あっかんべー★
「ヒロト君……?」
突如として頭に石をぶつけて地面に倒れたヒロト。
だがヒロトはそのまま地面に倒れてピクリとも動かない。
この状況に絶望して自ら命を絶ったのかと一瞬思ったが、ライミはすぐに否定する。
ヒロト君はそんな人じゃない。
なにが起こるか分からない。でも、今はとにかくヒロト君を信じてーー。
「……ッ!」
ライミはスカートを持ち上げると、ヒロトが指を差した方向へと駆け抜けようと一歩踏み出した。
その瞬間、倒れたはずのヒロト君がゆっくりと立ち上がった。
「えーー」
ライミは一瞬、目の端に映るヒロト君の姿に足が止まりそうになる。
それは神崎ヒロトの容貌が大きく変わっていたことに他ならない。
神崎ヒロトの毛先が白色に、対照的に目は黒く染まっている。
額から大量の血が流れているにも関わらず、唸り声をあげながら、けれど確かな意志を持って立ち上がっていた。
受付嬢の似た容貌の変化。
ライミの脳内でひとりでにピースがハマっていき、一つの結論を導いた。
ヒロト君ーー受付嬢と同じ虚物を宿す人間?
「ううん。信じるよ、ヒロト君。君を信じて僕は走る」
すぐに動揺を抑え、ライミは一目散にヒロト君が指差した方向へと脱兎のごとく駆け抜けた。
スケルトンたちの動きが止まっていた。
ちらりと受付嬢を見ると、彼女の手が完全に止まっていた。
僕以上に受付嬢が動揺しているようだった。
受付嬢の独り言が聞こえた。
「どういうことなの。なぜ神崎ヒロト様が異能を使えるの? 虚物? いいえ、虚物ならば会話は出来ないはず。私と同じで虚物を体に宿しているということ……? いいえ、違うわ。だから、なんだと言うの? ヒロト様が何者でも関係ない。私は私の使命に従うだけ……! 神崎ヒロト様。あなたをスケルトンにします。外見と偏見のない世界へ行きましょう!」
受付嬢の操るスケルトンが再び動きを始めた。
近くにいたスケルトンが僕に向かって近づいてくる。
その瞬間、
「おおおおお!」
ヒロト君が吠える。
そしてライミを飛び越えると、スケルトンへと激突していく。
スケルトンが剣を振り下ろす。だが、その剣は神崎ヒロトの纏う水晶体に激突し、剣が折れる。
「おおおおお!」
ヒロト君は、硬い水晶体を纏った腕を振り回し、周囲のスケルトンを薙ぎ倒していく。
そして、できたスケルトンの隙間から、ライミはスケルトン包囲網を抜け出した。
スカートをボロボロにしながら走るライミの背中を眺め、受付嬢はライミに聞こえるように大声で叫んだ。
「ライミ様! 絶対に偏見に満ちた世界から救ったあげるからね! かわいそうなあなたを助けてあげる!」
ライミはその言葉を気に掛けることもなく、スピードを維持したままスケルトン包囲網を抜けた。
包囲網を抜けると、スケルトンはこちらを追いかけてくる素ぶりを見せず、中央で暴れるヒロト君へと一斉に体を向けた。
その光景を最後に、僕はその場を後にした。
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スケルトン包囲網を抜けて、ライミは走った。
もうスカートは枝や泥に引っかかり、修復不可能な状態になるまでスカートはボロボロになっていた。
「はーッ、はーッ……」
息をつき、後方を確認する。
スケルトンは追ってきていない。
ヒロト君が……食い止めてくれているんだ。
「……」
目をつぶって走っていたから、何が起こっていたのかは分からない。
ヒロト君らしき唸り声が聞こえた。
ヒロト君は一体……何をしているんだろう。
ただ一つ確かなのは……。
「僕は、友達を置いて逃げてきたんだ……」
残酷な事実が一つ転がっていた。
それでも友達として、僕は……残るべきだったんじゃ。
