01
濱野セルゲイは倉庫のドアをノックした。
「ごめんくださーい。」
佐藤祐樹は驚いた。いきなり部室(倉庫)のドアをノックされたからだ。こんな倉庫のドアをノックする人なんてそうそう居ない。
「…もしかして、入部希望?」
祐樹はドアをちょびっと開けてから、隙間から相手を覗くように見る。セルゲイは頷いた。
「はい。僕、ツタンカーメン部に入りたくて。…部室って、ここですか?」
「そうだけど?まぁ、中入んなよ。」
セルゲイが入部希望者だと知ると、祐樹はドアを全開にし、セルゲイを迎え入れた。
「…あいつまた暴れてんのかよ!」
双眼鏡を覗きながら舌打ちしているのは、藤木泰輔だ。ツタンカーメン部の部員。メンバーの中で最年長だ。彼は今、校内の七不思議である『ツタンカーメンの呪い』を退治するべく、奮闘中だ。
「全く…なんで俺関係ねーのに怒られてんの、まじで。」
だいたい、部長は藤木くんよりも年下なのだ。それなのに部長はかなりふてぶてしい。先輩を顎で使ってしまうぐらいにはふてぶてしい。とばっちりで怒られるのはもう御免である。藤木くんは双眼鏡から顔を離した。
「待ってろ、ツタンカーメン!今日こそ退治してやっからな!」
一方、西田勝悟は全速力で渡り廊下を掛けていた。先ほどあのツタンカーメンがここを走って行ったのを見たからだ。西田くんもツタンカーメン部の一人。藤木くんと同様、ツタンカーメン退治に勤しんでいる。
「どこ行ったん…あいつ!」
息を切らしながら呟いた時だった。西田くんの目の前に、佇むツタンカーメンがいた。…これはチャンス!西田くんはゆっくりと助走を始めた。
「あ。」
初めて見てしまった。ツタンカーメンの呪い。噂には聞いていたが、まさか本当にあるなんて。島崎惣はただぼんやりと、暴れるツタンカーメンを眺めていた。
「ん?」
よく見ると、ツタンカーメンの前後に人がいた。しかもお互い向かい合うように突進している。このまま、捕獲でもするのだろうか。しかし、ツタンカーメンは二人が近づいたときに、咄嗟にしゃがみこんだのだ。これには島崎も驚く。
「危ない…ぶつかっちゃう…」
島崎の予想通り。藤木くんと西田くんは正面から勢い良くごっつんこした。わりと盛大に。ツタンカーメンはそんな二人をものともせずに奇声を上げながら何処かへ行ってしまった。島崎は倒れた二人の方へ恐る恐る近寄る。二人とも白目を向いて倒れていた。…どうしよう。島崎は考えに考えた末、とりあえず目は閉ざしてあげようという結論に至った。島崎はそっと二人の瞼を手のひらで覆い、白目を回避した。
「本当に居たんだ、ツタンカーメン。」
そう呟きながらふと床を見ると、そこには誰かの財布が落ちていた。一番落としたらマズイやつではないか。…もしかして。
「さっきのツタンカーメンが落としたのかな、これ。」
島崎は、財布を拾いあげるとツタンカーメンが逃げて行った方へ歩いた。
「あー、今日もたくさん暴れた。」
ツタンカーメンを脱ぎながら、中野秀人は達成感に満ちた表情である。毎度の放課後の日課を終えた彼だが、まさか背後に人が居るなんて思っても居ない。
「財布落としてましたよ、中野秀人さん。」
「ファッ!!!?!!?!」
後ろから突然声をかけられ、中野は振り向くなり目を見開く。そして島崎の存在に、腰を抜かしそうになるほどオーバーに驚いた。
「オーバーだなぁ、中野さん。」
「いや、いやいやいや。いやいや…」
「いやいや教の教祖さんなんですか?中野さんは。」
一体この財布を持った目の前の男は何者なのか。中野は首を横に振る。
「そ、そそ…その財布、俺のじゃねーから。」
「学生証、入ってますけど。それと、保険証も。」
「うわあああああああ!!!!」
言い逃れが出来なくなった中野は、島崎から財布を奪うと、そのまま逃げるように走った。まさかこんなところで正体がバレてしまうなんて。中野はツタンカーメンを抱えながら部室へと走った。
「まじ遅い。なにしてんの、2人とも。」
「…いや、あの…」
2人してバタンキューしていたところを、部長に見つかってしまった西田くんと藤木くん。部長の佐藤は相変わらずふてぶてしい。セルゲイはその様子をただじっと見てることしか出来ない。
「ツタンカーメン野郎、また捕まえ損ねました。」
「は?!馬鹿なの?つーか何回目?マジあり得ないんですけど。マジ、ピラミッドに閉じ込めるし。」
佐藤はテーブルをバンバンしながらものすごい剣幕でまくし立てるが、喋り方のせいで全く怖さが半減している。しかし、西田くんと藤木くんはびびっている。セルゲイは2人が心配になった。…この2人、僕たちより絶対に年上見えるのにな…。
「しゃあない。今回はしゃあない。」
「ほんまですよ!だってアイツ、突然しゃがんでんもん!あれはしゃあないですよね、藤木くん。」
2人は氷をそれぞれ患部に当てながら慰め合う。しかし佐藤の目は彼らを睨んだまま。
「…次は絶対に捕まえろし。ほんと、俺のツタンカーメンを勝手に使うなんてナイル川の刑だし。」
ツタンカーメン部の象徴とも言える、ツタンカーメンのお面。あれがなくては、活動すらままならない。セルゲイは佐藤の言葉に首を傾げた。
「…ナイル川の刑ってなんですか?」
「バケツの水を思い切りぶっかけられるって言う処罰のことやで…」
セルゲイの素朴な疑問に答える西田くんの声と目は死んでいた。藤木くんも頷きながら、西田くんの言葉を聞いていたが、新しい顔であるセルゲイの存在に今頃驚いた。そしてすぐさま、佐藤に問いかける。
「えっ、この明らかに日本人じゃない子は誰なの?」
「新メンバーのセルゲイ。」
「新メンバー?!」
藤木くんよりも先に西田くんが声を裏返らせながら叫ぶ。まさかのまさかすぎる。一体どうしてこんな部活(認められていない)に入ってしまうのか。この学校には他にも、もっと魅力的な部活はある。
「あかんって…セルシオくん。ほんま考え直し?」
「いや、セルシオじゃなくてセルゲイです。」
「こんなピュアピュアな子をこんな所に引きづり込むなんて、俺には出来ない。なぁ、部長。」
藤木くんに振られるも、佐藤はものともしない。1年生には見えないほどの貫禄である。
「つーかぶっちゃけ、入部はセルゲイが決めたことだから。マジで。俺たちが止められるもんじゃないし。」
「えっ。嘘やん!」
「本当です。…これからよろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀をするセルゲイを、藤木くんと西田くんは憐れみの目で見る。だが、部長はニンマリとしていた。
「よろしく、セルゲイ。この部に入ったこと、絶対後悔させないし。」