09
1年A組の学級委員長、尾谷悟は朝礼を取り仕切るイケイケ男子生徒だ。軽音部に所属し、担当はドラム。それでいて成績は優秀。申し分がない。
「今日は先生が不在だから、俺が代わりに出席取ってくから。みんな返事よろしく!」
学級委員長の言葉にみんなは元気良く返事をする。セルゲイは外を見ていた。今日のいつだかは知らないが、佐藤が御三家に殴り込みに行く。学級委員長の出席確認など、どうでもよかった。
「セルゲイくん。濱野セルゲイくん!」
「っ!は、はい!」
ぼーっとしていたので、返事が遅れた。だが、周りの女の子たちはなぜかみんなキャーキャー言っている。尾谷は舌打ちをした。
「…また佐藤のやつ欠席かよ。」
「あいつ、元々うちのクラスにいなくねー?」
クラスのチャラついたやつが言うと、一気に笑いが起きる。これにはセルゲイは黙っていられなかった。
「祐樹くんは僕たちのクラスメイトだよ!」
「呼んだー?」
セルゲイはすぐに声がする方に振り向いた。クラスのみんなも、尾谷も声がする方を見る。そこには寝癖だらけの佐藤がいた。遅刻である。
「つーか、俺ここのクラスじゃなかった感じ?それじゃあ帰るし。セルゲイ、またねー。アデュー。」
「えっ?えっ!ちょっと、祐樹くん!」
まさかの佐藤の行動にセルゲイは驚くことしか出来なかった。これには尾谷も呆れた。というか、佐藤はもうはや転入してきて間もないセルゲイと仲が良いのか。
「すみません、学級委員長さん。」
「どうしたのかな?セルゲイくん。」
「僕、ちょっと祐樹くんのところへ行ってきます。」
尾谷は返答に困った。そして困っているうちに、セルゲイはもう教室を出て行ってしまった。
「中野、お前軽音部来いって。」
毎日一回は部活の勧誘をされる。中野は興味無さそうに返事をした。
「俺パス。」
「なんでだよ!お前なら絶対ボーカルに向いてるから!」
だいたい歌はあまり好きではない。カラオケはよく行くが、大勢の前で披露出来るかと言われるとまた違う。
「そろそろ勉強しねーとマズいんだよなー、俺。」
これを言うと大体は切り抜けられる。別に勉強はしなくても全然平気なラインには立っている。可も無く不可も無く。
「あーそっか。悪いな。」
「誘ってくれて嬉しかったよ。ありがとな。」
中野は普段、人気者である。男女関係無く人気がある。彼女とはあまり上手く行ってないようではあるが。しかし、中野はそんな毎日に飽き飽きしている。それから解放される唯一の時間が、放課後のツタンカーメンタイムである。しかし、島崎に正体がバレてしまった以上、あまり暴れることは出来ない。変な噂を流されてしまっては困る。人気者の中野秀人が崩壊してしまう。
「…何で入っちゃったんだ、俺。」
彼はツタンカーメン部に入部したことを、非常に後悔している。完全に気の迷いである。ほんの気休めだ。だが、ツタンカーメン部は、学校公認の部活動ではない。学校のパンフレットに載ってなければ、全校生徒の9割は部活動と認識していないだろう。中野秀人もその一人だった。
中野は教室の移動中に、ふと窓の外を見た。そこには見覚えのある生徒が、校舎から出ようとしていた。
「…佐藤?」
部長だ。部長はカバンを背負ったまま校舎から出ようとしている。サボりだろうか。全く何をやってるんだ。あいつは。中野はため息をついて、さっきのは見なかったことにした。もし、佐藤と仲が良いなんて思われてしまったら。中野まで白い目で見られてしまう。
「それだけは絶対勘弁だな。」
「何が勘弁なん?」
「うわっ、おまっ…いつから居た?!」
いつ間に居た、豊島大貴。ニコニコしながら豊島は中野の背中を叩く。
「最近ほんまに元気無いやん。どうしたん?」
「…別に何でも無えよ。」
彼は演劇部に所属している。そして、中野の昔からの幼馴染。そんな豊島にでさえ、中野は自分がツタンカーメン部に入っていることは伝えていない。伝えたくないのだ。
「あんま悩み過ぎてもあかんで、秀人。」
「…おう。ありがと。」
慰められたと思うと、豊島はニコニコしながらすぐに去って行った。
「早よせーよー。授業始まってまうでー!」
豊島の去り際の言葉を聞いて、中野は慌てて腕時計を見た。
「やっべ!もう始まる!!」
中野はもやもやをシャットアウトするように、次の教室へと走った。