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本物のレプリカ(後編)


「あっつ……」


 まだその部屋に入っていないのに、あまりの暑さにヒロトは顔をしかめた。

 近づくだけで汗が噴き出てくる。

 本当にこの部屋に人がいるのだろうかと訝しげに思ったが、煙と火の粉が充満した部屋には確かな人影があった。

 その人物は背を丸めながら、一心不乱にハンマーを振り下ろしているようだ。

 

「……あの、すいませーん!」


 と大声をあげて呼びかけてみたが、全く返事がない。

 仕方ないかと腹をくくると、ヒロトはその部屋の中に足を踏み入れていく。

 あぁ、熱い、熱すぎる。

 息をするだけで肺の奥が焼けている感じがする。

 少し息を止めながら、ヒロトはその人影に近づき、おそるおそる肩にふれる。

 すると、その人物は驚いたのか「ぬおっ!」と大きな声を上げると、すぐさま立ち上がった。

 

「なんだ。客かぁ!?」


 そういってその人物は振り返り、こちらを見つめてきた。

 顔を初めて直視し、その人物が老人の男であることにヒロトは知った。

 男は白い無精ひげをいじりながら、こちらをジロジロと眺めてくる。

 

「んんんん……見たことねぇ面だぁな。新規客かぁ? そんならぁ大歓迎だぁ。なんだ、何が欲しい」


「あっ……えぇと客ではないかな」


「んだぁ、冷やかしかぁ!? それなぁら、お断りだぁ。帰れ!」


「ちょっと待ってください。話を聞かせてほしいんです」


「客じゃねぇやつに話すことなんてねぇぞ!」


 そういうと、男は背を向けて椅子に座りなおした。

 話は終わりだと言わんばかりに男はハンマーをつかんだ。

 ヒロトは自分の手持ち残高を確かめると、慌てて男に声をかけた。

 

「分かりました。買います。店頭にあった『本物の勇者の剣』を買います。なので、話を聞いてください」


「へっ、客なら話でもなんでも聞こうじゃねぇか。へへへ、実に100日ぶりの客だなぁ」


 男はハンマーを土台の上に置くと、ニンマリと笑みを浮かべた。

 その笑みはどこか少年のような無邪気な笑みだった。

 というか、100日振りってよく店が持つものだ。

 男はハンマーを再び台の上に置くと、額のバンダナを外して立ち上がった。


「んだぁ、この作業部屋は暑いだろう。店頭で話を聞こうじゃねぇか。俺の名はヤマ・ランダって言うんだ。店主と呼んでくれたらよい」


 そういうと、男は再び無邪気な笑みを浮かべた。

 店頭に戻ると、カウンターを挟んで二人が向かい合う形に座る。


「店主さんはこの国長いんですか?」


「長いも何も、生まれてからこの国以外に行ったことはねぇ。ずっとこの国にいるのさ」


「じゃあ、変なこと聞くんですが、白い花は好きですか? 白い花に包まれることは幸せですか?」


 ヒロトが問うと、店主の皺がよっていき、眉を八の字にして困惑といった表情を浮かべた。

 

「なんだぁ……お前、何を気味の悪いことを言ってんだぁ」


 この反応で分かった。

 店主は白い花の洗脳に掛かってない。


「店主さん。最近の外に出てます? この国の様子をご存知ですか?」


「んんん、いやぁ、一週間くれぇ出てねぇな。ずっと剣を打ってたわ。なんだぁ、なんか起こってんのかぁ?」


「この国は白い花によって洗脳されてるんですよ。みんな惚けた顔で無気力になっています。現に街から何も物音が聞こえないでしょう」


 店主さんは「ん〜」と言って、耳に手を当てて目を閉じた。

 数秒後、「んだば、確かに」と頷いた。


「この街から鍛冶屋の音が一つもしねぇ。街に異常が起きてるのは確かなようだ。んで、その白い花とやらは魔法か何かなのか?」


「能力の由来は分かりません。ただ、一人の少女によって生み出されてることは確かです」


「へぇ、その少女を殺すためにお前は剣を買いに来たってことかぁ?」


「……殺そうとしているわけじゃない。止めたいだけだ」


 ヒロトは言葉を選びながら答えると、店主は無精ひげをいじりながら怪訝そうな顔をした。


「ふむ……まぁ、剣を買ってくれるならなんでもよいが、殺す以外に剣は使えねぇぞ。この剣もな、殺すためのものだ」


 そういって店主は『本物の勇者の剣』を手にとってこちらに見せつけてきた。

 その件は相変わらず刃がグミのようにブヨブヨしており、とても斬れ味なんてあったものじゃない。

 

「その剣が? なんの冗談ですか」


「冗談じゃねぇよ。この剣はな、魔王すらも倒せるんだ。だから本物のって書いてんだ」


「どうやって殺すんですか。こんなの、虫ですらも殺せませんよ」


「この剣はな、魔力が込められると硬化する特殊な素材ーーミクロムを使っているんだ。魔力を込めない限り、ぶよぶよしてるだけさ」


「魔力を……」


 その話を聞いた瞬間、ヒロトは顔を顰めた。

 つまり、魔力の持たない自分にとってこの剣はただのゴムである。

 少し残念だが、この剣はロージュにでもあげるか。


「魔力を込めれば込めるほど、この剣は切れ味が増す。使い手によっては誰にも折られない最強の剣になるのさ。ロマンがあるだろぉ。この素材を剣にするのに俺は半世紀以上掛かっちまった」


