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奴隷編①


「はぁ……」


 俺ーー神崎ヒロトはここに来て何度目かも分からないため息をついた。

 ここは冷える。地上からの冷気が集まってくるのか異常なほどに冷たい。

 けれど牢屋に毛布なんてあるわけもなく、俺に出来ることは精々丸まって自分の体温で自分を温めることだけ。


 この牢屋に閉じ込められてから、丸二日が経過しようとしていた。

 なぜ牢屋に閉じ込められているのかというと、転生した俺が魔力無しの無能だったから。

 ため息の一つや二つ、つきたくもなるだろう。


「本当に俺は運がないなぁ……」


 前世でも神様は俺が嫌いなのかと思うくらい、恵まれなかったが異世界転生してもなのか。

 だからと言ってへこたれる俺ではない。

 正しくは二日丸々へこたれていたが、そろそろ動いてみることにする。

 俺は目の前の鉄格子を両手でつかむ。

 これは異世界転生なのだから、俺が無双するはずだ。

 こんな鉄格子くらい超筋力とか、超能力でグニャグニャに曲げてやるさっ。


「ふん! ふぬぬぬぬ……ぬおおおおおおおおおおおおお!」


 腕に血管が浮き出るほど力を込めて叫んでみる。

 全く鉄格子は曲がる気配がない。


「ぬうううううううううううううううううううう」


 この後の30分に渡る俺と鉄格子の戦いは委細省略することとする。

 結論は無駄だった。無意味だったとも付け加えたい。体力を無駄に消費しただけで、生産性のカケラもない滑稽な行動だったとも。


「35番。お前は罪人だ。大人しくしていろ」


 石畳を靴で鳴らしながら看守が現れ、鉄格子の隙間から俺を睥睨する。 

 俺は反抗的にフンッと鼻を鳴らした。


「なら、いつ俺はここを出れるんですか看守さん。俺への罰が決まるまでって言って二日経ちますよ」


「それは……今だ。お前への罰は決まった」


「えっ、本当?」


「お前への罰はガルフォード家の奴隷として働くことだ。運が良かったな。本来なら火あぶりか、石投げか、どちらにしろ死刑のはずだった。王の懐の広さに感謝することだ」


「へいへい」


 あの王が広いのはお腹だけだろうが、と心の中で毒付く。


「出ろ」


 ガチャリと看守が牢屋の扉を開き、すぐに俺の手に手錠をかける。


「手錠なんてなくても、逃げねぇよ」


 自分の主張も当然のようにスルーされて、ヒロトの体にグルグルと縄が巻かれた。

 縄の先端を看守が引き、犬の散歩のようにヒロトの体は引っ張られる。

 看守に引かれるまま階段を上がると、突如傾いた陽光が瞳を焼き、ヒロトは眩しさに目を細めた。

 

 久々のシャバだと嬉しく思ったが、どうも周囲の様子がおかしい。

 街の人々がジロジロとこちらを見ているのだ。

 その視線は小馬鹿にしたような、蔑みや嘲笑がが多く含まれているようだった。

 すると看守が状況を説明するかのように口を開いた。


「世間ではお前は偽勇者と言われている。観衆から興味本位で見られて当然だろう?」


「偽勇者……? 勝手にお前らが勇者に持ち上げただけだろうが」


「お前が7属性の魔法を使えたら問題なかったはずだ。お前が悪い」


「はぁ……」


 はい、そうですか。俺が全部悪いのか。

 縄に引かれながら外を歩く。大通りに出るとヒロトの存在がより多くの群衆に晒された。

 ヒソヒソ、ボソボソと人々の話し声が聞こえる。


「見て、偽勇者よ……。惨めな格好ねぇ」

「ガルフォード家様が彼の身元を引き受けるみたいよ」

「恥ずかしいわぁ、早く死なないかしら」


 ポツリポツリと言葉が耳に届く。

 俺は怒りのままに顔を上げて、陰口をたたく群衆を睨んだ。


「なんだーーっ、てめぇら! 勝手に色々言いやがって!」


 思うがままに幼稚な言葉を口から発する。

 すると、看守が縄を思いっきり引っ張り、俺はバランスを崩して地に転がった。

 そして地面に転がる俺の頭の上に看守が靴を置く。頭上から冷たい声が浴びせられた。


「おい、偽勇者。まだ立場を分かってないようだな。お前は奴隷になるんだよ。ここにいらっしゃるのは貴族の方々だ。お前が生意気を言っていいわけがないだろう?」


「……ふざけんな。俺はーーう゛っ!」


 看守が俺の腹部を蹴り飛ばす。

 そして俺がうめき声を上げると、観衆から歓声が上がった。


「いいぞ!」

「殴れ! 蹴れ」

「悪者をぶっ飛ばしてーー!」


 盛り上がる声に囲まれながら、俺はゆっくりと無気力に立ち上がった。

 もう心底どうでも良いと思った。そして同時に俺は勇者になんて一生なれないな、とも思った。

 こうやって罵声を浴びせられてもなお、世界を救うために奔走できるのが真の勇者なのだろう。

 

「あー、やめだやめだ。勇者なんて馬鹿馬鹿しい。よく知らねえ他人のために生きるなんて俺には出来ねーや」


 そう言って痛む腹部を抑えながら、俺は死んだ目で立ち上がった。

 無抵抗なまま、群衆からの罵声を浴びながら縄に引かれて歩く。

 俺は俺のために生きるのだ。

 いいや、違う。前世もそうだったじゃないか。

 俺は俺のためにしか生きれなかった。転生してちょっと舞い上がってしまったが、転生したところで俺は俺なのだ。

 クズなことは変わらないらしい。


 炎天下の中、歩き続けて10分。

 目の前には4メートルを優に超える塀と扉が現れた。

 

