フラグ
「ヒロト君! 僕を見て! 僕は逃げない! 一緒にーー戦おう! 友達として、あいつをぶっ放そう! 僕らならできる! だから戻ってきて!」
友達の声が遠くから聞こえた気がした。
途端、微かに自分の体の感覚が戻ってきた気がした。
こういう時、することは決まってる。
ヒロトは、自分の舌を嚙み切った。
痛みで意識を無理やり鮮明にするのだ。
舌の痛みとともに、徐々に視界の焦点が定まっていく。
「ヒ、ヒロト君……?」
声がした。
左へ振り向くと、そこには心配そうに顔を覗き込むライミがいた。
ヒロトは感謝を口にした。
「悪い……ライミ。お陰で戻ってこれた。前はもう少し簡単に意識を取り戻せたんだが……」
すると、ライミはほっと胸をなでおろした。
「よ、良かったぁ……。ようやくいつものヒロト君が戻ってきたぁ……」
「あぁ、まだ頭がクラクラするけど。なんとか動けそうだ」
そう言ってヒロトは頭を抑えながら、後ろを振り返った。
そこには蚊帳の外にいて退屈そうな受付嬢が欠伸をしていた。
ヒロトが受付嬢に言う。
「待たせたな、受付嬢」
「……あぁ、ようやく終わった? 肉同士の寒い友情劇。骨同士なら、いくらでもお金払うのになぁ。まぁ、勝手にレベルダウンしてくれて助かるわ。あの暴走したままの神崎ヒロト様相手だったら、私は負けていた可能性があるけど、暴走を止めてくれたし。もうあとは骨にさせるだけね」
そう言うと、受付嬢が背伸びをする。
「じゃあ、骨の世界に生きましょう。お二人の友情は、骨になっても変わりませんよ。ご安心ください。見て、私の周りにいるスケルトンたちを! 私が操っているわけではないの! でも、彼らは自分の意志で私のために戦ってくれるのよ!」
「はっ……俺にはお前が操っているようにしか見えねぇよ。もう一度、ハッキリ言ってやる。てめぇは、イカれた大量殺人者だ。全部を自分の都合よく解釈しているだけのクズだ」
「ーーはぁぁぁぁぁぁぁぁ~~」
受付嬢が大げさにため息をついた。
そして明らかに怒りの表情で、ヒロトを見る。
「ヒロト様はもう良いです。ライミ様。私は善意で言っているのです。外見と偏見のない世界をなくしたいのです。これは本心です。外見と偏見に塗れた世界に対して、あなたは何と思うのですか?」
ライミは逃げることなく、受付嬢から顔を背けることなく言った。
「見た目だってその人の一つだよ。見た目だけで判断してはいけないって言うけど……でも、それは見た目で判断するのが悪いってことじゃない。見た目だけじゃないって理解することが大事なんだ。だから、あなたのように見た目を全て無くしてしまうことは、極端だと思う。賛同できない」
「……そう、ううん、ありがとうね、ライミ様。それなら仕方ないわ」
すぐにヒロトとライミは戦闘体制に入る。
この受付嬢が『諦めるわ』などと会うはずもない。
案の定、キラキラと鋼のように光る骨が彼女の体を覆っていく。
「あなた達を骨にすれば、私の言うことも伝わるでしょう! さぁ、戦いましょう!」
鋼色に輝く骨が受付嬢の全身を覆った。さながら鎧のようだ。そして、自信で骨と骨をぶつけ合わせ、骨の先を尖らせて、剣のようなものーー骨剣を構えた。
それに呼応するように、ヒロトは淡色に輝く拳を握って言った。
「ライミ。俺はこの結晶で殴ることしか出来ない。だけど、当たりさえすればあいつにダメージを与えられると思う」
「うん。僕はサポートするよ。ヒロト君、今度こそ一緒に戦おう」
「あぁっ!」
ヒロトは拳を握ると、地面を蹴っ飛ばして受付嬢へと一気に近づいた。
ロージュから習ったシース家特有のステップで地面を蹴り、ジグザグに進む。左右に揺れる動きに受付嬢はついていけず、振り回した骨剣はヒロトの横をかすり、地面に突き刺さる。
地面に刺さった瞬間に、ヒロトは骨剣を土台のように使って蹴り上げて、受付嬢の骨で出来た兜に向かって思いっきり拳を激突させる。
「あああああああああああああああああああッ!」
受付嬢がよろめき、一歩後ずさる。
