連泊する旨を伝えてそのまま外へ出た。
宿の外はもう賑わっている。ほとんどの人は仕事を始めているようだ。正確な時間はわからないが思ったより寝過ごしてしまったらしい。
カプフェル鉱山に着くと、昨日のドワーフ3人組が待っていた。しかし、相変わらず他に人影はない。
「遅かったな。来ないかと思ったぞ!」
「おはよう。来るさ。約束しただろう。」
赤ら顔は朝から元気だ。
顔が赤いのは酔っているからだと思っていたが、素で赤いらしい。
「おはようさん!」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
メグミが女ドワーフと挨拶を交わしている。メグミは誰とでもすぐに仲良くなれるらしい。
「さてと。早速だが、これがあんたらに貸し出せる道具だ。」
木箱をテーブルに見立てその上にいくつかの採掘道具が乗っている。どれも年季が入っているようだ。
「つるはしだ。鉱石を掘り出すのに使う。こいつで鉱石を砕くんじゃないぞ。鉱石の周りを掘り返して、鉱石だけを掘り出すんだ。」
「こいつは鉱石の見本だ。右から銅鉱石、鉄鉱石、銀鉱石だ。」
見てもわからない。ただの岩にしか見えないが。
俺がそう言うと、
「埋まっているのを見れば、周りの岩とは違うのが分かるさ。まあ、最初は見分けるのに苦労すると思うが。それができなきゃ話にならんからな。」
「採掘した鉱石はこの袋に入れて持ってこい。自前の袋を持ってても使うなよ。すぐボロボロになっちまうぞ。」
「分かった。」
「次に、ランタンだ。こいつは重要だ。」
それはそうだろう。灯りが無いとどうしようもないからな。
「いいか、このランタンはまあ、いわば時計みたいなもんだ。鉱山に入るときに火をつけて、油が尽きて火が消えたら……正確には消えかけたら、終わりの合図だ。もう少し、もう少しと欲張るとロクな事がないからな。」
「ふーん、なるほど。」
「このコックを開けると予備の油がタンクへ流れ込む。予備だから少ないが、戻ってくる程度の時間は大丈夫だ。」
予備というのは、バイクの予備タンクと同じ仕組みだ。なかなかよくできてる。
「ちなみに、燃料は油だけなのか?アルコールは使えない?」
「……話を聞いてたか?鉱山内で燃料の追加は禁止だ。時計の意味がないだろうが!」
「い、いや。あくまでランタンの使い方の事で……冒険者として持っておいた方がいいかなと。」
「……アルコールも使える。が、燃やすくらいなら呑んだ方がいいと思うがな。何にしろ、くれぐれも鉱山内で追加するなよ。」
「わかったよ。」
「後は……まれにだが、油はまだあるのに火が消えることがある。その場合はすぐに外へ出ろ。」
「火が消えるって、なんでだ?」
「……悪い空気が溜まった場所では、そうなる事がある。心配するな、ここで何かが起きたわけじゃない。」
「……」
「前に、ランタン一つでは暗すぎると思って、何本も松明を焚いた連中がいた。夢中になっているうちに悪い空気が溜まったらしく……」
「ど、どうなったんですか?」
メグミが聞いた。赤ら顔はそれには答えず。
「だから、ランタン以外の灯りは禁止だ。魔法でも使えるなら別だがね。」
俺はメグミと顔を見合わせる。
「……まあ、大丈夫だ。グ・エルドではたくさんの人が仕事してるんだろ?そんなに危険なら誰もやらないよ。」
俺がメグミの不安を紛らわせようとそう言ったが。
「ここに人がいないのは……」
無口な男がつぶやく。
その頭を女ドワーフがはたいた。
「暗い事ばっかり言ってたってしょうがないだろ!さあさあ!これ持って、稼いできなっ!」
女ドワーフは道具類を俺たちに押し付け、手際よくランタンに火を点ける。
そして俺とメグミの背中をグイグイと押して鉱山へと押し込んだ。




