昼食とカミングアウトと
テントは大した大きさじゃない。
大人が二人寝れば一杯になる。しかし女の子は目を輝かせた。
「わー。すごいね!入ってみていい?」
「あ、ああ。どうぞ」
若い娘さんが男のねぐらにあっさり入ろうとしていいのだろうか?
俺が男として見られてないということかもしれない。あるいは彼女は男女の関係に無頓着なんだろう。
「ねえ、この敷いてあるものは何?」
「寝袋だよ。寝るときはこの中に入る。要するに携帯式の布団だけど、知らない?」
「初めて聞いた。普通、野営の時はマントにくるまって寝ると思うけど。」
女の子は寝袋に腰を下ろした。本当にいいのか?
まあ、彼女は冒険者だそうだから、押し倒そうとしても、むしろ返り討ちにあう可能性が高い。
俺としてもこの世界で初めて会った人にそんなことはできない。
「すごーい!柔らかい!」
「あ、ああ……」
「フフッ。ほらほら、そんなところに立ってないで。一緒に座ろ!あなたのテントなんだから、遠慮しないで。」
女の子は俺の手を取り座らせる。
いつの間にか俺も女の子も敬語をやめている。打ち解け過ぎじゃないか。
「キノコ、ホントにありがとう。助かっちゃった。あ、自己紹介がまだだったよね。わたし、メグミっていうの。よろしくね。」
「ああ、よろしく。俺はカヒトだ。」
「カヒトさん。フフフッ」
何だろう?まあ、悪い気はしない。彼女の笑顔は何となくなごむ。
「ねえ、その顔についているものは何なの?なんだか透明な、不思議なものだね。」
メガネのことらしい。
「これは、メガネだよ。遠くを見るのに役に立つ道具……」
「遠くを?ちょっと貸してもらえないかな」
この世界にメガネがないのなら、そんなものを持っている俺は怪しまれるだろうか。
怪しいといえば、第一印象が最悪だったはずなので今さらだが。
まあいい。なるようになるだろう。
俺はメガネを取ってメグミに渡そうとした。
手で受け取るのかと思ったら、メグミは目をつむってこちらに顔を向けてきた。掛けてくれということらしい。
どう見てもキス待ち顔だ。ヤバいヤバい。
俺だって、別に色恋沙汰に慣れているわけではない。
メグミは別にわざとやっているわけではないようだが、どうにもキョドってしまう。
何とか冷静なふりをしてメガネを掛けてやった。
「わっ。何これ!頭がくらくらするよー!」
予想通りの反応。俺はすぐにメグミの顔からメガネをはずした。
「俺は遠くを見るのが苦手なんだ。そういう人に役立つ道具だから。元々苦手じゃない人には合わないものだな。」
「そうなの……ビックリしたー。」
「ハハハ。悪い悪い。……メグミはこういう物を始めて見た?」
「うん。始めてだよ。この寝袋?といい、カヒトは不思議な物を持ってるんだね。」
「……もしも、このメガネを掛けたまま街に行ったら……おかしいかな?」
「うーん、そうだね。目立つっていうか……もしかしたら怪しまれちゃうかもね。」
やっぱりそうか……街に行くには何か対策が必要だな。
とりあえずここでメグミに会えたのは幸運だった。
「ねっ お腹空かない?もうお昼ご飯にしようよ!わたしお弁当持ってきたんだ。分けてあげるね。キノコのお礼。」
「ああ、ありがとう。でも、お昼には早くないか?」
「えへへ。いつも早めにお弁当食べちゃうんだ。我慢できなくて。そのせいで晩御飯の時にはお腹ペコペコになっちゃうの。」
「食いしん坊なんだな。メグミは。じゃあ、俺のも分けてやるよ。」
そう言って、バックパックに手を突っ込んだ。スラ子に小声でお願いする。
「スラ子。スライム団子を沢山くれないか?」
「もちろんです。マスター」
スラ子はメグミから見えないようにバックパックのなかで布袋になり、その中にスライム団子をいれてくれた。
