百点満点の笑み
グリーンに誘われ、城の中へ入ることに成功したヒロト。
城普段住んでいる屋敷も豪邸そのものであったが、城の中は広さ以外にも見栄えというものが重視されているように思えた。
床に引かれた赤い絨毯、蒼穹を思わせるような広々とした天井。白い壁にはこの国の特産品である”剣”や盾が堂々と飾られている。正直、剣や盾には明るくないが、ヒロトから見ても一目で壁に飾られているものは異質な輝きを放っているように思えた。その輝きは、見た目の造形故なのか、殺傷能力の高い実用性の高さ故のものなのかは分からないが。
キョロキョロと周囲を見渡しながら、歩くヒロトに対してグリーンは無言で屋敷の中を闊歩してる。
グリーンは客人という立場であるにも関わらず、堂々とリラックスしながら歩いているように思えた。
「奇跡の少女は二階にいる。階段を上がればすぐの部屋でお待ちだ」
階段にさしかかろうとしている時、グリーンが城に入って初めて口を開いた。
「奇跡の少女、奇跡の少女って……長いんだよ。名前を教えてくれさえしねぇのか、従者さんよぉ」
「クハハハハ……まぁ、そう急かすな。本人に聞けば良いだろう。俺はただの従者だ。そう易々と主の情報は出さねぇよ」
「……そうか」
軽くグリーンにいなされ、ヒロトはこれ以上追及を辞めた。
俺は奇跡の少女のことを知らなければならない。
奇跡の少女がユリの家族の可能性がある。
ユリのためにも情報が欲しいが、グリーンの機嫌を損ねたら本末転倒。
会話を交わさぬまま、階段を上がり、向かいの部屋の前でグリーンが立ち止まる。
そして扉にノックをして、グリーンが言う。
「……例の男を連れてきた。こいつもお前に会いたいそうだ。……開けるぜ?」
「あぁ、ええよ」
扉越しに透き通った短い返事が返ってきた。
グリーンが軽く顎を使い、ヒロトに入れと促す。
「ここからが第2関門だな」
そう小さい声で呟き、ヒロトは自分を鼓舞させるとその勢いをままに扉を開けた。
そして部屋の中に入ったヒロトの視界に飛び込んできたのは、歓迎と言わんばかりに大きく両手を広げる可憐な少女であった。
少女はニコリと美しい笑みとともにヒロトに対して言う。
「よぉ来てくれた。会いたかったで、お兄さん」
「ーーっ」
奇跡の少女を正面から見た瞬間、ヒロトの声が詰まった。あまりの少女の美しさに目を奪われてしまったのだ。
昨日の催しでは遠目にしかもフェンス越しに見た際にもすらりとした体躯に整った黒髪を見て、可憐な少女だと思ったが、改めて正面から見ると顔の清廉さに驚かされた。
長いまつ毛と、きめ細やかな肌。芸能人かと思ってしまう美しさを持つ少女。ーーそして、これらの整ったパーツの美しさを最大限まで引き上げているのが、“笑み”だ。
この少女の笑顔、これがあまりにも精錬されていた。
会話の主導権を握る必要があったにも関わらず、ヒロトは声を発することが出来なかった。
「どうしたんや、そんなに黙って。まぁ、椅子に座りぃ。私もあんたと話したいと思っててん」
そう言って、少女は椅子を持ってくると向かい側に設置し、ポンポンと椅子を叩いた。
促されるようにヒロトは椅子に座ると、目を閉じて一つ深呼吸をする。
大丈夫だ。落ち着け。
一つ分かったことがある。あの笑顔は危険、だ。
まともに直視していてはまともに話せない。
ヒロトは微かに目を開き、視点の焦点を少女の顔に合わせずに少し下の首元に合わせる。
すると、少女が苦笑する。
「なんか、視線の先が顔ちゃうくて胸らへんを見られてそうで違和感があるんやけど……まぁ、理由は察するから許したるわ。話せそうやから、早速聞くで? あんたの属性は何や?」
顔を直視しなければ、会話は出来そうだ。
ヒロトは問いを問いで返す。
「……属性?」
「ん、そうや。何の魔法が使えるって聞きたいねん」
「何も使えねぇよ、俺のこと知らねえのか? 魔力適正がゼロで偽勇者扱いされてた神崎ヒロトだ」
虚しくなる自己紹介だな、と自分で言っててヒロトは肩をすくめた。
「あっ……あんたが世間を騒がせた偽勇者なんやな。名前は知っとったけど、顔までは知らんかったわ……。そうか、炎属性どころか魔力すらないんか、うーん……」
少女は足をパタパタとさせながらも考え込んだ。
「……次は俺からの質問で良いか? お前は誰で、一週間後に何をしようとしている?」
「あははは、普通質問は1ターンにつき1個ずつやろ。なんであんたのターンだけ2回攻撃やねん」
「……なら、一週間後にお前がやろうとしていることだけでも教えろ」
「あははは、いや、ええけどな。別に1ターンで質問1個だけってルールもないしな。私の名前な、私の名前はイル・ガーデンっていうねん。イルって読んでくれてええで?」
