信じる
ヒロトは自室へと戻り、そのまま寝床に体を預けた。
体が疲弊している。
「無理もない、か。随分と早朝に起きたからな……」
寝返りを打って、ため息をついた。
「さっきの態度は良くなかったな……。へそを曲げた子供のように、部屋を出てしまった」
そんなことを呟きながら、自分の頭の中を思考が逡巡する。
そのほとんどが自虐的なもので、淀んだ灰色のような思考が自分の大脳を支配した。
「勇者……」
その灰色の淀みの一つを言語化し、呟いた。
グリーンの言葉を思い出す。
『他人のために100%を捧げられるーー命すらも捧げられる人物、それが勇者だ』
「うん……俺もそう思うよ。……グリーンの言うことに同意するのは癪だけど、俺もそう思う。それこそが、本物の勇者だ」
じゃあ、やることはもう決まっている。
俺が何もしないことこそが、最善であり、勇者の選択だ。
ロージュやライミや、ユリが、全員が白い花に身を預けて幸福感に包まれることを望んでいる。
これを邪魔することはーーあいつらのためにならない。
助けたいなど、俺のエゴだ。
違うな。助けたいという表現すらも傲慢だ。
あいつらはこのままで良いと思っているのだから。
俺のエゴは助けるどころか、あいつらの幸福を邪魔しようとしている。
「ははは……ってなると勇者というよりも、むしろ魔王じゃねぇか」
「ははは……。ははは……。はっ、ははは……。は、は、は……こ、孤独だ。……孤独だなぁ。異世界転生して初めてだ」
ロージュやライミが同じ屋根の下にいる。だから俺は一人じゃない。けど孤独だ。
この胸の虚ろは、どれだけロージュやライミと話しても埋まることはもうないのだろう。
「ーーッ」
急に涙がこみあげてきて、ヒロトの頬をつたった。
それに気づいたヒロトは慌てて顔に力を込めて涙を引っ込めようとする。
情けない、男が何を泣こうしているのだ。
それも孤独を感じて、寂しいからと言って。情けない、情けない。
ーーコンコンッ。
突如ドアがノックされ、ヒロトは慌てて飛び上がった。
そして、すぐに目元の涙をぬぐうと、すぐに顔を整えて扉を開ける。
扉の先にはロージュとライミがいた。
「えっ、あっ、なんだよ、二人とも。何しに来たんだ? ははは」
泣いていたことがバレないように、少しヒロトは陽気なトーンで二人に問う。
すると、ロージュは少し目を泳がせながら言った。
「いや、ヒロトの様子がおかしかったから、心配になって部屋に来たんだ」
「あーーー、あぁ、ははは、そうか。いやぁ、さっきは悪かったな。子供じみていたよな。朝早く起きたからさ、むしゃくしゃしてたんだ。八つ当たりみたいなもんだ。悪かったよ」
「……ヒロト」
何かを訴えかけるようにロージュがヒロトをじっと見つめる。
ロージュは見抜いているのだろう。俺が本心を隠していることを。
「ははは……。なんだよ、ロージュ。悪かったよ、俺がお前のお菓子を一度盗み食いしたことをまだ起こっているのか?」
「……ヒロト」
「いや、あれは悪かったって。シース家の屋敷でさ、どうしても食べて見たくなったんだ。それで謝ったじゃないか」
「ヒロト!」
ロージュは声を荒げて、ヒロトの肩を掴んだ。
流石は肩の骨がミシリとなった気がする。
「ヒロト! 頼む、頼む、お願いだ。私たちに愛想笑いなど浮かべないでくれ……。何か思い悩んでいるのなら、相談してくれ。そんな笑顔で取り繕わないでほしいのだ……」
「……笑顔」
その時、初めて気づいた。
俺は今、張りぼての笑顔を浮かべている。
これは偽物の笑顔だ。
ヒロトの表情が歪む。
本音をさらけ出してしまいたい。大声で泣いてしまいたい。
ロージュやライミが遠くにいってしまうような感覚がして、寂しいんだと言ってしまいたい。
でも、ダメなんだ。
そんなのはエゴだ。ロージュやライミたちを困惑させるだけだ。
俺がするべきことはロージュやライミを見送ることなのだ。
自分の自我を、エゴを押し殺して二人を見守ることこそが、勇者の行為だ。
「本音なんて、ねぇよ。本当さ」
「そんなの嘘だよ! ヒロト君! 君は何を隠しているの……?」
「……」
洗脳されていると言っても、ロージュやライミを困惑させてしまうだけだ。
洗脳されている証拠もなければ、洗脳を解除する方法すら分かっていない。
いたずらに二人を不安にさせてしまうくらいなら、言わない方が良い。
「年頃の男だ。隠したいことの一つや二つあるだろう」
「ヒロト君は僕らのために隠し事をしているよね?」
「……そうだとして、お前はどうしたいんだ。自分のためにならないことを聞きたいのか?」
「うん。ヒロト君にーー友達に嘘をつかせるなんて嫌だ。それなら僕が傷ついた方がいい」
