女の子目線
油断だったなぁ……まさかゴブリンに遅れをとるなんて……。
普段だったら例え群れで襲いかかってきても撃退出来るのに。
街からたいして離れてないし、モンスターが少ない冬だからと思って武器も防具も無しで森へ入ったけど、さすがに油断しすぎよね。これで冒険者としてやっていけるのかな?ううっ……ちょっと凹む……。
まあ、いいや!いつまでも落ち込んでたって仕方ないものね。
私は街へ向けて少し早足で歩いた。またモンスターに襲われないとは限らないからね。
まあ、さっきのは襲われたっていうか、バスケットをとられそうになってたんだけど。
とられちゃったら今日の稼ぎがパーだもんね。必死になってしがみついてた。
ゴブリンもむきになったんだろうね。私の左肩につかみかかってきて。もう!服が破れちゃった!あんまりたくさんの服持ってないのに!
…うん。それよりも、あれよね。……あの人。
男の人、だったよね。……なんだったのかな……?
私がゴブリンに襲われている所に颯爽と駆けつけて、追い払ってくれた。
お礼をいう間もなく去っていったあの人。っていうとまるで白馬に乗った王子さまだけど。
……はだか……だったよね…… うん、私の目がおかしくなった訳じゃないと思う。服を着てなかった。寒くなかったのかな?……。
なんか、そういうのが趣味の人もいるって聞いたことあるけど、そういうこと?それとも何か事情があったとか。
っていうか……見ちゃった。……男の人のはだか、始めて見ちゃった!でもでも!仕方ないよね!いきなり出てくるし、最初は隠してもいなかったんだから……。
え?何を隠してなかったかって?そそそっそれはその…… なっ、なんでも良いじゃない!
え、ええと……ど、どんな人だったっけ?おじさん、だったかな?お父さんよりは若かったと思うけど、私よりは結構年上だと思う。
顔はあんまり覚えてないけど。え?なんで顔を覚えてないのかって?だって顔よりアソコを見てて……って、違うの!見てない見てないっ よく分かんなかったし!あーもー恥ずかしー!
ほっぺたをさわると熱くなってる。真っ赤になってるんだろうな。もー。うまく考えがまとまらないよ。
そういえば、あの人が最後に何か言ってたあと、私の足に何かくっついてきたんだよね……
私は片足ずつ上げて見てみた。うーん、何もついてないけど。虫か何かだったのかな?それにしてはちょっとひんやりした感じが、少しだけしたんだよね。水が跳ねただけかな?
まあ良いや。後で体を拭けば落ちるよね!私ってば冒険者なんだから。
街の女の子みたいにキャー!ばっちい!なーんて言ってたら旅なんかできないもの。
虫なんかも小さい頃から慣れっこだし。泥だらけで家に帰るのが当たり前だった。
お姉ちゃんには「もっと見た目に気を遣いなさい」ってよく叱られてたっけ。
そうそう、あの人の言ってた言葉、全然分からなかった。この大陸の言葉じゃ無かったと思う。私の言ってることも分かって無かったみたいだし。
あれじゃあ、お礼を言っても通じなかったよね。
……別の大陸から来たってことかな?……なおさら、なんだったんだろう……
とりあえず、どうしよう。衛兵さんに報告するべきなのかな。
普通に考えれば、そうよね。何かあったら言うようにって街を出るとき門番さんにも言われたし。
でも……報告したらどうなるかな……絶対、怪しいヤツ!ってなっちゃう。
話が大袈裟になって、討伐隊が編成されて……なんて事になったら……
一応、恩人だからなぁ。はだかだったけど。つげ口みたいなことはしたくないなぁ……
なんて考えているうちに街が見えてきた。私が今、拠点にしている街。
街を囲む塀は木製だし、高さも3メートルくらいしかない。私が生まれ育った所に比べるとやっぱり田舎かな。
でもギルドはちょっと不釣り合いなくらい大きいし、必要な物も一通りは手に入る。
私みたいな駆け出しの冒険者にはもってこいの街だ。
門のところに二人、槍を持って鎧を着た人が立っている。
私が出発したときと同じ門番さん達みたい。こっちに手を振っている。
「おーい!」
私も大きく手を振りながら走って行った。
「やあ、お帰り。収穫はあったかい?」
