旅人ギルド支部依頼管理課総合受付室受付嬢の奔走
「はあ、なんでこんなことに……」
今日も平和な一日になるはずだった。そう思っていたのに、それは叶わない泡となってしまった。カウンターの向こう側、旅人チームのリーダー二人は、お互いの目を見て威嚇し合っている。あんなことがなかったら、こんなことにはならなかったのに――
その日は依頼の受注業務が立て込んでいた。最近はトラブル続きなことが多いらしく、主に魔物退治の依頼が多く来ていた。その分報酬も上乗せされて、旅人、特にチームで動いている人たちからはかなり得な時期だった。そんなある時、ガラの悪いチームが私のカウンターにやってきた。カウンターに肘をついて体を少し乗り出し、私の顔を下から覗くようにして話してきた。その日はそれなりに忙しかったため、私の頭の回転はぎしぎしと音を立てるように鈍かった。
「よう、受付嬢さんよ」
「どうもお疲れ様です。本日はどのような依頼を探しに?」
「なんかこう、それなりに儲けられて、そんな苦労しない相手な依頼ってないか?」
「うーん、そうですね。報酬が高いものは総じて魔物も系統が高いものが多いですね」
「マジかよ。もっとよく探してくれよ。俺たちは今金にこまってんだからさぁ」
「そ、そうですか。えーっと。あ、ちょうど今緊急度の高い依頼が入ったようですね。魔物も群れの殲滅というものです。報酬もそれなりで、魔物の系統は先ほど見ていたものよりも低い個体が多い群れのようですね。どうです? ほかのチームの人も参加するかもしれないものですけど、今ならまだ受付できますよ」
「おし、そんじゃそれで! ほら、早く詳細くれよ。先越されちまうだろ。報酬は全部俺たちが頂くんだからよ。山分けなんてすんなよ」
手早く手続きをして、詳細の書いた紙を渡す。その紙を乱暴に受け取り、早々に外に出ていった。
(あんな態度の悪いチームって所属でいたっけ? なんかよそから来た感じがするけど、あんな態度じゃ信頼ランクも低いんでしょうね)
そんな悪態を真でも口には出せないので、心の中で完結させた。一息つくと、後方から後輩の女の子が声をかけて来た。その声色は、明らかに良くないことをしてしまったような、そんな雰囲気がある。
「あ、あの、先輩……」
「お疲れ様。どうしたの? トイレ休憩でもしたい? それとも飲み物休憩がご所望?」
「い、いえ、その、先ほど先輩が対応した依頼なんですが……」
「あ、さっきのあれね。まさか……」
「……はい、マルチになりました……少し会話も聞こえて、もしかしてと思って……」
「はあ……そうね。わたしもめんどくさくて細かく説明してなかった。そうね。マルチになったなら、相応の山分けはされちゃうし、絶対にトラブルになるかも」
依頼にも様々なものがある。ソロチーム専用や、人数制限なしのもの。緊急度の高いものは人数制限はないものがほとんどで、しかも報酬が大きい。しかし、いくら報酬単価が高くても、人数が増えれば報酬は均等に山分けされる。それを嫌うチームは少なくないし、トラブルの原因になる。そして、先ほど対応したチームは、明らかにそれを嫌う側だった。
「ま、こういう時は室長に相談するのが一番よ。あなたは気にしないで、受付を続けて。とりあえず、私が室長に相談するから」
「そ、そうですか。すみません、お願いします、先輩」
後輩は申し訳なさそうにしながら受付へと戻る。そして任せろと言わんばかりに胸を張った私の心は、荒廃しそうだった。虚無。シンプルに言えばめんどくさい感情が支配。誰にも聞かれないように短くため息を漏らし、一旦総合受付室の中へ入っていく。
総合受付室には室長と主任2人がそれぞれの机に座り、書類やギルド専用の連絡ピアスで他部署への連絡やらをしていた。私は落ち着くタイミングを見て、室長へと寄った。
「失礼します、室長。今お話ししてもよろしかったでしょうか」
「ん、ああ、良いですよ。さて、優秀な受付嬢さんはまたなにかトラブルでも?」
「う……はい、実は、もしかしたらトラブルになるのではないかと思う出来事がありまして……」
「なにがあったのか、簡潔にお願いしますね」
「はい。端的に言うと、依頼の報酬の山分けを嫌うチームに、マルチ依頼を紹介してしまって、もしかしたら報酬の山分けでトラブルが起きるかもしれないんです」
「なるほどね。続けて」
「そのチームは、お金に困っているようでした。それで、色々と条件を緩くして探していたら、その依頼を見つけたんです。一応、他の参加者もいるかもしれないことは伝えましたが、細かくは説明しなかったんです」
「そうか。分かった。それじゃあ、君が紹介したチームと、その依頼に他のチームが参加していないか、調べてみるよ。それで、どう対応するかも考えておく。だから、君は一旦受付に戻って大丈夫だよ。心配だろうけどね。そのチームが帰ってきたら教えてください」
室長は淡々とそう指示し、私は頷くことしか出来なかった。
――そうして、そのチームが今帰ってきた、という状況だ。後輩が繋げたチームとその風貌の悪いチームのリーダーたちはにらみ合い、ののしり合っている。
「だから、なんでてめえらと報酬を一緒にされなくちゃいけねえんだっていってんの。戦闘だって俺たちがほとんど片づけたようなもんだろ」
