『*****』No4
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やたー
バタンとドアが閉まる音がした。
神崎ヒロトが退出した後、部屋に残ったイルに対して、グリーンは言った。
「イル。一瞬……一瞬だが、笑顔に陰りが見えた」
「……うん。自覚はあったんや。けど、ユリのことを言われると……」
「言い訳を口にするなっ」
グリーンが突如として声を荒げると、その手から植物の茎のようなものが無数に伸び、イルの首元や全身にまとわりつく。
そしてそのまま、軽いイルの体を持ち上げ、宙に浮かせた。
グリーンはかすれた声で言う。
「言い訳を口にして、笑顔が綺麗になるのか? イル」
イルの首元に絡みついた茎が、首を一周し、少しずつ絞めていく。
「ゔっ……」
うめき声を上げるイルをひたすらに見つめながら、グリーンは続けた。
「苦しいか? 息が詰まるか? そんな時、どうすればいいか分かるよなぁ、イル」
血流が悪くなり、イルの顔色が青白くなっていく。
それでも、青白い顔のままイルは、
「あはははは!」
と高らかに笑った。
その笑い声には一切の陰りがなく、青白い顔でさえも気にならないほど眩しく、弾けるような笑みを浮かべる。
狂気を一切滲ませない、狂気の笑みを見ながら、グリーンはにこりとほくそ笑む。
「そうだ、イル。それでいい。どんなに苦しくても笑うんだ。お前が笑えば、世界中のみんなが幸せになるんだ。お前こそが、本当の笑みを持つ唯一の人間だ。一週間後、お前は死ぬ。でも、それは悲しいことか?」
「あははは! 死ぬことは悲しくないわ。その代わりに、皆が幸せになるんやから、私も幸せや」
「素晴らしい……。そうだ。勇者とは、他人のために100%を、命すらも捧げられる人物。つまりお前だ、イル・ガーデン。奇跡の少女よ。お前こそが真の勇者なんだ。神崎ヒロトなどという、偽善とエゴに塗れた偽勇者とは違う。お前こそが、勇者なんだ。ふふふ……。グハハハ、デハハハハ」
「あはははははっ」
「ハハハハハァ!」
体にまとわりついた茎が、その少女の服をめくり、少女の背中の素肌が部屋の鏡に映る。
その素肌には、リンゴにドクロがまとわりつく紋章――数字の『4』が刻まれていた。
それは虚教徒の証。
「あはははははっ」
少女は首を絞められながら、なおも笑い続ける。
もう、その笑みに陰りは一切なかった。
*****************************
イル・ガーデンとの会話を終えて、部屋を後にしたヒロトは城の門へと向かう。
ヒロトの心の中を支配していた感情は怒りと困惑だった。
もうどうしたら良いのか分からなかった。
ユリが笑顔にならなくて、家族も見つからなかった。
どうにかユリを笑顔にするきっかけを探して求めて、俺は八馬大国に来た。
その結果、ユリの姉であるイルと奇跡的な邂逅を果たし、イルの力によってユリは笑顔を取り戻した。
これ以上ない、最良の結果だと言える。
それでも、胸の奥のもやもやがとれない。
霞みがかった心が「こんなのは嫌だ」と叫んでいる。
グリーンの言葉が頭によぎった。
『それはお前のエゴだ。お前の願いは幸せになってほしいんじゃない、幸せにしたいだ』
「ーークソッ!」
怒りに任せて、ヒロトは拳を城の大理石の壁に叩きつけた。
壁に当てた左拳がずきずきと痛み、手から血が流れた。
だが、痛みすらも今の俺にはどうでも――。
「理解できないな。なぜ、貴方は拳を壁にぶつけたんだ?」
「ーーあ? 誰だよ、てめぇは」
突如、廊下を歩くヒロトの後方から声を掛けられる。
痛みで顔を歪ませながら、ヒロトは不機嫌そうに振り返ると、そこにいたのは橙色の短髪に、図体が筋骨隆々とした男だった。
一瞬、その男の瞳にヒロトはたじろぐ。