袋を取り出してみると、中には10個ほど、丸いスライム団子が入っている。
メグミも足元に置いていた自分のバックパックからお弁当を出している。
包みからパンが出てきた。黒く、堅そうだ。
それと革の袋。おそらく水筒だろう。
ナイフでパンをスライスし、俺に渡してくれる。
「ハイ、どうぞ。ねえ、コップはないの?お水もあるよ。」
コップ。
コップはない。しかし普通、キャンプには必要だ。持ってないのは不自然だろう。
水分はスラ子が直接飲ませてくれるので、うっかりしていた。
「ええっと、その…… コップは、失くしちゃって……」
「そうなの?じゃあ、わたし持ってるから、一緒に使お。」
俺がコップを持っていないことについて、メグミは特に気にしなかったようだ。
しかしメグミのコップを一緒に使うというのは気にして欲しい。会ってから何時間も経ってないのに。
俺もスライム団子の入った袋を広げ、メグミの前に置いた。
「良かったら食べてくれ。まあ、美味しくはないけど。」
「わあ!いいの?ありがとう!いただきまーす!」
メグミは喜んでスライム団子を頬張った。
俺もメグミがくれたパンを食べる。
パンは黒パンだ。断面も黒く、詰まってずっしりしている。日持ちがしそうだ。
かじってみると、パサついている。
味は、やや酸味があり、癖のある味だが不味くはない。噛んでいるうちに穀物の甘さと香ばしさが口に広がる。
うん。悪くない。悪くはないが、メグミのお弁当というのはこのパンと水だけなんだろうか。
この世界の食卓事情が垣間見えてちょっと気落ちしてしまった。
顔をあげるとメグミが両手にスライム団子を持ち、すごい勢いで口に運んでいる。わんぱくな食べ方。
そんなにがっつくほどの物だろうか。
「そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ。ほら。」
俺はそう言って水の入ったコップを渡した。メグミはスライム団子を持ったままコップを受け取って美味しそうに飲み干した。
「ぷはーっ!」
それで満足したのかと思ったが、違うようだ。手に持った団子を頬張り、目を閉じてゆっくり噛んでいる。
ゴクンッと飲み込み、更に袋から団子を取り出そうとしたメグミの手が止まった。
見ると袋の中に残っているのは2個だけだ。あとはすっかり食べてしまったらしい。
スライム団子は1つでもなかなかのボリュームがある。しかも味らしい味もないので、いくつも食べるのは俺にはきついのだが。
見ていると、顔を上げたメグミと目があった。とたんにメグミの顔は真っ赤になる。
「ご、ごめんなさい……夢中で食べちゃって……」
「いや、いいんだ。良かったら残りも食べてよ。」
メグミは流石に遠慮していたが、誘惑に抗えなかったようで残りも食べてしまった。その代わり、メグミの持っていたパンは俺にくれた。
「ふー、お腹いっぱい!ごちそうさまでした。」
「気に入ってくれたみたいで良かったよ。……にしても、そんなに美味しかったか?」
「ていうか、食べやすかったから……柔らかいし。でも、これって何なの?これも私、初めて見るけど。」
「えーと……俺は、スライム団子って呼んでる。」
「え?スライム?これってスライムなの?」
「いや、そうじゃなくて……スライムが作ってくれた団子なんだ。」
「?スライムの、お友だちがいるの?」
「まあ、そうだね……えーと、スラ子っていうんだ。」
俺は自分の胸元を指でトントンと叩く。
「こんにちは。メグミさん。私、スラ子と申します。よろしくお願いします。」
胸の辺りから声が聞こえ、同時に俺の耳のなかで日本語が囁かれた。メグミに対し何と言ったのか分かるようにしてくれている。
「え?え?誰?どこにいるの?」
メグミは辺りを見回す。