「ヒロト。私もライミと同じ気持ちだ。嘘をつかせたくない。大丈夫だ。私たちは強い」
ライミとロージュは真正面からヒロトを見て言う。
一人一人に目を向ける。
ライミは出会った当初は他者からの視線に怯えてスカートの裾を常に握りしめていた。だが、もうそんな弱さは消えているように思えた。スカートを握りしめることなく、拳を固めて少し怒ったようにヒロトを見ていた。
この時、ようやく気づいた。
ライミには勇者のような力がある。
他人のために命を賭けれるような、そんな強さを持っているのだ。
ロージュは出会った当初は自分が大人なのか、子供なのかと葛藤している様子だった。
だが、今はそんな様子はない。
堂々とした佇まいだ。自信を付けたということだろうか。大人だとか、子供だとかそんな枠組みで語ろうとしても、この等身大の少女を前にすると馬鹿らしく思えてくる。
あぁ、そうか。この二人は強いんだ。
強くなったんだ。
俺が守るなんておこがましい。俺に守られるような存在じゃないのに。
俺が守られる方か。
「僕たちは心配なんだよ、本気で。だから隠していることを言って欲しい」
「……」
言うことも、言わないこともどちらも正解でどちらも不正解なのだろう。
言ってしまえば、ロージュとライミの幸せを阻止することになる。
言わなければ、ロージュとライミに、友人を騙すことになる。
「……洗脳されてる」
「えっ?」
「ロージュとライミは洗脳されているんだ。白い花によって。白い花によって死ぬことが喜びに感じるように、洗脳されているんだ」
ーー言ってしまった。
ヒロトはライミとロージュを直視することが出来ずに、俯いて視線を地面に落とした。
言わない方が良いと思っていたのに。
言わない方が良いと分かっていたのに。
一時の感情に流されて、罪悪感から逃れるためだけに言ってしまった。
結局弱いのは俺だけだった。
他者のために口を閉じる。それだけのことすら出来ない愚者。それがこの俺、神崎ヒロトだった。
胸中を灰色のガスのような無機物で覆われていると、
「なるほど。では、どうすれば洗脳を解けるのだ?」
「ーーえっ?」
ヒロトは驚き、顔を上げる。
ロージュは目をパチクリと瞬きすると、再度口を開いた。
「む? 私たちは洗脳されているのだろう? どうすれば洗脳を解けるのだ?」
「それは……まだわかってない。悪い」
「うむ。なるほど。どうしようか……」
ロージュが唸ると、ライミが手を上げた。
「あっ、奇跡の少女に会いに行くのは? ヒロト君も今朝会えたんでしょう? 僕たちも会えるかも。あと白い花が要因なんでしょ? 花を腐らせる薬とかあれば防げるのかな?」
「うむ。思いつく限りのことはやってみるしかないな。とりあえず着替えよう。私服ではなく、戦闘服に着替えたい」
「うん。僕もお気に入りのスカート装備に……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人とも」
ヒロトを置いて話が進んで行き、待ってを掛ける。
「なんでそんなに受け入れられるんだよ。おかしいだろ。急にお前は洗脳されてるって言われて、納得できるわけないだろ。洗脳されてる証拠なんて無いんだぞ」
すると、ロージュとライミはキョトンとした表情を浮かべると、ほぼ同時に口を開いた。
「ヒロト君が言うんだ。信じるに決まってるじゃん」
「ヒロトが言うのだ。信じるに決まってるだろう」
「ーーあっ」
耐えられずにポロポロとヒロトの目から一粒の涙が溢れた。
自分一人でどうにかしないといけないと思っていた。そして勝手に壁を使って孤独感を感じていた。
俺は馬鹿だ。
そうだ。俺には仲間がいたんだ。
「ありがとう……」
ロージュがぎゅとヒロトを抱擁した。
「気負わせてすまない。お父様が勇者になれと言ったからだな。あの言葉に偽りはないが、ヒロトは一人ではないのだ。私たちがいる。さぁ、一緒に戦おう。では、着替えてくるから少し待っててくれ」
「ーーあぁ」
ロージュとライミが手を振ってヒロトの部屋を後にした。
ヒロトは「すーっ」と大きく深呼吸すると、パチンと自分の頬を叩く。
ヒリヒリとした痛み。クヨクヨするのはもう終わりだ。
これからが本当の勝負だ。奇跡の少女。
まずはロージュとライミが着替え終わるのを待ってーー。
「……ん?」
漠然とした違和感を覚える。
なんだか嫌な予感がした。
その不安を口に出してみる。
「俺、ライミが男ってことロージュに伝えたことあったっけ……?」
主人公の沈む心情を書く時、書く方も無茶苦茶体力を持ってかれて書くの辛かったです。
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