イルの過去①
ククリス村は緑に囲われた村だった。
近くには静かに流れる透明な川。山菜やキノコが豊富に採れる森。
牧歌的な風景は、人々の心を癒し村人も必然と穏やかな人が多かった。
都会に対する憧れはあったが、私はこの村が好きだった。ここの村人たちが好きだった。
太陽が真上で輝く中、イルは小さな丘に腰を下ろして、ぼーっとママとパパの農作業を見つめていた。
手伝いたいと言っても、子供は遊んできなさいと言われて農作業を手伝わせてくれない。
イルは頬を膨らませる。
「私はお姉さんやのに。手伝わせてくれへんのか。むー……」
そんな不満を口にしていると、後ろからいつもの声が聞こえた。
「お姉さまーー! 遊ぼうや! 折角パパとママが遊んでいいっていってるんやから!」
そう言いながら可愛げな少女がイルに向かって抱き着いてきた。
イルが少女の方へ顔を向けると、その少女ーーユリは満面の笑みを浮かべてはにかむ。
「お姉さま、お姉さま!」
「えーー、私はもうちょっとママとパパの農作業を見たいねんけどなぁ」
「なんでや! ママとパパは遊んでいいって言っとるやんか!」
「せやけど、私はお姉さんやろ? しっかりとママとパパを支えられるように努力しなきゃあかんねん」
「はーー……! 流石はお姉さま! しっかりものやな!!」
本当に関心したのか、大きく口を開けてうんうんとユリはうなずいた。
相変わらず可愛い子だ。親馬鹿というか、姉馬鹿というのか知らないが、ユリは喜怒哀楽を忙しなく浮かべる様々な表情を持つ妹だった。
ちょっと私が背伸びした発言をしても、目を輝かせて「すごいすごい」と手放して褒めてくれる。
褒められるのが嬉しくて、ついつい私はお姉さまぶってしまうのだ。
「そうかぁ……。お姉さまは手を離されへんのかぁ。じゃあ、私は一人で遊んどるわ……」
明らかに悲しそうな顔をしてユリは言う。
本当に表情が豊かな子だなと改めて思う。
ゴホンッとイルは咳払いをして、ちらりと横目でユリを見ながら、
「あー、けどな。もうだいだいは理解できたから、ええで。もう遊べるわ」
「えっ!? もうママとパパがやってる内容分かったん!?」
ふふん、とイルは得意げに鼻をならした。
「当然や。お姉さんやからな」
「すごい! 流石やお姉さま! やったぁ! お姉さまと遊べる!」
目を輝かせて忙しなく体を起こすと、ユリは縦横無尽に走り回った。
「ふひひ……じゃあ、遊ぼう」
イルは笑みを浮かべて立ち上がった。
私はこの村が好きだった。
何も起こらない、小鳥の鳴き声がこの場を支配するような平和はこの村が好きやった。
********************
沢山ユリと遊んでから家に帰ってパパとママと夜ご飯を食べた。
食卓に並ぶご飯は新鮮でおいしいかった。
疲れた体に染み渡る。
「ふひひ……」
ご飯を食べながら、私がそう笑うとママは少し困ったような顔をした。
「ねぇイル。その笑い方は少し変えた方がいいんじゃないかしら? 女の子なんだから、もっときれいな笑い声の方がいい気がするのよね」
ママがそう言うと、パパが口を開いた。
「まぁ、ママ。いいじゃないか。イルはイルのままでいいんだ。面白いから笑うんだ。笑い方に変なんてないよ」
「う~ん、そうねぇ……」
だが、納得がいかないのかママは眉をひそめた。
「ママ。綺麗な笑い声って何や? どういう声なん?」
「お淑やかなのはうふふ……とかかしら。明るくならあはは……とか?」
「分かった。やってみる。うふふ……あはは……」
何とか声に出して笑い声を真似てみる。
だが、どうも上手く表情が作れずに笑顔が崩れて変な顔になってしまった。
私の変顔を見て、みんなが笑う。
「あはは! ごめん、ママが悪かったわ。そうね。自分のために笑うのだもん。綺麗な笑い声なんていらなかったわ。あなたはあなたのままでいて。愛してるわ」
「私のままでええんか……? ふへへ……」
「うん! お姉さまはお姉さまのままでええで!」
和気あいあいとした夕食。
皆が自然に笑顔を浮かべていた。幸せだから笑っていた。
私は本当に幸せだった。
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ある日、隣の家の子供たちと遊んだ。
その際に隣の子が得意げに花を見せつけてきた。
その花は青みが買った緑色の花で、見たことの無い色をしていた。
隣の子が私の目の前で緑色の花をひらひらと自慢げに揺らす。