二人ともニコニコしながら迎えてくれた。
「ただいま!うん!バッチリだよ。」
私はバスケットを掲げて見せる。森で採れたキノコが入っている。
でも、腕を上げたせいで左の破れた袖がめくれてしまった。
「どうしたんだ!何かあったのか!」
そうだった。腕を下ろしてれば普通に見えるから、袖が破れているの、忘れちゃってた。
ぱっと自分で押さえて腕を後ろに回した。
「あっ、大丈夫よ。ゴブリンが一匹出てね。怪我はしてないの。でも服を破られちゃったから、私頭来て!ばーんって蹴飛ばしてやったわ!」
「そ、そうか……いやー、ビックリしたよ。本当に怪我は無いんだな?」
「うん。ごめんなさい、心配させちゃって。」
「まったく、剣も無しで出掛けるから心配してたんだ。でも、体術もいけるとは、さすがだな。」
「他に何か変わったことは無かったか?」
この時期に街道にモンスターが出るのはちょっと珍しいからね。門番さんは街の外の情報収集もお仕事。
外から来たり、帰ってきた人は何かあったら報告するのが普通なんだ。でも……
「うん。他には何もなかった。」
私は黙っていた。あの男の人の事を。ちょっと後ろめたいけど、悪い人とは思えなかったし。
「そうか。じゃあ、入っていいぞ。」
「はい。お疲れさまです。」
そういって二人の門番さんに頭を下げて門をくぐり、私は街へ戻ってきた。
通りの家々からはいい香りが漂ってきてる。もう夕方。みんな晩御飯の支度を始めた頃。
そうだ、私も夕食の買い物をして帰ろう。冬は生のお肉が売ってることがあるから楽しみだよね。
普通お肉と言えば干し肉だから固いし、あんまり好きじゃない。でも生のお肉はゆでても焼いても柔らかくて、みんな大好きだと思う。だから、すぐ売り切れちゃうけどね。
冬は生のお肉がある代わりに、お野菜は干したものか、お漬け物しかなくなっちゃうのが寂しい。
もっと南の方に行くと冬に収穫するお野菜もあるらしいけど、私はみたこともない。
いつかは南の方にも行ってみたいな。
街の中程の、商店が集まっている所までやってきた。
「やあ、いま帰りかい?」
「いらっしゃい!買っていってよ!今日もおまけしちゃうよ!」
「お疲れ!こないだは助かったよ。これ、持ってっておくれ!」
お店の人たちが声をかけてくれる。みんな気さくでいい人だ。私は夕食と、明日の朝食、お弁当の食材を買う。
いつもおまけをつけてくれるからとっても助かってるなぁ。まだまだお金には余裕無いもの。
「どうもありがとう。」
一通り買い物を済ませ、家路を急ぐ、もう薄暗い。日が落ちたら街の中とは言っても真っ暗になっちゃうから、早く帰らないと。
街外れ、私が通った門とは反対側にあるとんがり屋根のお店。私はそこで下宿させてもらっている。街にはもちろん宿もあるけど、私の懐具合だとギリギリなんだよね。
「ただいまー。」
からんからん!と、木の板を吊るしただけのドアベルが乾いた音を立てる。お店の中はもうほとんど真っ暗。ランタンの光がひとつあるだけ。
壁にはホコリをかぶった瓶や壺、なんだか分からない枯れた植物や亀の甲羅、何かの角。
天井からはニンニクがぶら下がっている。相変わらず不気味なお店だわ……。
「おや、帰ってきたかい。」
ランタンのとなりからいきなり声をかけられ、私は飛び上がった。
まだ目が慣れていない私には、暗闇に浮かび上がった幽霊がしゃべったようにみえてしまった。
「お……おばあちゃん……もー、脅かさないでよ……ただいま。」
「誰も脅かしちゃおらんわい。あと、おばあちゃんではない!わしの事は『魔女さま』と呼べと言っておるじゃろうが。」
「はいはい。分かりましたよ、魔女さまのおばあちゃん。」
「フン!……まあええわい。それで、頼んでいたものはどうなったね?」
私はキノコの入ったバスケットをおばあちゃんの目の前のカウンターにおいた。おばあちゃんはすぐに中に手をいれてチェックし始める。
「どう?おばあちゃん。依頼はちゃーんとこなせたでしょ?」
おばあちゃんは私をチラッとみて、何も言わずにキノコのチェックを再開した。
ランタンは、無いよりましって程度の明るさしかない。これでちゃんと見えてるのかな?
