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第一関門

年度末の忙しさに忙殺されていました。


 アクシスさんから、勇者を目指して欲しいと言われて、俺は目指すことにした。

 偽勇者と世間から嘲笑された俺が、勇者になって世間をアッと言わせる。

 最高じゃないか。


 けど、ふと思うことがある。

 勇者というのはどうやったらなれるのだろうか。

 仮に魔王を倒した人間を勇者と呼ぶのだとしたら、魔王を倒す前の勇者は何と呼ぶのだろうか。


「……うしッ。体内時計によると、多分早朝! カーテンを開けると、日の出が見えーー」


 ベットから意気揚々と起き上がり、ヒロトはカーテンを開ける。

 そして窓を上げて、全身に日の光を浴びようと思ったのだがーーここは八馬大国。

 空は黒い岩で覆われており、日の光なんて届かない。加えて、早朝にも関わらず鍛冶屋は勤しんでいるようで、ムワッとした熱気が全身に襲いかかってくる。


「うおぇ……」


 先ほどまでの勢いは完全に消え去り、眉をひそめながら、ゆっくりとヒロトは窓を閉めた。

 キャラじゃないことはするもんじゃないな、と自分を戒めながらヒロトは着替え始めた。

 朝から一人でに起きて、何をしようとしているかというと。


「当然、奇跡の少女に会うためだ」


 誰かに聞かれている訳でもないのに、自然と目的を口にした。

 とりあえず城へ向かう。そして、奇跡の少女に会う。会って話をする。

 着替えも済み、準備万端。

 肩からぶら下げた鞄には、陶器とガラスが素材の水筒と、リーボンさんから受け取った縄が入っている。

 縄が欲しいといった際に、リーボンさんから何用だと随分と訝しまれたが、軽口で誤魔化してもらうことが出来たのだ。


 準備を整えたヒロトは、音を立てぬようにゆっくりと部屋の扉を開けて、すり足で廊下を進み、そのまま1階へと降りる。

 そのまま忍び足で玄関へとたどり着き、物音しない静かな屋敷からコッソリと抜け出した。


 屋敷を出て細い路地を進み、この国一番の大通りへ。

 あとはこのまま大通りを道沿いに進んでいけば、王城へと辿り着くのだ。

 少し足早に大通りを進むと、早朝であるにも関わらず道沿いの鍛冶屋はほとんど明かりがついていて、準備をしていた。

 朝から活気付いている街の人々の声が、ヒロトの耳に届く。


「ねぇ、奇跡の少女って凄いのよ。思わず幸せな気分になっちゃった」

「奇跡の少女は一家に一台欲しいわねぇ」

「幸せの擬人化ってああいう人間を言うのだろうなぁ」

「あーあ、俺も見に行けばよかった。仕事がなけれりゃなぁ」


 自然と耳に入ってくるのは”奇跡の少女”についてだ。

 昨日の催しから半日も経っていないのに、既に影響が町中に広がっていることを実感する。

 街の変化を感じながら、歩いて10分。ヒロトは城門の前に辿り着いた。

 昨日は奇跡の少女の催しのために城門が開かれていたが、当然、今は固く閉ざされている。

 

「さて、どうやって侵入しようか」


 当然のことだが、門の前には槍を持った兵士が立っており、コッソリ門を開けて侵入することなど出来るわけもない。というか、既に城門の前で立ち尽くしているヒロトに対して兵士は訝し気な視線を送っている。

 こうした状況でヒロトが選択した一手はーー


「……すいません、兵士さん。中に入れてくれませんか?」


「……は?」

 

