本物のレプリカ(前編)
翌日、ロージュとライミは早朝に屋敷を出発した。
二人から少し遅れてヒロトも白い花の調査に出かけようと玄関で靴を履き、屋敷を出ようとした時。
「どこに行くのですか?」
静かな音色がヒロトを呼び止めた。
ヒロトはくるりと振り返り、パジャマ姿で玄関に佇む少女を眺める。
「ちょっとした用事だよ。すぐに戻ってくるさ」
「ライミ様もロージュ様もお出かけになられました。同じ用事ですか?」
「まあ、そうだな。目的は一緒だ」
「その目的は、お姉様や私に関わることですか?」
相変わらず無表情でユリが問いかける。
洗脳されて以来、時折くしゃりと笑う顔を見せるようになった。
だけど、基本的には無表情だ。
感情はなく、彫刻のように固い表情。
「ああ、そうだよ」
素直に俺は頷いた。
「そうですか」
ユリが端的に相槌を打つと、ここで会話が途切れた。
数秒の沈黙が場を支配した後、ヒロトは再びユリに背を向けて、「行ってくる」と言って屋敷を後にした。
「さて、俺はどうしようか。白い花の止め方を突き止めたいんだけどなぁ。どうすれば分かるんだろう……」
屋敷を出たはいいが、特に行き先が思い浮かばない。
ライミやロージュは白い花に関しての情報を探すために色々と動いているというのに。
そうして悩むこと数秒、ヒロトの頭に妙案が思い浮かんだ。
「あっ、そうだーー」
思いついたらすぐに実行に移そう。
ヒロトは行き先を決めると、そこに向かって一直線に向かった。
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「ーーいや、教えへんよ?」
「ダメか」
「……当たり前やん。なんで私が教えんねん」
奇跡の少女は椅子に深く腰を下ろすと、億劫そうにため息をついた。
呆れているようだ。
「お前なら知ってると思ったんだけどなぁ」
この俺、神崎ヒロトが無い頭で思いついた妙案とはーー他ならぬ本人に聞くということだ。
だが、その結果としてはご覧の通り、イルには呆れられながら断られた。
「知ってても教えへんやろ。私の望みは白い花で世界を幸せにすることや。なんで私の望みを阻む方法を私が教えんねん」
イルから正論をぶつけられる。
うーん、取りつく島もない。
「じゃあ、白い花の洗脳にかかった人を解除する方法は? 俺は体を高熱にさせることだと思ったんだが、合ってる?」
「あんた話聞いてたんか? 答える訳ないやないか」
「……やっぱり? ダメ元で聞いてみたんだけどなぁ」
「はぁ。あんたはほんまアホやなぁ。合ってるで」
「……え?」
「合っとるよ。解除するには40度以上の高熱にすることや。それで体内に埋め込まれた白い花の種子が死ぬねん。せやから合ってるよ」
まさか本当に答えてくれるとは思わなかったため、ヒロトは驚いて声が出なかった。
だが、どうやらヒロト以上に動揺した人物がいた。
後方で腕を組んで立っていた従者のグリーンだ。
苛立ちを表すように腕を組んだ手で、トントンと音を鳴らすと、すぐに口を開いた。
「イル。なぜそれを伝える必要がある」
「ええやん、ええやん。どうせ結末は変わらん。結末は変えさせんけど、それまでの過程は好きに生きたら良いわ」
すると、イルはニコニコと微笑んだ。
その言葉には嘘偽りないように思えた。
本当に彼女は善人なのだろう。
言わなくて良いことも、目の前の人間に懇願されると絆されて言ってしまう。それくらいの善人なのだろう。
悪人であれば良かったのに、と思う。悪人であればぶっ飛ばして終わりだったのに。
「せや、もう勢いのままに言ってしまおうか。白い花を止める方法やったな……私を殺せばええで」
イルがそう呟いた瞬間だった。
おびただしい轟音と共にグリーンが地面を踏みしめると、獣のような咆哮と共にグリーンが言う。
「イル! 馬鹿を言うんじゃねぇぞ……!」
「あははは、どうせグリーン。あんたが私を守ってくれるんやろ? で、ヒロトはどうするんや? 私を殺すんか? あははっははは」