「いやいや、そんなはっきりと嘘言わないでくださいよ。状況的に全く逆でしたよね。僕たちが主力と戦って、あなたたちはその取り巻きのはぐれを人数で囲って消滅させていたでしょう。それに、別に僕たちは報酬山分けでも良いんです。けど、流石に取り分ゼロはこちらも厳しいものが……」
「なんでこう物わかりの悪い奴がリーダーなんだよ。なあ、俺はもっと、お前のような大人しいやつがリーダーの方が向いてるんじゃね。おし、今からお前がリーダーな。おい、いいよな、俺たちが報酬全部もっていってもよ。なあいいよなぁ!?」
人間の心はここまで悪に染まれるものだろうか。風貌の悪いチームリーダーはもはや相手のリーダーではなく、その後ろにいた大人しめの青年に話しかけ、勝手なことを喚いていた。温厚で歩み寄ろうとしていたそのチームリーダーも、その状況には流石に頭に来たのか、話す言葉は棘はないものの、声色は明らかに怒りの色を示している。
周りの旅人たちもその光景に目をやるが、あまりの迫力に、誰も声を挟むことは出来ないでいる。
(やばいよ……これ以上はもう騎士団の人を呼んだ方がいいんじゃないかな)
私も内心で相当に疲れ切ってしまった。その時、後ろの総合受付室から室長が、いくつかの書類の束を脇に持ち、両手に飲み物の入ったコップは持って出て来た。
「はい、一旦落ち着きましょう。どうぞ、飲み物です。さて、えっと、まずは状況を整理しましょうか」
「あ、あんた誰だ」
「私はこの総合受付室の室長です。あなたを依頼に繋げた受付嬢の上司となります。よろしくお願いします」
「おう、そうか。そんじゃ話が早えな。今回俺たちが受けた依頼の報酬、全部俺たちの取り分でいいよな。そもそもそんな説明うけてねーしな。な!?」
「そうですか。ではまずそこからにしましょう。まず断っておきますが、こちら側から、他チームの参加可能性については言及していました。確かに細かい説明は口頭ではありませんしたが、あなたがたが持っている依頼書にはちゃんとその注意書きは書いてあります。しかもこんなに分かりやすい文字で書いてあるんです。この時点で、他の参加チームがいる可能性、そして文字によって報酬が山分けされることについては理解されたうえで依頼を受けたと、判断されてしまうんです。いくら見ていない、聴いてないと言われても、です」
「そんなの関係ねえよ。依頼を受けて依頼を達成したのに、報酬をもらえないんじゃそれこそ違反だろうがよ。なんなら今ここで報酬を全部取ってってもいいんだぜ」
「その発言は脅迫ということで騎士団に報告します。そして、そもそもの大前提として、先ほど通達がありました。あなたがたは、以前他の街でも似たような手口で報酬金を奪って行ったようですね。それで、現在、あなたがたをギルドの違反者としてブラックリストに載っているんです。さらに言えば、その街の騎士団から正式に、あなた方を反社会組織として認定することが決まったようです」
「は、んだそりゃ。俺たちはギルドのために働いてやってる旅人だぜ。そんな口きいて良いのかよなあ?」
「残念ながら、もうあなた方はギルドの会員ではない、ということです。すでにこの街の騎士団にも連絡済みです。というかもう外で待機してます。その頭だから旅人にならざる負えなかったようですが、ずるく生きるのならもう少し隠すということも学んだ方が良かったのではないでしょうか」
「んだとてめえ!」
風貌の悪いチームリーダーが怒号を上げ、室長に殴りかかろうとした瞬間、その場に風が発生し、風の球体がその風貌の悪いチームリーダーの顔面に飛んだ。衝突したそのチームリーダーは勢いで地面に倒れる。ドアからは騎士たちがなだれ込み、そのチームリーダーは取り押さえられた。そうして、この一件は決着したのだった。
日が暮れ、受付業務も落ち着く時間。私は自分の机で今日の一日の整理をしていた。当然、今日あったことも報告書として記載している。
「お疲れ様です」
室長が、手にコップを持って、私の机にやってきた。私はすぐに立ち上がり、お礼を述べる。
「室長。すみません、今日はありがとうございました」
「いやいや、今日は災難だったね。まさかあのタイミングで通達が届くなんで、僕もびっくりさ。まあおかげで対応しやすかったんだけどね」
「いえいえ、本当に助かりましたよ。でも、今までであんな感じの人たちは初めてだったので、私も勉強になりました。ああいうことってあるんですね」
「そりゃあるよ。ま、ここに来る前に捕まったりするのが多かったから、ここではケースとしては多くないんだ。ま、他の街ではそれなりに多いとは思う。お金に目がくらんで、ただでさえチーム内で山分けするのに、その取り分が減るとなると過剰反応する人たち。ま、大体は僕たちのような仕事をするのが嫌で旅人してる人たちに多いよね。限った話ではないけど」
「なるほど、そうなんですね。こらからは気を付けてみます」
「そうだね。こちら側で気を付けられることはやっていこう。こちら側が不利にならないようにね」
こうして、今日の一日を終えた。
旅人ギルドは旅人のための組織だ。だが、それでも旅人にすべて頭を下げるわけではない。いや、むしろ私たちギルド、旅人組合はそういう意味では、対応に居なければいけないのかもしれない。そう感じた私は今日の業務を終えて、帰路についた。歩道に煌めく街灯が、なんとなく私を励ますように、いつもより輝いて見えた。