かわいそう②★
受付嬢目線
「うーん、どうしましょうね……」
受付嬢ーーヨリファー・リンは目の前の惨状に頭を悩ませていた。
大量のスケルトンを使い倒そうとしてみたが、普通のスケルトンでは相手にならないようだ。
受付嬢ヨリファー・リンは体に『タコの虚物』を宿している。
環状の森の湖にて誕生としたと思われる蛸の虚物は、水中の生物を喰いつくし、その後、虚教徒によって保護される。
タコの虚物の異能は相手を骨だけの存在にすることが出来る。
受付嬢と距離が近いほど、スケルトンの骨の強度は上がるのだ。
その能力を見た瞬間に、自分の理想だった骨だけの世界を作れると確信した。
だが、今その理想を阻まんとする敵が現れた。
「あの水晶体、あれが厄介だわ」
神崎ヒロトの左腕に覆われている、淡い青色の水晶体。
あの水晶体の硬度が高く、普通のスケルトンでは当たるだけでいとも簡単に倒されてしまう。
銀骨のスケルトンと金骨のスケルトンでは一撃で倒されることはないが、精々出来るのは時間稼ぎくらいか。
「オオオオオオオオオオオオオオ!」
唸り声を上げながら、神崎ヒロトは左腕を振り回す。
その度に可愛いスケルトンたちが崩されていく。
「……私が戦うしかないか」
他者をスケルトンに変える方法は二つ。
一つ、予め特殊なタコ足を設置しておき、トラップ型のように稼働させて捕まえる方法。
二つ、私の手で直に触れること。
だが後者は接触する必要があるため、危険が伴う。
本音を言えば、神崎ヒロトと直接戦いたくなかったのだが。
そんな考えが頭に過ぎり、受付嬢は首を横に振る。
「いいえ、何を怖気づいているの。私には外見で満ちた世界を変えるという使命があるの。そのためならば命なんて惜しくないわ」
受付嬢は岩の上から降り、着地する。
神崎ヒロト様は正常な状態ではない。
ただ自分に迫ってくる敵を反射的になぎ倒すだけの存在だ。
大量のスケルトンの相手をしている間に、隙間から彼に触れることくらい容易だろう。
受付嬢はそっとヒロトに近づく。
大丈夫だ。ヒロト様はこちらに背を向けており、気づいてない。今ならーー。
そうして受付嬢が手を伸ばし、背中に触れようとした瞬間。
ぶちゅりと、妙な感触があった。
ヒロトの背中と自分の手の間に何かが浮いている。これはスライムか。
このスライムの正体はーー受付嬢は顔を上げて、草むらから顔を出すその人物を見つけた。
「戻ってきていただいて嬉しいです。ようやく私の思いが伝わったのですね。確かに肉を失うのは怖いかもしれません。だけど、必ず約束します。骨の世界は美しい。あなたが感じていた苦しみや、悲しみは解放されますよ」
「はぁ……はぁ……何とか、間に合った」
ライミは肩で息をしながら、顔を上げて受付嬢を睨みつける。
あなたの丸々した目で睨まれても怖くないけどね、と受付嬢は心の中で呟いた。
「僕がかわいそうに見える……?」
「え、当たり前でしょう。かわいそうよ。外見という渦に巻き込まれているあなたは被害者」
「……かわいそうって言葉は、魔性の言葉だよ。他人を思いやっている風に使えるから。あなたは僕がかわいそうと思いたいだけなんだ、そっちの方が楽だから……。そうした方が気分よく僕を殺せるから……」
「あぁっ、違うわ、ライミ様。殺すのではなく、救われるのよ。現にこのスケルトンたちも私に従うの。彼らもこの生き方に憧れているから、自主的に私の指示に従ってくれているのよ」
「押し付けだよ。あなたは、自分にとって都合の良いようにしか物事を見れていない。ぼ、僕はかわいそうじゃない。少なくとも、自分のことをそう思わない」
伝わらないか、と受付嬢はため息をついた。
それにしてもなんと哀憫なのだろうか。
目で睨んではいるが、手は震えていて、口調にも動揺が見え隠れしている。