そう言って相変わらずイルは軽やかに、美しい笑みを浮かべる。
自分の命を天秤にかけながら、その笑みには血の通ったような温もりがあった。
「その選択肢はねぇよ」
「なんでや。一番手っ取り早いで」
「……お前の口車には乗らない。お前を殺したところで、白い花が止まらないのがオチだ。だから無いって言ってんだよ」
そうヒロトが言うと、イルはにっこりと笑みを浮かべたまま頷いた。
「あはは。なーんや、だまされへんかったか。あはははっ」
もう聞くことはないな、とヒロトは立ち上がった。
「また、来る」
「あぁ。いつでも来てや。あんたを見捨てはしないで。言ったやろ? 救う相手に例外はないってな」
「……」
返事を返すことはなく、ヒロトは部屋を後にした。
城門から出て、大通りを歩く。
歩きながら街の喧騒を伺うと、街の変化を切に感じた。
街中に鳴り響いていた金属を叩く音がしなくなっているのだ。
この国に来た当初は熱気が常に立ち込めて、日中至る所から金属音が聞こえたものだが、今は驚くくらい静かだ。
早朝だからではなく、白い花の影響だろう。
街ゆく人々は気力のない、惚けた顔でベンチに腰を下ろし、地面に咲く白い花を愛おしそうに見つめていた。
この白い花は鍛冶職人の武器に対する熱意すらも上書きしてしまったのだ。
「これで良い訳がねぇ。奇跡の少女を止めねぇと……」
改めて決意を固めると、どこからかカンカンカンと金属音が聞こえた。
まだ白い花の毒牙にかかっていない人がいるのだろうか。
出所を探るべく、ヒロトは音の鳴り響く方へと向かっていった。
そして、大通りから二つ外れた小さな通りにある鍛冶屋が視界に入った。
どうやらこの鍛冶屋が金槌音の発信源のようだ。
正直……ボロいな、と思った。看板はボロボロで店名も読み取れず、建て付けが悪いため斜めに傾いている。店の前にはネジや工具が散乱していて、危険この上ない。
本当に客商売なのかと疑いながら、ヒロトは店の中を覗き込んだ。
だが、店頭は閑散としており、人の気配がまったくない。
店の奥からは喧しいほどの金槌音が響いているため、誰かがいることは確かだ。
「すみませーん!」
と大声で叫んでみたが、聞こえていないのか返事はない。
「店の奥に入るしかねぇか」
そんなことをつぶやいた時、ふと店頭に並んでいたモノが目に留まった。
剣が台の上に五本ほど並べられていたのだが、目を引いたのは剣そのものではなく、そこに付けられた値札だった。
その値札にはこう書かれていた――『本物の勇者の剣』。
「……本物の勇者の剣? そんな訳ないだろう。勇者の剣がこんな辺鄙な店にあるもんか」
明らかな偽物だ。
わざわざ“本物”と名付けているところを見ると、冗談で置いているのだろうか。
ヒロトは手を伸ばしてグリップを握り、剣を持ち上げてみた。
「んえっ!?」
持ち上げた瞬間、予想外のことが起きてヒロトは驚愕する。
剣身が重力に負けて、ぐにゃりと曲がったのだ。
「鉄じゃねぇのか?」
剣身を手で触れてみると、ぶよぶよとゴムのような感触だった。
金属のような光沢はあるが、感触は完全にゴム。
当然ながら、これでは斬ることなどできない。これはただのガラクタ、いや、ジョークグッズだ。
「まぁ、ただの冗談ってことだよな。これを本気で剣として売ってる訳ないし」
客商売ならもう少し店先を綺麗にしておいた方がいいぞ、と勝手なアドバイスを心の中でつぶやきながら、ヒロトは剣を元の場所に戻し、店の奥へと進んでいく。
鉄のパネルで覆われた床を踏みしめながら、金槌音の鳴り響く方へと向かっていくと、赤い部屋が見えた。
赤い部屋――と言っても、赤色に装飾された部屋というわけではない。
火だ。その部屋は火の粉で充満しており、炎の揺らめきが空間を赤く染めていた。
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