「イル・ガーデン……」
「おお、せやせや。イルちゃんでもええで?」
ケラケラと、軽い調子で受け答えをする奇跡の少女ーーもとい、イル。
「分かった。イルと呼ばせてもらう。イル。お前は一週間後に何をするつもりだ?」
核心に触れる質問をヒロトは投げかける。
こう言う時は相手の目を見て話したいところだが、イルの笑顔を真正面から直視できる自信がないのが情けなく思う。
一歩踏み込んだ質問に対して、イルの答えはーー。
「敢えて言うとするなら……世界の救済やな。あはは」
「……おい、茶化すなよ」
「茶化してへんよ。本気や」
「何を言ってるか分からねぇよ。世界救済ってなんだ。急に話を大きくして、誤魔化すつもりじゃないだろうな」
「ちゃうちゃう。本気やし、誤魔化すつもりはないよ。私はな、本気でこの世界を救おうと思ってるねん。この世界はな、歪んでんねん」
「……本気だと言うのなら頭がおかしい。世界とか、歪んでるとかそんなんは中学生までにしとけ。その年になってまで言うことじゃねぇよ」
「ちゅーがくせい?っていうワードは初めて聞いたけど、なんとなく言いたいことは分かるわ。んー、そうやな、頭がおかしいか……。別にな、変なことを言うてるわけやないねん。あんたさ、子供の笑顔は好き?」
イルが何を言いたいのか、分からない。
主導権を握られているのは気に食わないが……今は話に乗ることにする。
「好きさ。基本的に皆好きだろ」
「せやな、じゃあ大人の笑顔は好き?」
「大人の笑顔……。いや、特に好きとか嫌いとかないかな」
「せやな、皆もそう答えると思う。じゃあ、なんで皆は子供の笑顔は好きで大人の笑顔は好きじゃなくなるんやと思う?」
「そりゃあ、子供の無邪気な笑顔が好きだからだろう」
「せやな。つまり、子供の笑顔は無邪気で、大人の笑顔は邪な笑顔だと皆が感じてるってことやね。大人の笑顔には裏がある……そう思ってない?」
「……そりゃあ、まぁ、子供に比べたらそうだろうけど」
「私はな、この世界に本当の笑顔を取り戻したいねん。子供の無邪気な笑顔こそ、美しく本当の笑みや。けど年をとれば取るほど、笑顔が汚れていく。それは誰のせいでもない、敢えて言うならこの世の中のせいや」
「……」
言ってることは、理解できる。
その通りだと相槌を打ちたくなる部分も、共感する部分もある。
けれど、大抵の人はその世の仕組みを受容するのだ。おかしいとしても、諦めて受け入れる。別に悪いことじゃない。
けど奇跡の少女はーーそれを許せないのだと理解した。
「言い分は分かった。それで、どうやって世界を変えるつもりだ?」
「ん? 簡単やで。心の底から笑顔になれる、白い花を世界中に咲かせる。そうすれば、世界は幸せに包まれる。そんだけや」
「白い花を……?」
ヒロトの頭によぎる、昨日の催しでの出来事。
イルが笑い、踊り出すほどに庭一面に咲いた白い花。あの花を見ただけで、人々は惚けた顔をして笑みを浮かべてきた。白い花を見た全員が、とろけた顔をして、茫然自失と笑みを浮かべていた。
あの、白い花を世界中に咲かせるーー?
「ダメに決まってんだろ! 何言ってんだ! あんなの、意識を奪ってるだけだろう!」
ヒロトの中で、あの白い花を見た人々に重なるのは現代に置いて麻薬を接種して多幸感に包まれた人々だ。
あの白い花はーー麻薬と同じだ。
根拠はなくても、ヒロトの本能があの白い花を否定するのだ。
「何を言うんや。あれこそが裏も表もない笑みや」
「違う! あれは裏も表もないんじゃない、裏も表も塗りつぶしただけだ! あんなの、本当の笑みな訳あるか!」
「いいや、あれこそが本当の笑みや。あの花を持って世界中の人々を幸せにするのが、私の使命や。一週間後、私の命を養分に世界中にあの花を咲かせるんや」
「は……?」
突然の情報に、体が固まるヒロト。
「自分の命を引き換えに……? つまり、お前、一週間後に死ぬって言ってんのか?」
「あははは、そう言うとるやろ。ヒロトはオモロイなぁ」
本気で言っているのかと、どんな顔で言っているんだとヒロトは視線を上に上げて、イルの表情を見る。
「ーーっ、なんで、そんな顔を出来るんだよ……!」
イルはーー奇跡の少女は満面の笑みを浮かべていた。自分の死を口にしながら、その表情筋は笑顔のまま、一切の頬を緩めることなく、笑みを絶やさない。
そしてその笑みが、嘘偽りでない、痩せ我慢をしている訳じゃないとなぜか分かった。この笑みはそんな薄っぺらいものではないのだ。
彼女は、自分が死ぬと分かっていながら、心の底から笑みを浮かべているのだ。
ブクマ、高評価よろしくお願いします。
モチベに繋がります。