「ふふふ……震えているのね。虚勢を張る必要なんてないわ。この状況、ライミ様ではどうしようもないじゃない。逃げたいなら、戻ってくる必要はなかった。あなたは何しに来たの?」
「ぼ、僕は……」
ライミは目を閉じた。
ライミの体の周りに光芒が集まる。魔力が集まっているのだ。
「リーア・スライム」
そうライミが呟くと、ブヨブヨとした無数の水がライミの周囲に浮かんだ。
「ヨリファー・リンさん、僕は、友達を助けに来ただけだよ」
「ふ~~ん……」
受付嬢はライミの周りに浮く、水を眺める。
これが……ライミ様の魔法か。
ギルドの受付嬢をしていたから、ギルドに来る人たちのステータスは知っている。
ライミ様は明らかに非凡な才能の持ち主だ。
ステータス適正ですぐにCランク判定されるほどの。
魔力量は常人の3倍以上を持っている。
ただそれくらいならせいぜいDランクだっただろう。彼の特異性は、この水にある。
普通の水ではなく、ブヨブヨと高い弾力を持ち、かつ粘着性を併せ持っている、いわゆるスライムのような水を生み出すことが出来るのだ。
「ルーア!」
ルーアは初級魔法だ。水の塊を相手に向かって飛ばすだけ。だが、ライミ様が行えばーー。
水塊が、受付嬢のみぞおちを直撃する。
「うぶっ……」
受付嬢は衝撃を受けて一歩後ずさる。
高速で飛んでくるスライムが、衝撃を生む。
「ただのルーアでさえこの威力なのね。でも、それだけよ。腹部を子供に殴られた程度。これくらいどうってこともないわ」
この自分の発言はやせ我慢ではない。
水魔法は7属性(炎・水・風・土・光・闇・回復)の中で最も戦闘に向いていないと言われる属性だ。
先ほども述べた通り、精々生み出すのは水。
水の塊が飛んできたところで、濡れるだけ。炎であれば火傷をし、風であれば飛ばされ、土であれば打撲になるが、相手を濡らすだけの属性など基本的に戦闘には向いていないのだ。
「ライミ様。あなたは何もできないーー」
「ルーア! ルーア! ルーア! ルーア!!」
ライミはルーアを唱え続ける。
無数の水の塊がスケルトンに直撃し、スケルトンたちは後退する。だが、それだけこれくらいの威力ではスケルトンを崩すことも出来なるはずもない。
「ライミ様。無駄な足掻きはよして」
「……」
ライミはスケルトンたちをヒロトから遠ざけると、無言でヒロトに近づいていく。
「オオオオオ……」
神崎ヒロトが近づいてくるライミに気づく。
口から涎を垂らし目の焦点が定まっておらず、髪は逆立っている神崎ヒロトを見ながら、ライミは近づいていく。
「見た目は随分と怖くなったね、ヒロト君。ふふふ、元々目が怖かったけど、その比じゃないみたいだ」
見た目が怖い。
その言葉を聞いた瞬間に、私は勝ちを確信した。
「ライミ様ぁ!? 今、怖いと言いましたね!? ヒロト様を見て、怖いと! ほらぁぁぁっ、それですよ、それが外見で判断してしまうという悲劇なんですよぉ! 骨だったら! 骨だったならぁ、ヒロト様を怖いなんて思わず、あなたは友達として接することができた! 怖いなんて思わなかった!」
やはり、彼はかわいそうだ。
見た目で判断される苦しみをしっていながら、他人を見て怖いと感じてしまう。
この間違った世界に虐められる彼は被害者。被害者ならばかわいそうではないかっ。
そんな思いが脳裏をよぎった私に向けて、ライミ様は言った。
「かわいそうだね、受付嬢さん」
「……。……。……は?」
受付嬢は一瞬、キョトンとした表情を浮かべると、すぐさま顔から血の気が引く。
そしてすぐに顔が赤くなっていく。
体の内側から怒りを覚えているのだと、気が付いた。
侮辱だ。手を差し伸べた相手に、手を差し伸べられる。
この変革者に対して、ライミ様は何てことを……!
