治療と馬の離脱
「っぐうぅっ……。」
男は腕を押さえてうずくまった。額には大粒の汗が浮いている。
「痛むのね?……カヒト!麻酔薬も!」
「分かった!」
俺が馬車の方へ駆け出そうとしたとき、スラ子が魔法薬の瓶を渡してくれる。
すかさずメグミにパス。
麻酔薬はメグミの歯の治療の時にほんの少し使っただけなので、ほとんど残っている。
メグミはダメージ回復薬の時と同様に、麻酔薬を男の腕に振りまいた。
真っ赤だった男の顔から、スッと赤みが引いた。とりあえずは落ち着いたらしい。
しかし今度はどんどん青ざめてくる。
「……う、うう……。助かった……。」
弱々しい声で、男が言う。
「……大丈夫なのか?」
俺は男の顔を覗き込んで、呟く。
男は目が虚ろだ。目の前にいる俺に焦点が合っていない。
「出血しすぎたんです。一命はとりとめましたけど……。」
男を抱えている女性が言う。彼女は男の恋人らしい。
「一刻も早く、街でちゃんとした治療を受けないと。」
と、メグミ。
「馬車に乗せて、ブロートコーブへ戻るか。」
俺が言う。
「それでも時間がかかりすぎるよ。馬だけならともかく。」
「じゃあ、馬車の車体から馬を離して、馬に乗って戻る?」
と、ツムギが提案した。
「それが一番速そうだ。でも、俺は馬に乗ったことが無い。メグミとツムギは?」
二人とも首を振る。
「あ、あの。私は子供の頃から馬に乗っていました。」
と、女性が言った。
「彼と一緒に馬に乗って走れるか?しかし、鞍とか、馬具がないんだ。」
「裸馬でも大丈夫です。……でも、一頭しかいない馬をお借りするわけには……。」
「人命優先だ!」
俺とメグミ、ツムギは急いで馬車に駆け寄り、馬を車体から外して男の元に連れてきた。
男は、辛うじて意識はあるようだが、身体に全く力が入っていない。
意外なほど重い男を、何とか馬に跨らせる。
女性も軽い身のこなしで男の後ろに跨った。
「この先を道なりに行けばブロートコーブだ。走れば日が暮れる前には着くはずだ。」
俺は北を指差して言った。
「あ、ありがとうございます。何とお礼を言ってよいか……。」
「礼はいい!急げ!」
女性の言葉を遮り、俺が言う。
女性はこくんと頷き、馬の手綱を操って前進させた。
すぐに駆け足になった馬はすごい勢いで遠ざかる。あんな風に操ることが出来るのか。
馬と二人が去った後、
「マスター、申し訳ありません。彼らを助けようと思ったのですが、間に合いませんでした。」
「私も、モンスターの姿が見えた時には、もうやられてて……。」
スラ子とメグミが言う。
「スラ子たちのせいじゃないし、むしろあれくらいで済んだのは、みんなのおかげだ。」
「あの人、助かるよね?」
と、ツムギ。
「ああ、あれだけ馬が速ければ大丈夫。」
ツムギの頭を撫でながら言う。
俺はメグミが倒したというモンスターのそばへ行く。
血だまりに横たわっているのは茶色の羽根に包まれた大きなニワトリだ。もしかしてコカトリスというやつだろうか。
「この子は、オオニワトリっていうの。」
と、メグミが言った。そのまんまだったか。
「睨まれたら石化するとか……そういう事は無いのか?」
「そういう事はないね。でも、まあまあ手ごわいモンスターだよ。」
コカトリスはしっぽが蛇になってるんだったか。良く見ればこのモンスターのしっぽは普通の尾羽だ。
「売れそうな素材は有るのかな。」
「羽根が売れるよ。矢羽に使ったり、羽根ペンにしたり。」
「そうか。じゃあ、毟っておくか。」
「私とメグミさんでやるよ。カヒトさんは、あっちを……。」
ツムギはそう言って、馬車を指さした。どうにかしろという事だ。
俺は車体だけが残された馬車の所へ行く。
馬車から馬が失われた。車に例えればエンジンを持ってかれたようなものか。
普通なら、もう動かしようがない。
馬に乗った親切な人が通りがかるのを待つか、馬車をあきらめるか。
どっちも無理な相談だ。




