フェリシテ、それは魔女がつけた幸福の名前
森の奥深く、私は生贄として森にいた。村に災いが降りかからないようにするために、ただの餌として森に捨てられた。悲しくはない。だって私は村の人たちに忌み嫌われる悪魔の子。体中に真っ黒な痣がある。本当は何の害もないけれど気持ち悪いから私は悪魔の子。
「私が生贄でよかった。私が生贄じゃなかったらきっとイルやキレアが選ばれてた。私に優しくしてくれてたから、呪いが移った奴らとか言われてたし」
魔女は私なんかを食べておいしいのかな。魔女にも私の呪いが移っちゃえばいいのにな。そしたら呪いで死んじゃうかも。
「おや。こんなところに女の子が一人」
大きな木の陰から真っ黒のコートを羽織った女の人が現れる。
「あなたが魔女?」
「あたしのこと知ってるんだね」
「知ってる。私を食べるんでしょ?魔女は毎年色んな村から一人ずつ生贄をもらってるって村の人たちが話してた。そして今年はうちの番なんだって」
魔女は籠からリンゴを取り出してそれを一口ガブリと食べた。
「あたしはね人間なんか食べなくたって、こうやってものを食えるんだよ。今までそうして生きてきたんだ。人間なんか食いたくもないね。あんたは捨てられただけさ」
「なんだ。そうなんだ」
私は驚きも悲しみもしない。むしろ嬉しいくらいだった。だって村での話が嘘なら村の人たちはもう生贄を捧げるために誰かを選ぶことはしなくていいし、災いが降りかかることもないし、平和に暮らせる。
「なに笑いながら泣いてんだい。そんなだから捨てられるんだろう」
「泣いてる?私が?そんなわけない」
魔女は足元に籠を置いて私のそばまでくるとしゃがみこんだ。そして痣を隠すためにのばしていた私の前髪をかきわけた。
「あんた、こっちの方が可愛いよ。行くとこ無いんならうちに来な。あたしがあんたの母親になってやる」
そういって温かい手で頭をなでてくれた。魔法でもかけられたのか、なんだか温かくなった気がした。
*****
あれからもう十五年。私は二十五歳になった。そしてすべては変わってしまった。人間は魔女狩りをはじめ、私たちの家も焼かれた。母は魔女だが人間を殺すようなことは一切しなかった。使える魔法も限られていて本で読む魔女のようなものとは違った。
それでも人間たちは魔女狩りを続けた。私たちが住処にしていた洞窟に人間たちが来た。私は魔女に拾われたただの忌み子。何もできなかった。腹に槍を突き刺され、血を吐いた。それでも私は母の手を引いて逃げた。ここまで走った。
私たちが出会ったこの場所まで。
「お母さん、もういいよ。魔法で治そうとしたってこの痣があるかぎり無理なんだよ」
私の痣は他人に害はない。ただ魔法を無効化してしまうのだ。それは母と過ごすなかで分かったことだった。
「なんであたしみたいなババアを庇ったんだよ。生きなきゃならないのはあんただろう」
「あの日ここでお母さんに助けられたから、私に色んなことを教えてくれたから、その恩返しがしたかったの…」
母の温かい涙が力なく横たわる私の頬にポツリポツリとたくさん落ちた。
私は母の頭をそっとなでた。あの日からずっと、私が泣くたびに母がいつもしてくれたこと。それを今度は私の手で。
「泣かないで。お母さん。笑顔でいなきゃ幸せが逃げちゃうんでしょ。また会いに来るから。ね」
「そうだったな。自分で言っていたことを忘れるなんてダメな母親だな」
「お母さん…大好きだよ」
「ああ、大好きだよ、フェリシテ。待っているからまた帰ってきておくれ」
母は私の頭をそっとなでて涙を流しながら微笑んだ。
なんだ、お母さんも泣きながら笑ってるじゃん。
温かい腕の中で私はそっと眠りに落ちたのだった。
*****
そうして何年か経った頃、二人が出会ったあの場所に一匹の黒猫がいた。大きな木をじいっと眺めている。その木の陰から真っ黒のコートを羽織った女の人が現れた。
「おや。こんなところに黒猫が一匹。あんた知ってるかい?魔女は百年は生きるんだよ」
猫は小さく鳴いて彼女にすり寄った。
「なあんだ、知ってたんだね」
彼女は温かい手で猫の頭をなでた。そうしてまた涙を流しながら微笑んだのだ。
「おかえり、フェリシテ」