その男の目は少し輝いていた。ワクワクといった好奇心を含んだ瞳でヒロトを見ながら、一気にヒロトとの距離をつめてきて、気づいたら目の前にいる。
「だ、誰だよ、てめぇはッ」
「あぁ、ごめんごめん。そうだね。誰だと問われているんだ、答えなくちゃね。皆、俺のことを理解できないと言われちゃうから、名前くらいはすぐに教えないと。ええと、俺の名はウルーガって言うんだ」
「ウルーガ……?」
その名前をどこかで聞いたことがある気がして、ヒロトは眉をひそめた。
ウルーガ、ウルーガ……最近どこかで聞いたことがある気がする。
「あっ……ウルーガって……まさか」
「おお、知ってた? 俺は炎の眷属に任命されているんだ。ウルーガって言うんだ」
アクシスさんの言葉を思い出す。
勇者パーティは勇者と7人の眷属であり、7人の眷属は勇者を支える、いわば世界最強の術者であると。
つまり、目の前にいるこの男こそがーー
「世界最強の炎属性の術者、か」
すると男はハハハと楽しげに眉を上げて笑った。
「まぁ、世間ではそう言われているよ。だけど、炎があっても、他人のことは理解できない。皆、俺の炎を温かい、温かいとありがたがるけど、俺は自分の炎に温もりを感じることはない」
「……?」
少しできず、ヒロトは口を噤む。
するとウルーガが慌てて口を開く。
「あぁ、悪い悪い。皆、俺の言うことは困難で理解できないらしい。まぁ、変な俺が悪いんだよ。だからさ、皆のことを教えてほしいんだ。皆が俺を理解できないって言うのなら、俺の方が皆を理解するようにしたいからさっ。それで、君のことを教えてほしいんだ。なぜ、拳を壁にぶつけたんだ?」
顔を近づけてきながら、ウルーガがヒロトに問う。
顔が近づいてきて、思わずヒロトは顔を逸らす。
ふと、ロージュの言葉を思い出した。ロージュはウルーガを『苦手』と言っていた。
もう既にその言葉の真髄を味わっている気がする。
「むしゃくしゃしたんだよ。八つ当たりだ。責めてんのなら、悪かったよ」
「つまり、一種の自傷行為か。では、八つ当たりで壁を選んだ理由はなんだ? 床ではダメだったのか?」
「床……?」
「あぁ、そうだ。壁を選んだのにはなにか理由があるはずだろう? 床でもなく、壁を選んだ理由だ。教えてくれ。俺が皆になるために」
「理由、理由なんて知らねぇよ」
「それは困るよ! 理由があるはずだろう。あぁ、いいや、悪かった。俺の悪い癖だ。皆を理解しようとしすぎて、皆を疲弊させてしまう。聞く前に自分で試せば良いんだな」
ヒロトが疑問を口にする前にウルーガは腰をかがめて、拳を引いた。
そしてそのまま、勢いよく拳を壁に当てる。
途端、周囲には衝撃波が発生し、ヒロトは吹っ飛ばされる。そして壁はウルーガの拳を中心としてヒビが広がっていき、ガラガラと音を立てて壁が崩れた。
景色の悪かった廊下からは一転して、街を見下ろせる名スポットが誕生した。
「ーーは?」
唖然とするヒロト。
するとウルーガはなぜか一人納得したかのように頷くと、
「なるほど。確かに壁が壊れると景色が絶景になり、ストレスの緩和につながるということだな。床を壊してはこのような開けた景色は拝めない。あぁ、ありがとう。神崎ヒロトくんだね。君のお陰で俺は皆に近づけたよ。あぁ、今日も俺は皆に近づけたなぁ」
ウルーガははにかんだ笑みを浮かべると、呆然とするヒロトに気に掛けることなく、スキップしながら横を通りすぎていった。
「な、なんだ、あいつ……」
頭がおかしいのか、と心の中で毒づく。
だが同時にその男の力に恐怖を感じた。ウルーガは素手の拳で殴っただけだ。それだけで壁がこんなに崩れるとは。
世界最強の肩書きは伊達じゃない……そう思わされるには十分だった。
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