怒りに震える私を一瞥せずに、ライミ様はヒロト様へと近づいていく。
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ライミは明らかに怒りで震える受付嬢を横目にしながら、ヒロト君へと近づいていく。
随分と怒らせてしまったみたいだ。
けれど、これで多少は分かっただろう。憐れまれるという屈辱を。
あなたは世界を憐れんでいるが、僕からすればかわいそうなのは受付嬢、あなたのほうだ。
けれど、今はあんな人は知らない。
僕はヒロト君と会話をするだけだ。
「怖いのは、知らなかったからだ。ヒロト君、ずっと何かを僕に隠してるって思ってたけど、コレだったんだね。友達だから隠し事は無しなんて言わないよ。隠し事があったって良い。でも、僕は否定しない。怖いけど、逃げないよ」
ザクザクと地面を踏んで、ヒロト君に近づいていく。
ヒロト君の腕が当たるギリギリの距離まで近づく。
「オオオオオ……」
そしてライミが一歩踏み出した瞬間。
ヒロトの左腕がピクリと動いたかと思えば、ライミの側頭部に向けて腕を振り回した。
ライミは側頭部に衝撃を受け、そのまま体は吹っ飛ばされ、5mほど飛ばされると、そのまま地面に倒れ込んだ。
「あっ、あーあ、だから言ったのに。死んじゃった。生身で受けて生き残れる訳ないじゃない」
と受付嬢が嘲笑気味に呟く言葉が聞こえた。
だが、ライミはゆっくりとその場で立ち上がった。
「なんとか、スライム水を挟んで衝撃を和らげることが出来たよ……。それでも痛いな。意識が飛びそうだよ」
ライミは左頭部から大量の出血をしながら、立ち上がった。
そしてもう一度、ライミはヒロトに近づいていく。
「今のは僕への罰だよ。君を見捨てて一度は逃げた、自分への戒め。ヒロト君。次も殴られたら僕は死ぬかもしれない。それでも、君の元へ行くよ。殴るなら殴って。僕は……君を信じる」
そう言ってライミは一歩、そして一歩ヒロトへと近づく。ヒロトの腕が当たるところまで。
「ヒロト君」
ライミは一歩一歩踏みしめる。
「ゔゔゔゔうっ……」
理性を失った獣であるヒロトは何かに怯えたような、そんな表情を浮かべる。
ライミは再び足を踏み出し、先ほどヒロトから殴られた距離へと近づいていく。
「そうか、こういうことなんだね。知らない存在は怖い。だから、みんな僕を怖がってたんだ。性別は男なのに、女物の服を着るから理解出来ないんだ。でも、それを踏み出した先が、本当の関係だと思う」
そう言ってライミは先ほど殴られた距離になった。
ヒロトの腕がピクリと動く。だが、動くだけ。ヒロトが迷っているのは明らかだった。
「ヒロト君。今まで、僕たちは友達じゃなかった。僕は、君の背中を見ていただけ。こうやって真正面から君を見れたことなんてなかった。ようやく同じ目線に立てたような気がする」
「ゔゔゔ……くっ……」
神崎ヒロトが頭を抱える。
涎を撒き散らしながらも、うめき声を上げる。
ピクリ、ピクリと左腕が上下する。
「ヒロト君! 僕を見て! 僕は逃げない! 一緒にーー戦おう! 友達として、あいつをぶっ放そう! 僕らならできる! だから戻ってきて!」




