02
「大五郎ー、よちよち。大五郎。」
ツタンカーメンの呪いの犯人であった中野に逃げられてしまった島崎は、人知れずウサギと戯れていた。ちなみに大五郎とは、今島崎が抱えているウサギのことである。
「お前は良いな、大五郎。みんなから守ってもらえるもんね。」
大五郎を撫でながら、小さく呟いた。大五郎はただじっとしている。
「…俺は誰にも守ってもらえない。だーれにも。」
島崎がポツリと言った時だった。校舎裏の方からイカにも柄の悪そうな先輩がこちらに向かって歩いて来た。ヤバイ。ヤバイヤバイ。
島崎は、大五郎をそっと戻してから小屋を出た。しかしそこで思い切り腕を掴まれてしまう。
「お前、毎日ここに居ねぇ?あれか、帰宅部か。」
「えっ…いや…。」
この学校は、帰宅部が一番肩身が狭い。まず目を付けられてしまう。島崎は、相手から全力で目をそらそうとするが相手がそれを阻止するかのように顔を覗き込んでくる。
「なぁ。帰宅部なのかって聞いてんの。」
「…はい。」
ビクビクしながら島崎は頷いた。すると、ヤンキーはニヤリと笑った。
「へぇー、そうなんだ。ウサギ好きなわけ?」
「…まぁ。」
「お前ウサギみたいな顔してるもんな。」
いきなりよくわからないことを言われ、島崎は思わず首を傾げた。なんせ島崎はカピバラに似ているとしか言われたことがない。
「俺が誰だかわかる?」
ヤンキーの問いかけに、島崎は口ごもった。ここでわからないと答えたら、どうなってしまうのか。しかし、相手は島崎からの答えを待たずに続ける。
「菊池。サッカー部の、部長やってるつったらわかんのかな。」
サッカー部の部長。島崎は開いた口が塞がらなかった。御三家と呼ばれている部活の一つであるサッカー部。そしてそれを率いる絶対的な存在。有名じゃないはずがない。
「…知ってるみたいだな。その顔。」
菊池は再びニヤリと笑う。それからどこからともなくサッカーボールを取り出すと、そのまま地面に転がした。
「ウサギ小屋、入れんの飼育委員だけって知ってるよな?」
島崎はビクリとした。校則上、ウサギ小屋は関係者以外入ってはならない場所。誰にも見られていないと思っていたが、まさかこんな厄介なやつに見られていたなんて。ツいてなさすぎる。
「お前、あのゴールの前に立て。」
「えっ?」
「日本語通じんだろ。良いからさっさと立てよ。」
まくし立てられると、島崎は逆らえずそそくさとゴールの前に立った。
「今からPKすっから。お前がゴールを阻止出来たら、見逃してやる。阻止出来なかったら…」
島崎は言われなくとも察した。ただでさえ肩身が狭いのに、更に自分の居場所を狭められてしまう。これは登校拒否待ったなしだ。無茶にもほどがある。相手はサッカー部のエース。それに対して、しがないただの帰宅部。結果は見えたも同然だ。
「いいか?ちゃんとボール捕まえろよ。」
そう言われても心の準備は出来ない。しかし巻き込まれてしまった以上、逃げることも出来ない。逃げたら即効居場所がなくなってしまう。それだけは避けたい。大好きな大五郎に会えなくなってしまう。
「…はい。」
島崎が返事をするかしないかぐらいのところで、菊池は思い切りボールを蹴り込んだ。容赦がない。綺麗に曲がって行くボールを、島崎はサイドに飛びながら両手でガッシリと捕まえた。これには島崎も驚いた。
「…まじで?」
おそらく一番驚いているのは菊池だろう。まさか自分の強いシュートを阻止されるとは思っていなかった。
「なんなの、お前。」
「…昔、ちょっとだけサッカーしてたんで…」
島崎はボソボソと呟くように言った。菊池は島崎にまたあの笑みを浮かべた。
「約束通り見逃してやる。」
「ほんとですか?」
「男に二言はねえよ。約束は約束だろ。」
菊池の言葉に心底ホッとした島崎は、そそくさと帰ろうと菊池に背を向けた。その時、菊池が突然後ろから島崎の方を掴んだ。
「お前、帰宅部なんだろ?サッカー部、入れてやるよ。」
「…えっ?」
「帰宅部なんてうちの学校じゃ、めっちゃ肩身狭いじゃん?」
これもう入らない手は無いっしょ?菊池はいつの間にか島崎の隣りに並び寄り掛かるように彼を見る。
「…ほんとに、良いんですか?」
「お前なら大歓迎。明日から顔出せよ。」
それじゃあな。言うだけ言って、菊池は去って行った。まるで嵐のようだった。島崎はただ立ち尽くすことしか出来ず、菊池のものであろうサッカーボールを持ったまましばらく、グラウンドに立っていた。