偽りの笑顔
悲鳴が上がり、殺伐とした異様な雰囲気に覆われる庭園。
そんな喧騒の中、庭園の入り口を再びスポットライトが照らした。
皆の視線が光が照らす方向へと誘導される。
皆は息を呑みながら見つめる中、庭園の入り口から現れたのはーー3メートルを優に超える大男と、大男の背丈が半分くらいの少女だった。
大男は黒いフードを見に纏い、さながら黒子のような姿をしていた。
少女のほうは、紫色の頭飾りに加え、目元を隠すフェイスベール、丈の短い上着を覆い、下半身は丈の長いフリルのついたスカートを着飾っていた。
皆が、この可憐な少女こそが世間を騒がせている奇跡の少女なのだと確信した。
群衆の視線が少女に集まり、水を打ったかのように静かになった時ーー少女はピョンピョンとその場で跳ねた。
そしてその勢いままに、両手を大きく広げると、その場で回り始めたのだった。
回る少女の顔を見ると、奇跡の少女は満面の笑みを浮かべていた。
そして、高らかに声を上げた。
「あははは!」
それは軽やかで透き通った笑い声だった。その笑い声はとても洗練されているようで、無駄のなく、美しいとまで感じる笑い声。
奇跡の少女は血を流し、うめき声を上げる冒険者を眺めながら、そんな宝石のような笑い声を上げたのだ。
だが、その笑い声には嘲笑や侮辱といったニュアンスは一切感じなかった。そんな低俗なものとは一線を引いた、とても芸術的で美しい笑い声だった。
そして奇妙な状況は加速する。
少女が笑い、くるくると飛んで移動しなが踊るたびに、ポンッと乾いた音がなり、地面から突如として白い花弁の花が咲き始めたのだ。
「あははははは!」
少女は心の底から嬉しそうに笑いながら、全身を使って踊っていく。
それに呼応するように、地面に咲く白い花は増えていく。
「何が起こってるんだ……」
状況を飲み込めず、唖然とするヒロト。
だが、なぜだろうか。
視線が庭園から逸らす事ができない。
瞬きすらも、体が抵抗するように上手くいかない。
まるで体がこの光景を目に焼き尽くしたいと言っているかのようだ。
そして、庭園を見ていてあることに気がついた。
それはーー重症だった冒険者たちの傷が治りつつあることだった。傷口がみるみる塞がっていき、血が止まる。
さっきまで青白かった顔色には徐々に正気が戻り、冒険者たちは安らかな表情を浮かべている。
「瞬く間に傷が治った……?」
少女が笑いながら舞う。
それだけで人々の傷が治っていく。
それはまさにーー奇跡ではないか。
「……お姉、様……? それに万の舞い……」
唖然とするヒロトの傍らで、ユリが静かに呟いた。
小さい声だったから、全て聞き取れたわけでは無かったが、聞いたことのない二つのワードが聞こえた。
「ユリ、今なんてーー」
そうユリに問おうとした瞬間、奇跡の少女が大きな声を上げる。
表情は笑みを浮かべて踊りながら言う。
「皆様、今日は集まっていただいてありがとぉ。けど、まだ止まらんよ。もっと私の踊りを見てくれや。奇跡はまだ終わらん。皆を、全員を笑顔にするまでが奇跡や」
俺のいた世界で言う、関西弁のような口調をした少女はそう言った瞬間に激しく踊り始めた。
小刻みに足でタップをしながら、上半身は大胆に使い、大きく手を広げて踊る。それに呼応するように地面にはいくつもの花が咲き乱れた。
それはーー思わず息を飲むほど幻想的な風景だった。
地面を覆いつくすほどの白い花はとても魅力的に見え、まるで天国の風景を励起させた。
美しいーーそう俺の心が言った。
心の中が有無を言わさず多幸感に満ちて、頬が緩む。
だが、その刹那。ヒロトは自分で自分の頬を叩いた。
「何かが……おかしい」
白い花を見ているだけで、心の中が幸せで満ちる。
端から見れば、とでも幸せのことのように思えるが、まるで何かに襲われたかのような奇妙な感覚があり、ヒロトは抵抗をした。
ヒロトは顔を横に向けて、ロージュに語り掛ける。
「ロージュ、なんか変だよ……」
だが、ロージュの表情を見た瞬間にヒロトは一瞬言葉に詰まった。
ロージュが満面の笑みで笑っていたのだ。その表情は奇跡の少女と同じように、とても美しく笑っていた。
「あははは……幸せなのだ」
「ロージュ!? おい、ロージュ。聞こえているのか、ロージュ!」
だがヒロトの声にはロージュは反応しない。
ただロージュの視線が向かうのは庭園ーー否、咲き乱れる白い花。
「ライミ! ライミ!」