 正面突破だった。

 唐突に兵士の前に立ち、物怖ず堂々と入門の許可を求める。

 いや、実際に悪いことをするために城の中に入るわけでは無いのだ。

 奇跡の少女に合って話がしたいだけであり、ヒロト自身に何も後ろめたいことがあるわけではなく、堂々と入れば良いのだ。

 剛毅な兵士は眉をひそめ、ヒロトの全身の容貌を隈なく視線を巡らせた。


「……武器は持ってないようだが、入門許可証は持っているのか? こんな早朝から客人が来るとは報告を受けていない」


「入門許可証は持ってないけど、悪さにしに行きたいわけじゃない。奇跡の少女に会いにきたんだ」


「……はぁ、またその輩か」


 ヒロトが自身の目的を赤裸々に伝えると、兵士は深く嘆息した。


「またってどういうことだ?」


「昨日から貴様のような奇跡の少女に謁見を求める輩が続出しておるのだ。これで10人目の大台に乗ったぞ。皆、うわ言のように奇跡の少女、奇跡の少女と……。困ったものだ。そこまで良いものか? ワシにはただの可憐な少女にしか見えん」


 そう言って兵士は兜の上からこめかみを抑えるように指で頭を押す。

 

「俺は奇跡の少女に熱を持っているファンじゃねぇよ。むしろ逆だ。奇跡の少女に文句を言いに来たんだ」


 すると、「ほう」と兵士は息をつき、興味津々にこちらに兜を向ける。


「奇跡の少女に批判的な輩が来るのは初めてだ。文句とな。面白い、話を聞こうじゃないか」


「話をすれば、門に通してくれんのか?」


「いいや、それはありえない。許可証の持っていない者を通すことは出来ない」


「なんだよ、それじゃあ意味ねーんだよ……」


「ちなみにだが、塀を縄で登ることなど出来ないぞ。塀には縄を引っ掛ける窪みなんてないからな。堀の下には深い溝があり、その溝の下には大量の罠がある。簡単な話だが、城門以外からの侵入は不可能だ」


「ーーっ」


 これからヒロトが試みようとしていたことが、先回りのように潰されていく。

 苦虫を噛んだようなヒロトの表情を受けて、兵士が「ははは」と短く笑い声をあげる。


「何10年も兵士をやってんだ。何をしようとするかなど手にとるように分かる。やめとけ、やめとけ。無駄だよ」


「……うるせぇ! それで、ハイ、分かりましたって引き下げれるような状況じゃねぇんだよ!」


 声を荒げるヒロト。

 

「叫んだってなにも状況は変わらんさ。大人しく家に帰って寝とけ、ガキンチョ。けど、万が一不法侵入しようとして見ろ。叩き切るぜ? 俺は俺の仕事をする」


 そう言う兵士の言葉には打って変わって温度がなかった。

 この忠告がただの脅しではないことは明確だった。下手に侵入しようとしても、俺はこの兵士に殺される。そう確信するには十分だった。


「ーーっ、けど、それでも……」


 食い下がることが出来ず、筋違いだと分かっていながら兵士に睨みをきかせた時。


「お゛お゛ぃ、何か騒がしいと思ったら……お前は例の男じゃねぇか、何しにきたんだぁ?」


 突如として、ドスの効いた低い声がヒロトと兵士の会話に割って入ってきた。

 会話に割り込んできた男は、一言で言えば”大男”だ。

 怪しげな黒いフードを深く被っていることも、フードの隙間から緑色のような髪色が見えることも、そんな特徴的な見た目を一蹴してしまうほどに、巨大な男だった。

 170cmあるヒロトの頭の高さは、その大男のへその位置である。

 優に3メートルは超えるであろう、そんな大男は城の敷地内から、門越しにヒロトを見ながら会話に乱入してきたのだ。

 一瞬気押されたそうになったが、ここが分水嶺だと直感がいう。

 後ずさりすることなく、むしろ声を張りながらヒロトは大男に問いを投げかける。


「お前は、誰だ!」


 すると、大男は「ははぁ」とため息のような、笑い声のような音を発すると、


「その胆力、いいねぇ。好みだ。俺の名前はグリーン。奇跡の少女の少女のたった一人の従者だ。覚えてないか? 昨日の催しの庭園にも俺はいたんだぜ?」


 ヒロトは昨日の記憶を掘り返す。

 そう言われていれば、奇跡の少女の後ろに巨大な大男が庭園にいた気がする。

 あの時は白い花や奇跡の少女に視線を取られていたから、記憶から薄れていた。


「……思い出した」


「おお、思い出したか。普通の人間は思い出せることもないんだぜ? やはり、特異点だなぁ、お前は」


 グリーンと自己紹介してきた大男の馴れ馴れしい接し方にヒロトは警戒を募る。

 

