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ロージュとアクシス★


 お母様は私を守って亡くなった。

 会ったことはない。でもなぜかどんな人なのか分かるんだ。

 お母さまが「行きなさい」と私の背中を押している気がするのだ。


 一直線でアクシスの部屋に向かったロージュは、部屋の前にたどり着くやいなや扉をノックした。


「どうした? 入れ」

 

「失礼する」


 ロージュが部屋の中に入る。

 椅子に座るアクシスが先ほどのことがあり気まずいのか、少し目を泳がせながら口を開いた。


「……珍しいな。お前が部屋を訪ねるなんて」


 あまりロージュがアクシスの部屋を訪ねることはない。

 いや、子供のころはお父様が大好きで……よくあの書斎机の上に乗って怒られたっけ。

 でもいつの日か私はお父様を避けるようになっていった。

 お父様が私を娘としてではなく、シース家の次期党首として見ていると感じるようになったからだ。

 剣を握らされて女を捨てろと言われた瞬間に、私の中の大半が否定されたような感覚に陥った。

 小さな綻びが気づいたら大きな隔たりとなっていた。


「聞きたいことがあるのだ。お父様なら奴隷落ちしたヒロトがどこにいるのか知っているのであろう?」


 その言葉にお父様は眉をひそめる。


「確かに知っている。だがそれを知ってどうする」


「当然だ。助けに行く」


 アクシスは首を横に振る。


「ダメだ。教えられん。ロージュ。今、シース家の地位が下がっている。その最中で大罪人を救いに行ってみろ。シース家の地位はますます下がる。そんなことは許されない」


「シース家が力を失えば……半分しか貴族の血が流れていない私は迫害される可能性があるから、か?」


「……! なぜ、そのことを。いや、メイか。あいつしか知らないはずだ」


「お母様が貴族でなかったことも。娼婦の娘だとほかの貴族から迫害されて……他国への移動中で虚物に襲われて亡くなったことも聞いた。それは事実なのだろう?」


「あぁ……全て事実だ」


 お父様は目を閉じて力なくうなずくと、小さく息を漏らした。

 果たしてお父様の瞼の裏に何が映っているのだろうか。

 お母さまの笑顔だろうか、事故の凄惨な現場だろうか。


「お父様はお母さまと会ったことを後悔しているのか? 同じ貴族同士で結婚するべきだったと?」


「……そうすればマリーは死ななかっただろうな」


 アクシスは一瞬言葉に詰まらせるも、言葉を紡ぐようにして言った。

 やはり、メイの言う通りお父様は自分を責め続けているんだ。

 だからこそ、同じ過ちを繰り返さないためにお父様は私に貴族と結婚させようとしているのだ。


「お前が見合い相手を気に入っていないこともわかっている。分かってはいる。だが、死ぬよりもマシなはず……だ」


 そう言ってお父様は私の眼を見た。その眼は酷く震えているように見えた。

 初めてお父様の弱い部分に触れた気がした。

 この瞬間、私もお父様の表情を見ていなかったのだと気づいた。

 いつからかお父様を意地の悪い人だと思っていた。肩書きだけにこだわる人間。

 けれど、お父様も肩書きを背負って生きることが正しいと思っていたわけじゃなかった。

 肩書きを背負わなければ私を守れなかったのだ。

 そんなことも知らずに私はお父様を否定していたのか。


「お父様は私のために生きてくれた。本来ならば、肩書きを一番嫌悪するはずのお父様は私を守るためにシース家という肩書きを守ってくれた。ありがとう、お父様」


 ふとこぼれた言葉は感謝だった。

 そしてロージュは顔を上げると真剣な眼差しでアクシスを見つめた。

 もう目を逸らさない。


「でも、お父様。私はヒロトに会って謝りたいのだ。許されなくても……あの時、目を逸らしたことを謝りたいのだ。私が裏切ってしまったから。信じて伸ばしてくれた手を私が拒絶してしまった」


「……」


「私はヒロトが勇者じゃなくなった途端、目を逸らしてしまった。そのことを謝りたい。そして、もう一度肩書きに囚われず、人の本質を見て行動したい」

 

 黙ってアクシスはロージュの話に耳を傾ける。

 その表情には先ほどまでの哀愁が漂っていなかった。父親の目をしていた。……厳しさと優しさを兼ね備えた目をしながら真剣に聞いていた。

 ロージュは話を続ける。


「一度、私はヒロトを見捨てた。そして、自分が嫌いになった。結局は口だけの子供だったのだと。この世界は肩書きなんだと。お父様の生き方が正しいのだと自分に言い聞かせた」


 一呼吸入れて、ロージュはつづけた。ひたすらに自分の思いを吐露する。


「でも、そんな時にお父様とお母様の話をメイから聞いた。お父様は肩書きに沿う生き方を正しいと思うのか?」


 アクシスは少しの間目を閉じて思案すると答えた。


「正しいとは思っていない。だがそうしなければ、お前をここまで守れなかったと思っている」


 その言葉にロージュは頷く。


「うむ。私は貴族という肩書きで生きるお父様を否定できない。でも私は肩書きで判断せずに生きたいというこの思いも捨てたくない」


「なぜだ」


 アクシスが静かに問う。

 ロージュはこくりと頷き、応えた。


「私という存在が、肩書きなど関係ない間柄だからこそ生まれたのだと思うからだ。だから、私は肩書きなど関係なく、その人の本質を見たい。それが私の答えだ」


「……そうか」


「様々な葛藤があったが、私は決めたのだ。それがどれだけ未熟なのかは……これから決める」


 ロージュは一切怯えることなく言い切る。

 アクシスは目を閉じた。そしてゆっくりと目を開き、ロージュを眺めると急に苦笑いを浮かべた。


「お前は本当にマリーの娘だな」

 

 アクシスはポツリ呟いた。

 椅子に背中を預けて、天を仰ぐ。


「神崎ヒロト君はガルフォード家で奴隷として働いている」


「……む!?」


「私の負けだよ。ロージュ。ガルフォード家でヒロト君は働いている。いや、コキ使われていると言った表現の方がいいか」


「なぜガルフォード家で」


「ガルフォード家は注目を浴びたかっただけだろう。ヒロトくんはこの国一番の大罪人だ。それを受け入れれば話題になる……その程度のものだ」


「分かった! 助けてくる!」


 そう言ってすぐさま飛び出そうとするロージュの背中越しに、アクシスは言葉を投げかけた。


「ロージュ。言い忘れたことがある」


 ロージュは足を止めて振り返る。


「なんだ?」


「マリーと会ったことを後悔しているか、と聞いたな」


「あぁ。後悔しているのだろう?」


「確かにマリーと会わなければマリーは死ななかった。だが……お前も生まれなかった。だから後悔だけじゃない。後悔というには……あまりに勿体ない存在が俺には出来たのだ」


 そう言ったアクシスは少し涙目になりながら言った。

 途端、ロージュは体の内側が熱く燃えていくのを感じた。


「ーーありがとうお父様! 行ってきます!」


 バタンと豪快に扉が閉まる。

 そしてバタバタとマナーもなく足音を響かせて走っていった。


ロージュ視点は終わり。

続いてようやく主人公観点。主人公とはいったい。

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