「……報酬じゃ」
どこから出てきたのか、おばあちゃんの手にはいつのまにかコインが握られており、テーブルの上にそれを重ねておいた。
1000ゴールドコインが2枚10ゴールドコインは5枚。2050ゴールド。
「えー!おばあちゃん!バスケット一杯にとってきたら5000ゴールドって言ってたじゃない!」
「ばかもん!種類が全然違うじゃろうが!多めに頼んでおいたヒールマッシュルームは3つしかない!しびれ茸はひとつもない!ほとんどが使い道のない毒キノコじゃ!」
「えー!?これってヒールマッシュルームでしょ?」
私は、選り分けられバスケットに戻されたキノコをとった。バスケットの中のは全部使い道のない毒キノコって事みたい。
「……まったくお主は……斑点の形が違うじゃろうが。それは毒キノコじゃ!」
おばあちゃんは机の上からキノコをひとつ取り上げ私がもっているものと並べた。
うーん……違うかなぁ……。
でも、前にもそうやって口答えをしたら、コテンパンにされちゃったんだ。違いが分かるまでこってりと教え込まれちゃった。
おかげでスズニラとラーラ草はもう間違えない!……たぶん。
「こっちはしびれ茸でしょ?」
「軸の長さが違う!……この間も同じ事を言ったじゃろう」
「あれぇ?……えへへ……そうだっけ? ……えっと、じゃあ2000ゴールドももらえないよね……」
「ええわい。飯もつくってもらっとるしの。」
そう、下宿させてもらってるお礼としてご飯は私が作っているの。実家ではあんまり料理ってしてなかったけど、結構ちゃんとできてると思うんだよね。
「おばあちゃん、ありがとう!じゃあ、夕食のしたくするね。」
「ああ。……む?お主、どうしたのじゃ。服が破れておるではないか。それに、そいつは何じゃ」
おばあちゃんは手を伸ばして、私の破れた袖の下の腕をつかんだ。
わっ!なになに!?おばあちゃんにつかまれた腕が私の意思とは関係なく跳ねるような感覚。何かが、腕から這い出て、私の胸の方へ入ってきた!?
「きゃあ!ちょっとっ!ダメ!そんなとこ、入っちゃダメー!きゃははは!」
何が起きているのか、全然分からなかったけど服の下をさわさわとなで回すような感じがくすぐったくて、笑っちゃう。
おばあちゃんはすぐに私の腕を離した。また、するすると這い回る感覚があり何かが腕へと戻っていったみたい。もー、何なの?
「なんじゃ、スライムか。お主、どこで拾ってきたのじゃ?」
スライム?おばあちゃん、いったい何を言ってるの?もしかしてボケちゃったんじゃ……まあ、それは冗談として。
私は自分の腕を見た。どうせ前みたいにカナブンが服に入っちゃっただけでしょ?
…なんだろ、ランタンの光が私のむき出しの肌に反射してぴかぴかしてる。つるつるお肌に自信はあるけど、こんなにつやつやだったかな?
「お主の体に纏わりついておるのじゃ。こんなモン、初めて見たわい。」
え?このつやつやが、スライム?………………
「……キャー!イヤー!!やだやだー!!」
私は目をぎゅっとつむり、腕をブンブン振り回した。スライムっていったらモンスターだよ?一応……。私……襲われてるってことじゃない!
「やだー!おばあちゃん!取って取ってー!」
「落ち着かんかい!言われるまで気がつかんかったんじゃろうが!危険はないわい。」
ええー?まあ、全然気がつかなかったんだけど……袖が破れて、肌が出てたはずなのに寒くもなかったし。あれ?もしかして寒くなかったのって、スライムのおかげ?
