スライムは視覚を得る
自然な流れで街へ行けるチャンスだったが、行かなかった。
メグミに対し、「やることがある」と言ったのは、半分は本当だ。
もう半分は……まあ、街へ行くことが怖かったのだ。
メグミとの話で、メガネを掛けていると怪しまれる可能性があるとわかった。
可能性があるということは、必ず怪しまれるということだ。
ある人が俺を怪しむ可能性が1割だとしても、街には何十人、何百人といるはずだ。
10面ダイスを何百回と振って、「1」の面が1度でも出れば終わり。そんな分の悪い賭けをする気にはなれない。
幸い対策は考えてある。コンタクトレンズにすることだ。誰でも思いつく。
コンタクトレンズの事はよく知らないが、俺とスラ子は試行錯誤できるのだ。何とかなるだろう。
……何とかなった。なんていったら雑すぎるが、要は眼球の表面に薄いレンズをつけるだけだ。スラ子は厚みの調整もかなり細かくできるので苦戦することもなくコンタクトレンズができた。
「スラ子。ありがとう。うまくいった。」
「私もうれしいです。所でマスター……一つ……お願いがあるのですが。」
「ん、何だ?何でも言ってくれ。俺もスラ子の役に立たないとな。」
「ありがとうございます。では……私、物が見えるようになりたいのです。ですが、どうすればいいのか分かりません。マスターのお知恵を貸して頂けますでしょうか?」
「なるほど。よし、頑張るよ。それほど詳しいわけじゃないけど。まずは……人間や動物は、眼球という物を持っていて、ここで物を見ている。」
「今、コンタクトレンズになってもらったスラ子がくっついている所が眼球だ。眼球は丸くて、手前に角膜という透明な膜があり、その奥に水晶体というものがある。水晶体も透明で、厚みが調整できるレンズのような構造だ。角膜から入った光を水晶体で屈折させ、一番奥にある網膜で焦点を結ぶ。」
俺は何とか視覚に関する知識を総動員してスラ子に教えた。もちろん説明は簡単ではない。俺の説明は視覚を持つ者の立場からの説明だし、スラ子にはまず、視覚とは何かが分からない。
とにかく辛抱強く説明をしていくしかない。
地面に図を描いて説明しようとしたが、もちろんそんなことはできない。スラ子には見えないのだから。
それでもスラ子はさすがだ。ある程度話が通じるようになってきた。
そこで俺は実際に『目』にあたる器官を作ってもらうことにした。まずは光を感じるところからだ。
俺の手の甲の所に、なるべく黒い色素を集めて小さなほくろのような点を作る。そのほくろを日の光に当てたり、影にして変化が分かるか聞いてみた。
驚いたことにスラ子は光の強さが分かるという。
「え?本当に?」
「はい。分かると思います。」
正直言って光を感じるのが一番のハードルだと思っていた。なのにあっさりだ。
スラ子も分かるという確信があるわけではないようだが、次に進んでしまおう。
次に小さなほくろのような、光を感じる点をたくさん作ってもらう。手の甲に1センチ間隔でびっしりと。
そして日の光を当て、もう片方の手で遮り影を作る。半分ほどの「光を感じる点」が影になるように。
「それぞれで光の当たり方が違うのが分かるか?」
「分かります。半分くらい、光が弱まりました。」
俺は影を作っている手を動かし、影が横切る動きを何度もやってみる。
「今度は光が強くなったり、弱くなったりしています。」
どうやらここまで順調らしい。よし、次だ。
「光を感じる点同士の間隔を狭くして、密着させるようにしてくれ。さらに、点を沢山増やしてみてくれ。」
直ぐに俺の手の甲は真っ黒になった。
「これをスラ子の『目』としよう。今スラ子の目は太陽の方を向いている。感じられる中で一番強い光だ。」
「はい。マスター。」
俺はスラ子の目のある手の甲を服に隠した。
「今スラ子の目は服の中に隠した。殆ど何の光も感じられないと思う。」
「はい。ですが、弱くはなりましたが、ある程度の光は感じます。」
「……そうなのか……まあ、弱くなったのが分かるならよさそうだ。」
「では次は……太陽と違う方向の空に向いている。明るいが太陽ほどではないと思う。」
「はい。」
「次。木に向けている。木の形が光の強さの違いになると思うんだが……分かるか?」
「……申し訳ございません、マスター。光の強さの違いは、分かりません。」
……まあ、これじゃ無理だろうとは思っていた。何かが足りないのだ。
「本当にすみません。私が不甲斐ないばかりに。」
「スラ子のせいじゃない。それどころか、光が感じられるだけですごいことだ。大丈夫。色々と試してみればいい。」
「……ありがとうございます。マスター。」
さて、今のスラ子の目はデジカメで言えばCCDだけの状態だろう。CCDだけのカメラなんて無い。と思う。
必要なのはレンズだが……どこに、どんなレンズを置けばいいんだ?
頑張った。
巨大な凸レンズをスラ子の目から数十センチ離れたところに作ってみる。いや、スラ子の目、つまり感光部分は暗い所に置かなくてはいけないのか?
あるいは光を感じる、それぞれの点の前に小さなレンズを置くのか。どちらにしても感光部分はレンズを通った光以外、遮光しなければいけないはずだ。
思いつく限りの事をした。と言ってもたいして思いついたわけでもないが。
結果、人間と同じような眼球と、昆虫の複眼のようなものができた。
スラ子はどちらの目でも風景を見て光の強さの違いが分かるようになった。
「さすがは私のマスターです。それで、この光の強弱がどうやって視覚になるのでしょうか?」
そう、そこだ。今までの話は目やカメラの構造の話だ。
これで写真を撮ったり動画を撮影したりは出来るかもしれない。しかし写真に何が写っているのか、どうやったらわかるのか。これは脳みその処理の話だ。
俺は写真を見れば何が写っているか分かる。それは元々視覚があるからだろう。
しかしスラ子はどうしたらいい?これはちょっと俺からはアドバイスは出来そうもない。
「申し訳ないが、それは俺にも分からない。光の強弱にあるはずの一定のパターンを覚えていけばいいんだろうか……」
「そうですか……では、私の目の前にある物が何かだけ、教えて頂けますか?」
というわけで、そうしてみた。スラ子の目の前に落ち葉やキノコや、木や石なんかをかざし、そのたびに「これは落ち葉だ」なんていう事を何度もくり返した。
スラ子は複数の眼球と複眼を作り、対象をじろじろと眺めている。その光景はなかなか気持ち悪い。妖怪百目の方がまだ可愛げがありそうだ。
俺が木の葉や木の枝やキノコや石を渡してやると、スラ子は自分でそれらを持ち、勝手に視覚を鍛えている。俺の手を煩わせたくないらしい。俺は気にしてないのに。
基礎スキル『視覚』を獲得しました!
2021/12/26 改行と一部表現を修正
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