少しだけ歪んだ世界
庭園からの帰路、浮き足立ちながら帰る人々。
「すっごい、幸せだった」
「奇跡の少女って凄いな」
「こんなに笑ったの久しぶり……。笑いすぎて頬がちょっと痛いなぁ」
そんな会話を交わしているのは、こちらのメンバーたちも同様だった。
ロージュが陽気な口調で言う。
「うわ〜凄かったのだ、奇跡の少女。まだ少し体がフワフワしている感覚……!」
「うん、世間で話題になる理由も分かったよ。ねぇ、ヒロト君はどうだった?」
「え、いや……俺は、えぇと……あんまり、だったかな。良く分からなかった」
声を硬くしながら、あやふやな回答をする。
すると、ロージュとライミは「えぇっ」と信じられないと言わんばかりの驚愕の反応を浮かべる。
「それは残念だったね……ユリちゃんは? ユリちゃんはどうだった?」
ライミが問いかけると、ユリはーー。
「はいっ! おかげさまで、とても楽しかったです」
そう言ってユリはニッコリと微笑んだ。
その表情はとても美しく、ライミとロージュはユリの笑顔を見た瞬間に、歓声を上げる。
「凄いのだ! ユリが笑ったのだ!」
「これぞ、奇跡だねぇ」
知らぬ間に打ち解けていた、ロージュとライミがはしゃぐ。
だが、一人浮かばれない表情を浮かべるヒロトを見て、二人は心配そうに眉を下げる。
「どうしたのだ、ヒロト。ユリが笑ったのだぞ? ヒロトが一番喜ぶと思ったのだが……」
「ヒロト君。体調悪い? この国は暑いからのぼせちゃったとか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる二人。
二人の憂いを含んだ表情を見て、一層ヒロトは眉をひそめた。
この二人にとっても、奇跡の少女は祝福すべき力なのだ。
グッと悔しさを唾と共に飲み込み、声は硬いまま問う。
「二人はさ、白い花を見て笑えることが良いと思うのか?」
すると、二人はなぜかキョトンとした顔をする。
「「白い花……?」」
何を言ってるか分からない、といった表情を浮かべる二人。
「白い花だよ。奇跡の少女が笑うと、地面に白い花が咲いたじゃないか」
「すまぬ、ヒロト。全く覚えがない……」
「ごめんね、ヒロト君。僕もだよ。なんか、フワフワしてたことは覚えてるけど……あんまり、思い出せないよ」
二人とも口を揃えて記憶がない、と言った。
ふとアクシスさんの言葉を思い出した。
誰も奇跡の少女の詳細を語れない、誰も思い出せない、と。
こういうことか。
恐らくあの白い花には見た人間の記憶を混濁させる能力があるのだ。
故に皆、記憶が無くなるのだ。
「……なんで、俺は白い花の影響を受けないんだ?」
当然湧き上がる疑問。
俺はなんとか白い花の幻惑に打ち勝つ事ができた。元々、奇跡の少女に懐疑的な想いを抱いていたからだろうか。
そうであれば、納得できる。
奇跡の少女の力は、言わば洗脳のようなものだ。
強制的に脳内を幸福感で満たせるような能力。
洗脳にかかりやすい人と、かかりにくい人がいると言う。
「ヒロト君。大丈夫? さっきから様子がおかしいよ」
心の底から心配そうに、ライミは言う。
普段の様子とライミは何も変わらないように思えた。
「ライミ、ロージュ。じゃあこのことは覚えているか? 奇跡の少女は、一週間後この世界の全員を幸せにすると言っていた件だ。奇跡の少女は……一週間後に何かをする気だ」
するとライミはうーん、と頭を捻らせた。
「覚えてない……でも、楽しみだね」
「楽しみ」
ライミの言葉を反芻するように、ヒロトは言う。
するとロージュもうんうんと頷く。
「その話は覚えておらぬが、確かに楽しみなのだ。奇跡の少女がすることなど、良いことに決まってる。一週間後が楽しみなのだ」
「……っ。ははは、そうか、ロージュも楽しみか」
「私も楽しみです」
ユリが言う。
その表情は朗らかな笑みを浮かべながら。
「そうか、ははは、皆楽しみなのか」
「「「うん!」」」
3人は口を揃えて頷いた。
「……」
ヒロトの表情はより一層影を落とした。
奇跡の少女の力を、洗脳のようだと表現したが少し訂正しなければならない。
これは洗脳のよう、ではない。これは洗脳だ。
3人は奇跡の少女に心酔させられている。
全てはあの白い花のせいだ。
奇跡の少女のせいだ。
だが、一度でも白い花を喰らった人間はもう奇跡の少女に逆らうことは出来ないだろう。
3人から見える世界は少しだけ歪んでしまったのだ。
ふとーーある事に気がついた。
ヒロトの足は止める。
そうか、俺だけなんだ。奇跡の少女を止められるのは。
一週間後に彼女は何かをしようとしている。
その何かを止められるのは、俺だけなんだ。
「止めてやるよ。仲間を歪ませておいて、そのままにしてやるか」
ヒロトは一人拳を握った。
三歩先を歩いていた3人がくるりとこちらを振り返り、立ち止まるヒロトに対して言う。
「どうしたのだ? ヒロト」
「いいや、なんでもない。行こう」
ヒロトは拳を握り、足を踏み出した。
奇跡の少女を止める。
その想いを胸に抱えて。
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王城の廊下を、凹凸の二人が歩く。
「ふんふん、ふーん♪」
「おいおい、陽気だな」
「そらそうやろ! 今日も皆をハッピーにさせれたんやからな! グリーンもそう思うやろ?」
だが、グリーンと呼ばれた大男の反応は芳しくない。
「目を逸らすなよ、一人取りこぼしてる」
「んんん、せやなぁ。初めてやわ、最初から効かん人間は」
「どうすんだ」
「当たり前や。拾うで。誰一人不幸にはさせん。皆、幸せになって欲しいんや」
「そうだな。それでこそ、奇跡の少女だ。だが、一筋縄では行かねえだろうな。あの男は」
キョトンとした表情を浮かべる少女。
「どういうことや? 普通の青年にしか見えんかったけど」
「あいつは……強えぞ。ガハハハ……」
グリーンという大男は低音を響かせながら笑った。
ここまでグリーンが固執するのも珍しいな、と思いながら少女は廊下を曲がり、客室へと入った。
この踊り子の衣装は露出が多いから、気が散るねんな、と心の中で呟きながら椅子に腰を下ろした。
私は……白い花の能力に掛からなかった男よりも、その隣にいた少女のことが頭から離れへん。
「気のせい、やんな……?」
黒髪に、少しくぼみがたる目元。
面影はある。
けれど偶然だろう。
無意識に重ねてしまってる可能性のほうが高い。
「ユリ……?」
一言、その名を呟いてみた。
呟いた直後に自分を律するように言い聞かせる。
まさか、自分の生き別れた妹があの場にいるものか。
それに、本当に妹だったとしても……。
「私には何も、出来ん」
私はユリに会う権利すらない。
そんなことは百も承知。
でも、どこかで生きてくれたらと心の底から思う。
生きてさえくれれば、この世界のどこかで生きてさえくれれば、夢の世界に連れて行くことが出来るのだから。
ブクマ、高評価よろしくお願いします。
モチベに繋がります。