「ううー……ホントに危険じゃないの?」
「スライムに生き物を溶かすほどの力は無いからのぉ……多分……」
多分って……もう!他人事だと思って…… でも、確かにアブナイ感じはしないかな。ギルドでもスライムなんて討伐対象にもなってないし…… でも、なんで私にくっついてるんだろ?
「ねえ、おばあちゃん。このスライム、どうすればいいんだろ」
「ほっとけばええ。飽きたら離れるんじゃろ。」
おばあちゃんはめんどくさそうにそういって、私が撥ね飛ばしたバスケットと中身を拾い集めた。
「そんなことより、そろそろ飯の支度をしておくれ。腹がへったわい。」
…そんなこと……かなあ…… まあいいや。拭おうとしてもさっきみたいに逃げちゃうだろうし、そのうちなんとかなるよね。
「はいはい。今作りますよー」
私は、お店と同じくらいごちゃごちゃしている台所に向かう。今日の献立は何にしようかなぁ……なんて迷うほどレパートリーは無いけどね。
ボウルに水を汲んで干したお野菜をもどす。お肉も結局干し肉しか手に入らなかったな。
いつも通り具だくさんのスープかな。大きめのパンを買ったから、これで足りるよね。
食事を終えて後片付けをして、私は自分の部屋に入った。
一応、ベッドはある。これが嬉しい。宿によっては床さえあれば寝床!って感じで藁を敷いて寝たりね。
それを思えば大満足だ。……ちょっとヘンな匂いがするけど……
さてと、破れた袖を繕わないとね。
おばあちゃんに借りた針と糸でなんとか縫い合わせてみる。……チクチクチク……お裁縫なんて簡単簡単!お姉ちゃんはスイスイやってたもんね。
家にいるときはお姉ちゃんがいろんな手仕事をしてて、それを見ているのが好きだった。
…久しぶりに会いたいなぁ…… 久しぶりってほどでもないね。一年も経ってないし。
…よーし、できたっと!ちょっと縫い目がバラバラだけど、そのくらいはいいよね。っと持ち上げたらベッドのシーツがついてきた。
あれ?なんで?……あ、一緒に縫っちゃったのか……ちぇっ……やり直し。
チクチク……今度こそ大丈夫でしょ!と、着てみようとしたら袖に手が通らない。えー、どうなってるの?……今度は袖を縫い合わせて、閉じちゃってる……。
…うん!明日は別の服を着よう!また森にいかないとだし。ちゃんと装備もつけないといけないからこのワンピーススカートじゃ無理だしね。
お裁縫は保留!もう体を拭いて寝る準備をしなくちゃ。
下着も脱いで、水桶で絞った手ぬぐいで体を拭う。
この季節、お水で体を拭くのはつらいよね。下宿の身でその為にお湯を沸かすのはさすがに図々しいし。手早く済ませよう。
……なんだか今日はあんまり寒くない……?そんなこと無いよね、水は昨日とおんなじように冷たい。でも服を脱いでも肌寒さがあんまりない感じ……?
……スライムはまだ離れる気はないみたい。私が拭こうとする所から、器用に避けて身体中をするすると動き回る。
きゃははっ。やっぱりくすぐったい。でもなんだか愛着がわいてきちゃった。
おばあちゃんの言ってた通り別に私に悪さしようとしないし、ただくっついてるだけだもんね。ペットみたいでちょっとかわいくなってきた。
エサとかあげた方がいいのかな?スライムって何食べるんだろう……明日おばあちゃんに聞いてみよう。
あっそういえば、あの男の人のことも、おばあちゃんに言っておこうかな。おばあちゃんは滅多に外に出ないから、衛兵さんに話すこともないと思う。
今ごろあの人どうしてるんだろう。まだ森にいるのかな……はだかで……凍えてないといいけど……。
ふわぁーあ。私は大きなあくびをしてベッドに潜った。
目を閉じると、すぐに眠っちゃった。おやすみなさい。