助けを求めるかのようにライミのほうへ顔を向ける。
「あはは……幸せだよ……」
だが縋るようなその思いもライミの表情で一瞬に打ち砕かれる。
ライミも同じだった。ロージュと同じように、何かに取りつかれたかのように笑みを浮かべている。
そしてそれはロージュやライミだけではないことに気づいた。
ここの庭園にいるすべての人たちがーー皆、一同に笑みを浮かべている。
そして口癖のように皆が全員「幸せだなぁ」と息を漏らしているのだ。
「ユリ……」
おそるおそる、ユリを見る。
するとーー、
「あははは……幸せです」
初めて見た、ユリの笑顔だった。
今まで無表情だったユリの表情が初めて崩れ、ユリはとろけた顔のまま笑顔を浮かべていた。
「ーーーッ!」
ユリの笑顔が、見たかった。
そのためにこの国にまで来た。ユリは奴隷生活の長さが原因なのか、感情というものを失ってしまっていた。
だから、少しでもユリには感情を取り戻して来て、この国に来た。
その願いはーー成就したのだろう。
実際、ユリはこうして笑みを浮かべている。そして幸せだと言っている。
これ以上ない目的が達成され、俺は喜ぶべきなのに……どこか手放しで喜べなかった。
だって、これではまるでーーまるで、洗脳ではないか。
ユリがユリ自身の感情を取り戻したとはとても思えなかった。外的要因ーー白い花により、一方的に笑みを浮かばされるだけにしか思えなかった。
冒頭の、奇跡の少女の演説を思い出した。
『私は、この世界を本当の笑顔で包み込みたいのですーー』
途端、怒りが湧いてきた。
奥歯をギリギリと喰いしばり、ヒロトは一歩前に出てフェンスを手で掴むと、
「これが、本当の笑顔なわけあるか! こんな形で、俺はユリに笑って欲しかったんじゃねぇんだよ! ふざけんなよ、奇跡の少女……! お前の言う、本当の笑顔のほうが偽りだ!」
ヒロトは顔を上げ、白い花の咲きに踊る奇跡の少女を睨みつけながら叫んだ。
皆が何かに取りつかれたかのように動きを止めて、白い花を眺める中、ただ一人の男だけが奇跡の処女を睨んでいた。
一瞬、奇跡の少女と目が合った。
奇跡の少女はヒロトを見て、少しだけ目を細めたが、反応はそれだけだった。
奇跡の少女はこれ以上こちらを気に留めることはなく、ここから5分間踊り続けた。
少女は踊りを止めると、徐々に地面に咲いていた白い花は途端に力を失い、しなしなと萎れていく。
少女は笑みを浮かべたまま、
『はー、疲れたわ。あぁ、あかん、あかん、口調を直さな。えーー、皆様。いかがだったでしょうか? 恐らく全員が』
そう言いつつ、奇跡の少女はちらりとこちらを一瞥した気がした。
『えー、全員が幸せを感じることが出来たと思います。皆が本当の笑顔を取り戻したことでしょう。皆様、教えてください。この時間は幸せでしたか?』
そう奇跡の少女が問うと、それに応えるように人々が一斉に拍手をした。
地面が割れそうなほどに、拍手が鳴り響く。
その拍手の音には、ロージュ、ライミ、ユリの音が含まれていることがヒロトは歯がゆかった。
『それを聞いて私も幸せです。そして最後に、皆様にお伝えしたいことがあります。ご覧の通り、私は皆様を笑顔にする力があります。でも、まだまだ世界には本当の笑顔をしらない人たちが多いです。故に一週間後、世界中の皆を、幸せに満ちた世界に連れていくと約束しましょう。皆様は共に来てくれますか?』
「絶対行くー!」
「連れてって奇跡の少女!」
周囲の人々から歓声が上がる。
ヒロトだけは怪訝な顔をしていた。
『私は、全員を幸せにします。誰一人、例外はありません』
その言葉を言いながら、奇跡の少女は再びヒロトに視線を向けた。
まるで、この言葉はヒロトに向けて宣言をしているように思えた。
『それでは皆様、ご機嫌よう。また会いましょう』
奇跡の少女は演説を終えると、ぺこりと深く一礼をしてその場を後にした。次いで、大男が少女を追って庭園から姿を消した。
庭園で転がっていた冒険者たちは目を覚ましたのか、体を起こすと状況を理解できないのか、不思議そうに周囲を見渡していた。
庭園全体をライトが照らした後、イベントの終了を察した人々は満面の笑みを浮かべて、楽しそうに話しながら、植物で彩られたトンネルの出口へと足を運んでいた。
周囲の人々に流されるようにヒロトたちも出口へと向かう。
ヒロトだけは、一人暗い表情を浮かべていた。
ブクマ、高評価よろしくお願いします。
モチベに繋がります。