見るに、兜に大きなヒビが入っていた。
神崎ヒロトが再び拳を握るとライミに向かって言った。
「あと2回……。あと2回殴ればあいつの兜は壊れる。ライミ。地面が欲しい」
ライミはこくりと頷いた。
「うん。分かった。は僕が道を切り開くよ」
再びヒロトが地面を蹴っ飛ばし、受付嬢へと近づいていく。
受付嬢はうめき声を上げると、周囲にいたスケルトンを操り、神崎ヒロトへとけしかける。
だがスケルトンは神崎ヒロトの水晶体に激突しただけで音を立てて崩れる。
再び神崎ヒロトがシース家のステップで受付嬢に近づいていく。
「私は負けないわッ!」
受付嬢が今度は左手で骨剣を横なぎで振り払った。
ヒロトは地面を蹴って、その剣先をかわす。
そしてヒロトの体が宙に浮き、身動きが取れない状態になった瞬間に、受付嬢が右手に隠し持っていたもう一つの骨剣でヒロトに向かって振り払う。
空中に浮いていたヒロトは避けようがない。
受付嬢がにやりと微笑んだその時だった。
神崎ヒロトの足元に水色の液体がくっついていき、空中にスライムが出来た。
神崎ヒロトはそのスライムを蹴り、より高く飛んだ。受付嬢の右手で振り払った剣は当たることなく、空振る。
そしてーー二度目の拳が受付嬢の兜に衝突した。
「う、ううううううううううう!」
悲鳴を上げる受付嬢。
だがカッと目を見開き、叫ぶ。
「もう油断しないわ。あなたたちの策は分かった。今度はもう喰らわないーー」
そう受付嬢が叫び、顔を上げた瞬間だった。
神崎ヒロトが再び目の前で拳を握っていた。
二度目の拳を受付嬢に食らわせた直後、すぐにライミは空中にスライムを生み出し、ヒロトが再度スライムを蹴り上げることで、既に3度目の準備がされていたのだ。
「えっ」
驚愕の声を上げる受付嬢。
神崎ヒロトが叫ぶ。
「骨が好きなんだってな、じゃあ喰わらしてやるよ、特大の拳骨をなーーッ!」
振り下ろした神崎ヒロトの水晶体をまとった拳は、受付嬢の兜に衝突し、兜がピシリと音を立てて崩れた。
受付嬢が血を吐くと、体をまとう鎧も崩れ、地面に転がった。
「はぁ……はぁ……」
ヒロトは地面に落ち、ふらふらになりながら立ち上がる。
「こ、こんなに虚物の力って疲れるのか……」
「ヒロト君! 大丈夫だった!?」
「ははは……なんとかな。けどライミのサポートがなけりゃ、間違いなく倒されてたわ。強いな、スライム作る能力って」
「……うん! 役に立ってて良かったよ。それで……受付嬢さんは?」
ライミが恐る恐る受付嬢の様子を伺う。
「全然ピクリとも動かないね……」
そして、ふとヒロトは嫌な予感がした。お約束も、お約束。あのセリフをライミが言いそうな気がした。
「やめろ、ライミ。それ以上言うな」
「えっ、なにが」
「フラグになる……!」
「フラグって何? でも全然受付嬢さん動かないね……これは……」
「やめろ、ライミ」
ヒロトが必死に静止したが、ライミは止まることなく、無情にもあの復活の呪文を唱えた。
「やったか!?」
「言うなってぇ! そんな口調のキャラじゃなかっただろうが!!」
時すでに遅し。
その呪文を唱えたが最後、受付嬢がゆっくりと起き上がった。
驚愕の表情を浮かべ「嘘っ……まだ生きていたなんて」とお約束のセリフを言うライミ。
起き上がった受付嬢は明らかに様子がおかしかった。
くるりとこちらを向くと、額から大量の血を流しながら、殺意の満ちた表情でこちらを睨んでいる。
そして言った。
「分かったわ。もう偽の皮もいらない。私も……骨になるわ」
そう言うと、受付嬢の周りをタコ足がぐるりと囲った。
そしてグチャグチャと気持ちの悪い咀嚼音が鳴り響いたかと思えば、まるでアイドルの早着替えかのように、中から骨だけのスケルトンが出てきた。
神崎ヒロトはすぐに分かった。
このスケルトンーー受付嬢のスケルトンは今までの骨の比ではないくらい強い。
「ここからが本領発揮ってわけか……」
ヒロトはトドメだと思ってついさっき「俺の拳骨を!」と叫んだことを後悔しながら、拳を握った。