そこまで考えた途端、背筋に悪寒が走った。
あの場に、残る? 異形へと変貌した受付嬢と、大量のスケルトン。あの場に残って、僕に何が出来た? 殺されただけじゃないか。
状況が悪いんだ。あんな状況になったんだ。
だからーー仕方ない、しょうがない……。
ふと、頭の中に受付嬢の言葉が反芻した。
『ーーかわいそうなあなたを助けてあげる!』
またこの言葉か。
可哀そう、可哀そうって……。
僕は可愛いって言って欲しいだけなのに。
けれど、皆僕に言うんだ。「可哀そう」だって。
可哀そうって言葉は嫌いだ。
僕を勝手に悲劇の境遇に立っている人間だと解釈をし、見下し、寄り添うように手を差し伸べる言葉だ。
僕自身は自分のことを可哀そうだと思っていないのに。なのに、皆は僕を悲劇の人物だと決めつけてくる。
そう言えば……ヒロト君は言っていたっけな。「可哀そう」って僕に言ってくる人がいったら「あっかんべー」ってしてやれって……。
けど、結局そんなことをする度胸も僕にはない。
でも、しょうがないじゃないか。僕に対して白い目をする人に、「あっかんべー」なんて出来ないよ。もっと怒らせてしまうじゃないか。
だから無理なんだ、僕は……。
そんなことを思いながら歩くと、見慣れた広場に付いた。
ここはーー死体の湖がある場所か。
湖に近づき、濁った水面に微かに映る自分の全体像を見る。
着ている可愛い服が全てボロボロだ。
僕は……何のために冒険者になったんだっけ。
可愛い服を着たかっただけなのに。結局こんなに服をボロボロにして……。
でも、パパが、やれって言うから。可愛い服を着るだけじゃダメって言うから……仕方なく。
ここまで考えて、ライミはふと思った。
何がーー仕方ないのだろうか。
誰に対して僕は言い訳をしているのだろうか。
「……」
仕方ないという言葉は自分の置かれている環境を踏まえて、自分を慰めるための言葉だ。
冒険者になったことも仕方ない。
いじめられたことをも仕方ない。
その時、ようやくーー気づいた。
「僕は……自分のことを、可哀そうだって……思ってたんだ」
僕は、自分で自分を悲劇の人間だと思っていたんだ。
だから、何度も仕方ない、しょうがない、と自分を慰めていた。
僕を一番「可哀そう」だと思っていたのは僕自身だったんだ……。
僕は、僕を「かわいい」と思って欲しくて、「かわいそう」だと言う環境に対して、「かわいそう」だと自分を慰めていた。
他人には同情するなと思っておきながら、自分に対しては同情をしていた矛盾。
「ぼ、僕は……。さっき、ヒロト君を、友達を見捨てることすら……自分を悲劇の人間だと嘆いていたんだ。見捨てているのは、僕自身なのに」
ようやく自分の過ちに気づいて、僕は体が震えた。
自分の意志を持たず、周囲に流されていたくせに、結局周囲のせいにする。僕は、なんて卑怯な人間だったんだろうか。
「ヒロト君を助けに戻りたい。でも……怖いよ。ヒロト君を見捨てるのは仕方なくない。でも、怖い。ねぇ、ヒロト君。ぼ、僕はどうすればーー」
そんなとき、ふとヒロトの言葉が頭に過ぎった。
『可哀そうって言ってくるやつがいたら舌を出してアッカンベーをしながらこう言ってやれ。ーー知るかバーカって!』
ーーそうだ。
ライミは濁った湖に自分の顔を映した。
そして、舌をペロリと出して人差し指で下瞼を引っ張ると森全体に響き渡るくらいの大声で、叫んだ。
「知るか、バーカッ!」
もう、これでおしまい。
僕に向かって可哀そうだって言ってくる僕はもうおしまい。無視してやるんだ。
今はとにかく、ヒロト君を助ける。
「助けに行くよ、ヒロト君!」
ライミはぬかるんだ地面を蹴っ飛ばして、泥だらけになったスカートを気に掛けることなく駆け出した。