「半世紀以上ですか」


「あぁ。ブヨブヨのミクロムを使って剣を作るのなんて馬鹿と言われたもんだがな、ようやく、ようやく剣に出来た。これで先祖たちを馬鹿にされることもねぇ」


 そう言って、ランダさんは少し嬉しそうに頬をかいた。

 そういえば、ランダさんはヤマ・ランダと名乗っていた。この八馬大国を切り開いた人物の名も確かヤマだったはず。ランダさんはヤマの子孫か何かだろうか。

 国を切り開いた男の子孫が、国の端で腫れ物扱いみたいに生活をしていることを踏まえると、ランダさんにも何か過去がありそうだな。

 ……ただ、申し訳ないが、正直ランダさんに深入りする時間もない。

 話が長くなる前に店を出るか。

 

「ランダさん。とりあえず警告です。作業部屋からは出ないでください。白い花を見ると、その人は洗脳されてしまいます」


「元から出るつもりはねぇよ。まだまだ作りたい剣があるんでな。あぁ、そうだ。その剣だがな、本当はそんな名前じゃねぇんだ」


 ランダさんはそう言いながら、ヒロトの持つ剣を指差した。


「本物の勇者の剣という名前ではないってことですか?」


「あぁ。周りの奴らが俺には勇者の剣なんて作れねぇというからムカついてそんな名前にしたがな。おれは、その剣をこう名付けたーーレプリカント」


「レプリカント」


 ヒロトは反芻しながら、持つ剣を見つめた。


「レプリカーー本物の模造品と馬鹿にされるからそう名付けた。だが、俺はこの剣こそが世界を救うと思ってる。レプリカントが世界を救う。皮肉が聞いてて良いだろう」


「……なんだか、俺みてぇだ」


 ヒロトはマジマジと持つ剣を眺めた。

 偽物と言われながら、本物を目指す剣。

 俺もだ。偽勇者と馬鹿にされながらも、本物の勇者を目指している。

 ぶよぶよの剣先に触れてみる。

 剣とは思えない。

 これで何を切れるというのだろう。


「……ランダさん。あなたは勇者の剣としてこれを作ったんですよね。あなたにとって勇者とはどんな存在ですか。世界のために悪を殺す。それが勇者ですか。正義のために生きるそれが勇者ですか」


 長居する時間など無いとわかっているのに、縋るように疑問を口にしてしまった。

 ずっと考えてる。

 勇者とはなんなのか。

 ランダさんには勇者の像が見えてるんじゃ無いか。だから、勇者の剣を作れるのでは無いか。

 すると、ランダさんは少し考え込む素振りをしてから答えた。


「なんだ急に……察するにその少女とやらは悪なのか?」


「……俺から言わせれば、悪です。けど、善人でもあります」


 そうなのだ。奇跡の少女(イル)はヒロトからすればーー悪人なのだ。

 人の尊厳を踏みつける白い花を世界にばら撒こうとしている極悪人。それがイルだ。

 だが一方で世界に幸福が溢れることを心の底から願っている善人でもある。

 

「何か勘違いしてねぇか。お前は正義が善だと思っているのか」


「……何を言ってるんですか。当たり前じゃ無いですか」


「違うね。正義とは、多数を救うための行為だ。それ以上でもそれ以外でもねぇよ。生物を殺すという、悪行ですらも肯定してしまう恐ろしい濁流のような考えだ」


「……」


「一方で悪人とは、自分のために生きることだ。自分のために他者を犠牲してでも生きる。それが悪だ」


「では、やはり、勇者とは正義に生きるべきではないのですか。多数を救うために生きるべきです」


「ははは、そうかもな。だが、正義も人を殺すぞ。多数を救うために少数を殺す。それが正義だ」


「……じゃあ、どうするのが良いんですか。堂々巡りじゃないですか」


「だから、正義だとか悪だとかに縋るのを辞めろと言ったんだ。その考えに出口はねぇよ。どうするべきかだって? それはな、その剣が教えてくれるよ」


「この剣が……?」


「あぁ。レプリカントは魔力を込めないと剣にはならない。微量ではなく、大量の魔力だ。生半可な気持ちではそれは剣としては使えない。殺意なくお前は人は殺せないというわけさ。それが剣として使えた時は、お前の意思が固まったときさ」


「……」


「まぁ、持っていけよ。俺は、作業に戻る。覚えておけ。正義も悪も、本物も偽物も、他人が決めた尺度だ。せいぜい足掻けよーー偽勇者ヒロトさんよぉ」


 ランダさんはこちらに背を向けて作業場に向かいながら、そう言葉を残していった。

 

「偽勇者、か」


 その名を呼ばれたのは久方ぶりだ。

 ランダさん、俺のことを見たことない面とか言っておきながら、しっかり知ってるじゃないか。

 正義も悪も、本物も偽物も他人が決めた尺度だと言うのなら。


「俺は……」


 ヒロトは決意を固めて、レプリカントの柄を強く握った。

 すると、だらんとゴム状の刃が垂れ下がり、刃先が地面に触れた。



ブクマ、高評価をお願いします!

モチベにつながります!

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