「姿を見せてもいいですが、暴れたりしないでくださいね。私に敵意はありませんので。」
「う、うん……」
俺の肩に何かが現れた。顔の横なので俺からは見えない。
「改めまして、スラ子です。マスターの言われる通り、私はスライムです。」
今度はこの世界の言葉は肩に現れた何かから発せられた。そこにスラ子本体が居る、という設定なのだろう。
「スラ子……ちゃん?よ、よろしくね。」
メグミは戸惑いながらもスラ子に挨拶をする。こんな異常な状況をすんなり受け入れるとは、なかなか肝が据わっている。
「ところでマスター。私のことをメグミさんに話してしまって、よろしかったのですか?」
スラ子は俺に話しかけたが、メグミにも分かるように翻訳している。つまりこの会話はメグミに聞かせるための会話ということだ。
「ああ、メグミは信用できそうだし。いいんじゃないかな。別に秘密にしておくつもりもないし。スラ子は言わない方が良かったか?」
「マスターが信用できると仰るなら、私は構いません。」
「ね、ねえねえ。『マスター』って、カヒトさんの事?」
「はい。敬意を込めてマスターとお呼びさせて頂いています。」
「ふーん。尊敬してるんだね……あ、そうだ。わたしにもスライムがいるんだよ。ね、スラちゃん出ておいで。お友達だよ。」
メグミは振り向いてそう声を掛けた。後ろにその「スラちゃん」がいるらしい。
「メグミさん。すみませんが、『スラちゃん』は私です。」
「え?!」
「一昨日、マスターとメグミさんが初めてお会いした時に私は分裂し、一部がメグミさんにくっつき、ご一緒していたのです。」
俺も思い出した。そう言えばそんな事を、スラ子に頼んだ。
「そ、そうだったんだ……あのね、スラちゃん……じゃなくてスラ子ちゃんのくっついている所が何だか暖かくなってたんだけど、わたしを暖めてくれてたの?」
「はい。マスターのご命令でしたので。」
「へー。カヒトさん、スラ子ちゃん。ありがとう。」
「い、いや。俺に礼はいらないよ。俺はスラ子にそうお願いしただけだから。俺もスラ子にはすごく世話になってるんだよ。この服とかね。」
「お洋服?もしかしてそのお洋服も、スラ子ちゃんが作ったの?」
「いや、この服自体が、スラ子なんだ。スラ子はどんな形にもなれるからね。服とか、このテントとか。」
「え?このテント、スラ子ちゃんなの?!」
メグミは驚いたようにテントを撫でている。心底感心しているようだ。
「そこまでお話してしまうとは、思いませんでした。」
スラ子が俺にだけ聞こえるように言った。確かに、すべてを話してしまう必要は無かったかも。
俺も可愛い女の子との遭遇に浮かれていたようだ。
「スラ子、分裂体はまだメグミにくっついているのか?」
俺はメグミにも聞こえるように言った。
「はい、メグミさんの背中におります。」
「じゃあ、それはそのままくっついていたら良いんじゃないか?メグミさえ良ければ。」
「あ、それ、嬉しいな。私からもお願い。スラ子ちゃん」
「マスターのお望みとあらば。」
「えへへ。やったー。ねえ、わたしにくっついてるのは『スラちゃん』って呼んでいいかな?」
「もちろん、いいですよ。」
「ありがとう。ところで、スラちゃんは喋れないの?」
「『スラちゃん』は小さいので……一応、メグミさんの耳の中に入ってもいいのであれば話せますが。」
「み、耳の中?」
「ああ、小さい声でも、耳の中で喋れば聞こえるだろ。俺の耳にもスラ子に入ってもらってるんだ。」
俺が補足した。
「そっか。そしたら、耳の中でしゃべってほしいな」
俺には何も聞こえなかったが。メグミがびっくりしている。メグミにくっついている「スラちゃん」が耳の中でしゃべったのだろう。
「えへへ。改めて、よろしくね。スラちゃん」
2021/12/25 改行と一部表現を修正