「さっきから馴れ馴れしいんだよ」


「おいおい、連れねぇなぁ。聞いてなかったのか? 俺は奇跡の少女の従者だ。俺なしで奇跡の少女との邂逅は出来ねぇってことだ。仲良くしといて損はねぇだろう」


「……俺と奇跡の少女に会わせてくれるって言ってんのか?」


「それは俺からの問いに対するお前の答え次第だ」


 そう言ってグリーンはこちらを値踏みするような視線を真上から浴びせてくる。

 

「問い……?」


「あぁ、そうだ。何、そう身構えるな。従者として奇跡の少女に危険が及ばないか確かめるだけのことだ。聞くことは当然、何のために会いたい? お前はファンの一人か?」


「ーー」


 一瞬、答えに詰まった。

 ファンというよりも、ヒロトはハッキリと奇跡の少女に対して懐疑的な目を向けている。

 今でも奇跡の少女を疑っているし、信じていない。

 だが、馬鹿正直にそれを言うと奇跡の少女と邂逅出来るのだろうか。


 奇跡の少女が疑わしいから、来たと言えば良いのか?

 奇跡の少女に会うために来た?


「う、あ」


 声に詰まる。

 グリーンという男は目を細めてヒロトの答えを待つ。

 その目はさながら獲物を狙う蛇のような目だった。

 馬鹿正直に言うことも出来ない、だが嘘をつくのも苦手。そんなヒロトの答えはーー。


「救いたい少女が、いる。そのために来た」


 そんなヒロトの答えは嘘をつかず、馬鹿正直に言わないことだった。

 ヒロトが逡巡しながら出した答えに対して、一瞬動きを固めたグリーン。

 失敗だったかとヒロトがごくりと唾を飲んだとき、グリーンは豪快に笑った。


「ギャハハハハ! 面白い答えだ! 何、そんなに畏まるな。どんな答えでもお前を奇跡の少女に会わせるつもりだったよ。言い方を変えよう。奇跡の少女がお前に会いたがってる。俺もお前を探しに行こうとしたら、たまたま門にお前がいたってことだ」


「……奇跡の少女が、俺に?」


 まさかの発言を受けて、動きが固まるヒロト。

 そしてそれはヒロトだけでなく、会話の蚊帳の外になっていた兵士も唖然と立ち尽くしている。

 それも当然だろう。色んな国中の人が会いたいと懇願している少女が、この冴えない男と会いたいと言っているのだから。


「……ついてこい。お望み通り、奇跡の少女に会わせてやるよ。門を開けてくれ。入門許可証はいらねぇよな?」


 そう言いながら踵を返し、城へと進んでいくグリーン。

 唖然としていて一瞬反応に遅れた兵士が慌てて施錠を解除し、言った。


「一人、奇跡の少女の客人が城に入られます!」


 するとゆっくりと巨大な門が両側へと開かれていく。

 その様子を見ながら、ヒロトは心の中で呟いた。


 ーーまずは、第一関門の城への侵入と奇跡の少女との邂逅は出来そうだ。


 門がギシギシと軋みながら開いていく。

 

「さぁ、ここからが本当の闘いだ。待ってろよ、奇跡の少女。言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるんだ」


 そして、ヒロトは門の中に一歩踏み出した。

ブクマ、高評価ありがとうございます。

モチベに繋がります。

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