密偵
ミヤビの冒険
僕は、密偵を雇った。
と言っても、僕にそんな力があるはずない。
なにせ、まだ4歳のおこちゃまだ。
だから、僕の密偵は、メイドのリル。
まだ14歳のリルは、そばかすの萌キャラ、もといドジっ子メイド。
あちらこちらで、やらかして我が家へ来た。
とにかく、ドジっ子具合が、ギャグ漫画。
花瓶は必ず割る。何がなんでも、絶対に割る。
お茶は、必ずこぼす、溢れさす、人にかける。
何も無いところで盛大に転ぶ。挙げ句に、周りにある物を全て壊す。性格が良くても、これではメイドとして使えない。
お父様もお母様も、さすがに困って辞めてもらおうとしていた。
リルも覚悟をして、お父様の書斎で鎮痛な面持ちで両親の前に跪いていた。
「僕、リルにお世話してほしいな」
そこを、僕が救ったわけ。両親は反対したけど、必殺おねだりで、打ち負かした。
リルは、僕には逆らえないんだ。絶対に。
だって、ここから追い出されたら、もう行くとこ無いもん。
でも僕の世話は、他のメイド達がやるから、リルはただの遊び相手として置かれている。僕の着替えの手伝いすらさせてもらえない。仕事に飢えてるリルは、僕の提案にすぐ飛びついた。
「ミヤビ坊ちゃま、なぜにこのような?」
リルは、庭師の格好をしている。もちろん僕の指示だ。
見習い庭師に、見えなくもない、か?
「これから、毎日、オルク公爵を見張ってもらう」
僕は小さな手をくるくる回しながら説明していく。
「リルの仕事は、オルク公爵の別宅を見つけること」
不敵に笑う僕に、リルがビビってる。訳もわからず、4歳の子供にいいように使われるリル。ごめんよ。
「オルク公爵にもしも見つかったら、その別宅で庭師見習いとして働くんだ」
絶対に見つかるから、リルは。
「夜にはここへ戻って、分かったことを全て教えて欲しい。これは、我が家にとっての、最重要任務だ。僕の他には誰にも話してはいけないよ?」
最重要任務という言葉に、目を輝かせるリル。んなわけないだろ、4歳の子供にそんな任務あるか!
でも、僕の将来がかかってるんだから、ある意味間違ってはいないはず。
神妙な顔で懸命に頷くリル。アホっ子好きにはたまらないだろうな。アホ毛立ってるし。
「わかりました!このリルにお任せ下さい!早速、オルク邸に向かいます!」
「はいはーい、よろしくね」
走り出して、すぐ転んでる。あー、いいわー。和む。
「ミヤビ坊ちゃま!ただいま帰りました!」
いや、深夜だし。
泥だらけのリルを冷めた目で見る。リルは、僕の視線に気付かず興奮しながら喋りまくる。
「早速、オルク公爵の別宅を見つけました!しかも、まだリルは公爵に見つかっておりません!」
「へぇ、リルにしてはやるじゃん。どうやったの?」
ふふん、と胸を張って威張るリル。顔まで泥だらけだぞ。
「見つかりそうになったら、地面になりました!」
?ん?なに?なんて?
「この服が土色だったのを利用したのです!まさかオルク公爵も、地面に人が潜んでいるとは思わなかった様子!全く気付かれておりません!」
わぁー、想像よりもアバンギャルド。
自衛隊入っちゃう系?
「それは素晴らしいアイデアだね、リル。さすがは僕が見込んだだけある」
褒められると、更に鼻が伸びてく。
「オルク公爵の別宅は、公爵の別荘の一つでした」
「へぇ、どんな女性が住んでたの?」
「女性ですか?ええと、メイドはおりました」
ポカンとしたリルに苛立つ。
「そうじゃなくて、ほら、オルク公爵の浮気相手の女性だよ!どっかの未亡人とか、おさな妻とかさ」
「?いえ、そのような方はいらっしゃいませんでした」
「もう、リルじゃ話になんない。明日、そこへ行くよ」
リルに手当てを渡して、部屋から出て行ってもらう。
僕にはお小遣いなんて無いから、売ってもバレなさそうな小物をリルに街で売ってもらって、お小遣いにしてる。
「まったく、話にならないよ」
次の日、僕は皆が寝静まった夜にリルと街にお忍びで出かけた。
暗闇の中を駆けるのは、なかなかに興奮する。こんなこと、この世界に来てからは初めてだ。
辻馬車を拾って、オルク公爵の別荘へと向かう。
リルは何度も転ぶから、既にボロボロだ。
「ここです」
リルは、辻馬車の中なのに、小声で話してる。天然か。
「降りよう」
普通、公爵嫡男をこんな夜中に連れ出してたら、それだけで重罪だ。リルは、そんなことも分からないおバカさんで、ほんとに助かる。
オルク公爵の別荘も寝静まっていた。
でも、きっと不倫中だから、あんなことやこんなこと、してんだろ。見たい。純粋に見たい。
グフフ、と妄想しながら侵入する。
シン、と静まり返った庭に僕とリルの足音だけが響く。
リルは数歩ごとに転ぶから、たしかに地面になって進む方が静かだった。
ずりずりと地面を這うリルは無視して、僕は窓から覗いて見て回る。公爵を探して。でも、やっぱり一階にはいない。
となると、二階だよな。
見上げる別荘は、立派だ。二階から落ちたら死ぬな、これ。
でも、とスカーレットの涙を思い出す。
うん、僕の嫁の為なら死ねる。
僕は、足場になりそうな造りを探して、屋敷の周りを歩く。うるさいから、もうリルには止まって待たせてる。ヤモリみたい。
「ここなら、なんとか」
捕まって、なんとか登れそうなところを見つけて、僕は精一杯、小さな手に力を込めて登りだす。
思いのほか、僕の体は軽くて、ヒョイヒョイと登れた。
若いってすごい。4歳だけど。
そのままバルコニーに滑り込み、一つずつ部屋の中を確認していく。
ほとんどの部屋が客間なのか、使われていない雰囲気だ。
こんなに豪華で勿体ない、と眺めながら進むと。
いた。ビンゴ。オルク公爵。
すやすや眠るオルク公爵。しかし、その隣には
誰もいなかった。
え?なんで?寝るときは別に寝るタイプ?
そう思って、バルコニー伝いに他の部屋も確認した。
が、相手がいない。まさか、メイドが相手?
しかし、見る限り、老婆とジジイ。
枯れ専?
しかも、別荘のオルク公爵の寝室には、スカーレットに生き写しのスカーレットの母親の絵姿が飾られていた。そりゃあ大きく。
月明かりに照らされるその絵は、生きてるようにきれいだった。
どんなプレイ?ちょっと前世から丸っと経験無い僕には分からないんだけど。
つまり、これは
ただのすれ違い?は?いい大人が?
長くなりましたー