「へっへーん。どうだ、この緑の花。綺麗だろう? これを見つけた俺すごくね??」
明らかに鼻高々にこれ見よがしに見せつけてくる。
ユリが嫌そうに顔をしかめた。
「べ、別に……そんなの綺麗ちゃうし」
「嘘つけ! 本当は羨ましいんだろう、ユリ! いいか、この花がすごいんじゃない。これを見つけた俺がすごいんだ」
「そんなのたまたま見つけただけやろ。運がええだけやん」
「何を! 珍しい花を見つけられないてめぇら姉妹に言われたくないね! じゃあ、お前らは運がないってことだな!」
……くだらないただの子供のケンカだ。
大人からすれば、花一つで言い合うこの光景はほほえましかったかもしれない。
ユリが売り言葉に買い言葉で言葉を返す。
「そんなの、もーーっと珍しいのを私たちなら探せるんや! まっときぃ! 私とお姉さまが明日もっと綺麗な花もって来るわ!」
「やってみろよ! ふんっ!」
そうして無益な言い争いをした後、ユリが口を尖らせた。
「お姉さま! さっさと花を見つけに行こうや! 見つけられるはずや! お姉様なら出来るやろ!?」
ユリが期待の眼差しを向けてくる。
この時、私の頭に過ぎったのは焦りだった。
あんな緑の花、一回も見たことない。このまま普通に探してもあれよりも珍しい花なんて到底見つからない。
このままではユリの期待に応えられない。
このままではユリに失望される。
ユリにとってのいい姉になれない。
急いで珍しい花を取ってこなくては。
そうでなくては姉としての矜持を失ってしまう。
「も、勿論や! 私に任せときぃ」
何の根拠もなく胸を張って自信ありげに答えた。
すると、ユリの目がキラキラと輝いた。心地よかった。
そんな時、ふと思い出した。
ずいぶん昔にパパが言っていた話を。
森の奥で、見たことのどす黒い無い花を見たと。だが、その花の色に恐怖を覚えて立ち去ったと言っていた。どうやらその花からは異質な雰囲気を醸し出しており、触れない方が言いとも言っていた。
……そうだ。その花なら隣の子に勝てる。
パパでさえも見たことが無いのだ。そのどす黒い花はよっぽと希少性があるのだ。
イルは口角を上げてにやりとほほ笑んだ。
「ユリ。分かったで。とっておきの花がある場所が」
「わぁ! ホンマか!? 流石はお姉さまや!」
「せやろ? ふふん」
ユリに失望されたくない。
そのくだらないプライドのためだけに、父親からの言葉を無視して私は黒い花を摘みに行くことを決めた。
善は急げと言わんばかりにすぐに私はユリの手を引いて森の探索を始めた。
時刻は夕暮れの夕食真近。
森の中が薄暗く、危険ではあったがが、調子に乗っていた私はユリのことは私が守るなどと言い、引き返さずに森の奥へと入っていった。
だが、1時間経過してもその花は見当たらなかった。
後は、これ以上は狼の巣があるから行ってはいけないと言われてた洞窟の中に入るしかない。
ユリは一時間歩き回ったから疲れたのか、膝に手をついて息が乱れていた。
「お姉さまぁ……もう帰ろうよぉ。ユリ、お腹すいたぁ……」
「もうちょっと、もうちょっとやから……」
イルは意を決して、帰りたいと言うユリの手を引いて洞窟の中へ足を踏み込んだ。
このまま帰っては、姉としての矜持が無くなる。
ユリから失望されてしまう。
嫌だ。そんなことは嫌だ。
「私なら見つけられる。見つけられるんや」
言い聞かせるように、危険と忠告された洞窟に踏み込むことを勇気と謝った解釈をして洞窟の奥へと入っていく。
進むと、横穴から「ぐるる……」と獰猛な声が聞こえる度にユリは怯えたが、私は足を踏み出していった。
そうして姉妹二人、体を寄せ合って歩いて10分。
ふと、目の前に広場のような開けた空間が見えた。
そして、洞窟の上部に穴が空いているのか、オレンジの陽光が一筋の光として差し込まれていた。
その光は、ある地面を一点に照らしていた。
まるで誘導されるように、その光の当たる先へと視線が向けられる。
その光が照らす地面にはとても、とてもどす黒い花が咲いていた。
普通の花よりも遥かに大きい黒い花弁を広げて、地面に咲くその花は異質で異様だった。
ユリの顔がパアッと明るくなった。
嬉しそうに顔をこちらに向けて、
「お姉さま! あれって……!」
得意げに私はうなずいた。
「私の言う通りあったやろ?」
「ほんまや! お姉さま、すごい!」
「ふひひ……」
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