悪いこと
スカーレット、純粋な5歳。
わたくしは、悪い人になってしまいました。
なぜって?
お父様の書斎に忍び込んでいるのですから。
ミヤビが、わたくしにささやいたのです。
「お父様とお母様に仲良くなってほしい?」
わたくしは、すぐに頷きました。だって、そうなったら毎日泣かなくて済むもの。
そうしたら、ミヤビはこわい笑顔でわたくしにお父様の書斎まで案内させたのです。
「これは内緒だよ?でも、お父様とお母様のためだから、ね?」
やっぱり、ミヤビは悪魔なんだわ。でも、わたくしも悪魔かもしれない。ミヤビと一緒に書斎に勝手に入ってるんだもの。
「あった、これだ」
勝手にお父様の机をガサガサ探していたミヤビが、本棚の影にあった小さな木箱を持ってきたの。
不思議に思って見ていると、机から探しだした小さな鍵で木箱を開けた。
「ミヤビは魔法使いなの?」
そう聞くと、ミヤビは笑って
「なれなかったんだ。もうちょっとだったのに」
それだけ言って、木箱の中の手紙を開いて読み始めたの。かっこいいと、思わず真面目な横顔をみつめちゃった。
「なるほどね。この差出人か」
そう小声で言うと、また机の中を探し始めたミヤビ。もしかして、ミヤビの探し物がここにあると思ってるのかしら?
全く子供ね。
「ミヤビ?ここにあなたの探し物なんて」
「あった。これだ」
ミヤビの両手には封筒。片方は木箱から、片方はお父様の机から。
「ほら、同じだ」
手紙の封をしている蝋を見せられても、よくわからなくて首を振ると、ミヤビが笑うの。
「これでスカーレットが泣かずに済むよ。スカーレットを悲しませた悪い大人は懲らしめなきゃ」
まるで悪魔のようにこわくて、それなのにかっこいい笑顔で。
ミヤビは、今度はお母様のところに案内させたわ。
わたくしは訳が分からないけど、とにかく二人に仲直りしてほしくて、ミヤビの言うとおりにしたの。
「お母様、お邪魔しております」
ミヤビは、わたくしのお母様を、勝手にお母様と呼ぶのよ?
「あら、まあミヤビ、よく来たわね」
お母様は、やっぱり笑顔になった。胸が苦しくなるわ。
わたくしよりも、ミヤビがいいの?
「こんなものを拾ったのです」
ミヤビは、そんなことを言ってお母様に、さっきの手紙と封筒を渡したの。嘘をついては行けないって習わなかったのかしら。
「これは?」
お母様は、その手紙を読んで、すぐに真っ青になった。
手や肩がブルブル震えて今にも倒れそう。
「お母様!」
わたくしはたまらずにお母様に抱きついたの。お母様は、泣いていたわ。
「ミヤビ!なんてことをするの!」
わたくしはミヤビを睨んで怒ったわ。お母様を悲しませたくなかったのに!
「この家紋と、これは同じです」
涼しい顔で、なおもミヤビはお母様に説明する。
「お母様から離れて!」
思わずミヤビを突き飛ばす。お母様は、どんどん具合が悪くなっていくようで、このまま死んでしまうかと思ったの。
「お母様!ごめんなさい!わたくし、ひどいことを」
「やっと、わかったわ」
お母様は、泣きながら微笑んだの。そして、わたくしの目を見つめて
「ようやくわかったわ。ありがとう、スカーレット。そしてミヤビ」
花が開くように美しく笑ったの。初めて見たお母様の美しい笑顔。わたくしは嬉しくて泣きながら寝てしまったみたい。
次に目を覚ましたら、お父様の頬は腫れていたわ。
どうしてって聞いても、お父様もお母様も黙っていて教えてくれなくて。
でも、お母様はよく笑うし、お父様はお母様に優しく微笑む。
二人が手をつないだところなんて、初めて見たわ。
お母様が幸せそうに笑うから、わたくしも嬉しくって、はしゃいで庭を走り回ったら、余計に二人とも笑うから、涙が流れたわ。
「やあ、スカーレット。楽しそうだね」
今日も来たのね、ミヤビ。
わたくしは、少し恥ずかしくなって、うつむいてドレスの裾を握りしめて、黙ってしまったわ。
「どうしたの?スカーレット。お父様とお母様が仲良くなって良かったでしょ?」
涙がこぼれそうになるけど、ギュッと舌を噛んでこらえる。
手も震えるけど、我慢する。
「ごめんなさい」
生まれて初めて両親以外に謝った。
「突き飛ばしたりして、ごめんなさい」
とうとう涙がこぼれちゃったじゃない。もう!お父様もお母様も見てるのに。
「スカーレット、、マジでかわいすぎるだろー、惚れるわー、こんなん今すぐ連れ帰って監禁したいわー」
「え?なに?」
よく分からないことを、ミヤビは時々言うの。
「ミヤビくん?なんだい?早死にしたいのかい?」
後ろでお父様もこわい顔で笑ってるし、お母様は爆笑してるわ。
あんなに笑うのね、お母様。
お父様が、そんなお母様を見つめて、なんと、接吻したの!え!
「きっと、すぐに君の弟か妹が産まれるよ」
ミヤビは、恐ろしい魔法使いかもしれないわ。
だって、本当に産まれたんだもの。
かわいい弟が。
このくらいの女のコって、純粋なのに女で、ほんと面白い。