「ここが貴族ガルフォード家のお宅だ。ここでお前は飼われる。しばし待て、奥様がいらっしゃる」

 

 すると扉がゆっくりと開き、扉の隙間から真っ赤な礼装を身に纏った女性が姿を現した。

 その女性はヒロトの頭から足まで一瞥をすると、ふんっと鼻を鳴らした。


「私の名前はカミューラ。あなたが噂の偽勇者ね。聞いていると思うけど、あなたは奴隷としてこのガルフォード家に貢献することができます」


「はぁ……? なんだよ、おばさん。奴隷として働くことがなんで名誉なことなんだよ……ッ!?」


 ヒロトが呆れながら反論している時、突如背中から衝撃を受けて地面に倒れ込んだ。

 看守が背中を蹴飛ばしたのだ。何するんだと、振り返ろうとしたとき、頭頂部に何か液体をかけられた。

 女性が俺に唾を吐いたのだと遅れて理解した。

 

「オイッ……! てめぇ、何すんだよ」


 だが女性は返事をすることなく、顎で看守に合図を送ると、看守が俺の腕に何かブレスレットのようなものを着ける。

 

「おい、なんだこれ……。外せよ」


 女性は俺を見下しながら、冷たい口調で言う。


「あなた何も分かってないのね。奴隷はね、分かりました以外言ってはいけないの。そうね、躾が必要ね」


 女性の頬が歪む。

 真っ赤な唇が上がり、ちらりと白い歯が見えた瞬間、ブレスレットから強い電流が出る。


「……ッ! あああああ!」


 突然、全身に走った電流にヒロトは悲鳴をあげる。

 痛い、痛い。耳の奥が焼けたのかと思うくらいに痛い。

 気を失いかけて、ヒロトは再び地面に倒れ込む。


「いい? 逆らったらあなたの体に電流が流れるわ。ちなみにそのブレスレットは一生抜けないわ。私たちの特製品でね。鉄製だから壊すことも出来ないの」


「ざけんな! 一生奴隷でいろと言うのか!?」


「当たり前でしょう? あなたは世界的な大罪人。それが奴隷として生きられる。光栄なことよ」


「ふざ……アアッ!」


 激高して叫ぼうとした瞬間、ヒロトの体に再び電流が走る。 

 

「まだ分からないの? 思った以上に馬鹿なのね。奴隷には人権がないの。あなたを殺すのも生かすのも私次第ってわけよ」


 そう言ってカミューラがにやりと笑みを浮かべる。

 ヒロトは地面に這いつくばりながらも、見えるカミューラの邪悪な笑みに背筋が凍りそうになった。カミューラの表情は、いたぶることを楽しむような面影もなく、飄々(ひょうひょう)とした表情だった。

 こいつは本当に躊躇いもなく俺を殺すーーそう確信した。


「カミューラ殿。ご存じだとは思いますが、奴隷と言えど殺すことは世界のルールで禁じられています」


「あーー、分かった、分かったわよ。相変わらず看守は頭が固いわね。もちろん知っていますわ」


 面倒くさそうに、ハイハイとカミューラは手を振ると看守もそれ以上言及することなく身を引いた。


「失礼しました。ただいま、偽勇者・神崎ヒロトをお渡ししました。私の仕事はこれにて終わりです。それでは」


 そう言って看守はペコリと頭を下げると屋敷を後にした。


「立ちなさい」

 

 頭上の上から落ちてくる冷たい命令を受け、ヒロトはしぶしぶと立ち上がった。

 少しカミューラは満足気に頷くと、


「それではついてきなさい。以降あなたのことは2番と呼ぶことにします。」


「2番……? 1番がいるのか……?」


 再び電流。

 一瞬ではあったが、それでも激痛であることに違いはない。


「敬語以前の問題ね。奴隷が主人に問うなんて100年早いわよ。会えば分かるわ」


 そう言ってカミューラは屋敷の扉を開ける。

 扉の先は広大だった。吹き抜けの玄関ホールの天井にはシャンデリアがぶら下がっており、2階からは煌びやかな手すりのついた螺旋階段が伸びている。

 豪奢な光景に目を奪われる。


「これからは裏口があるからそこから入ること。それと、あれが1番よ」


 そう言ってカミューラが指さした先にはメイド姿の小さな少女がいた。

 少女はペコリと頭を下げると、布を持ってカミューラに近寄る。


「カミューラ様。お帰りなさいませ。靴を拭かせていただきます」


 そう言ってすぐさまカミューラの靴を丁寧に拭き始める。

 

「2番。これが1番よ。私たちの従属な奴隷。1番、2番に色々と教えてやりなさい。2番がミスをしたら、あんたの責任だから」


「はい、承知しました」


 淡々と少女は答える。

 明らかに幼い少女だった。背の高さ、少し丸い顔立ち。大体14歳くらいだろうか。

 そんな子まで奴隷になるのか、この世界は。


 少女はこちらをじっと見つめると、


「2番。ついてきてください。ここでの業務について教えます。裏口の場所を教えます」


 少女はそれだけ告げると、靴を履いてさっさと玄関を後にした。

 ヒロトは慌ててその少女の後を追う。


 ヒロトの奴隷生活が始まった。


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