悲鳴
ヒロトは赤い湖の中へと飛び込んだ。
視界は赤く濁っており、周囲には様々な種類の魚が死骸となって浮かんでいる。
そのどれもが心臓部分にだけ綺麗に抉られており、それ以外の臓器には一切手を付けられていない。
明らかに異常な光景だ。
「……」
気持ちを切り替えて集中をし、ヒロトはより潜り、深く進んでいく。
水面から5mほど潜ってるが、全く底の地面が見えない。
水が濁っているせいもあるだろうが、相当深そうだ。
湖の底にあると言っていた青い花も簡単に入手は難しそうだ。
そして肝心の虚物についてだがーー、恐らくこの湖にはいないだろうとヒロトは思っていた。もう別の場所に移動しているはずだ。
最近、自分の感覚が研ぎ澄まれていっている。
具体的には近くに生き物がいるのか、集中すれば分かるのだ。
これも俺が虚物だからなのか?
原理はわからないが、この湖の中に生物はいない。
より深く沈んでいき、水面から深さ10mに達しようというとき、ようやく地面が見え、視界に青い花が咲いていることに気がついた。
とりあえず、これを取ってからこの湖にはいないことを言うか。
そう考えながら、青い花へとヒロトが手を伸ばし、茎を掴んだその時。
突如として手に痛みが走る。何かが俺の手を噛んでいる。魚の歯でも当たっているのかと思い、手の甲を見ると、そこにはタコの足がへばりついていた。
(外すのも面倒だ……。息が持たないし、戻ろう)
手の甲の痛みを感じながら、地面を蹴ると水面へと浮上をする。
「ぷぅーーッ!」
水面から顔を出して、息を吐く。
「ヒロト君! 無事だったんだね!?」
「あぁ、なんとかな……」
「え、ヒロト君。手に何かついてる? タコの足?」
「あぁ、花を掴む時についちまったんだ」
そう言ってヒロトは陸に上がると、タコ足を外そうと引っ張る。
だが全く離れない。
こんなに吸盤は強いのか、と思った。だが、ずっと手の甲が痛い。
よくよく、タコ足を見てみると強烈な違和感を持った。
違う、これは吸盤じゃない。歯だ。大量の小さな口がこの足にはついていて俺の手を喰らおうとしているのだ。
「〜〜ッ!」
自分の手の皮を千切る勢いで、俺はタコ足をようやく手の甲から外した。
「痛ぇ……!」
なんだこれは。
するとリガルトがフンッと鼻を鳴らしながら近づいてきた。
「おい、偽勇者。成果を言え」
何もしてないくせに、こいつはなんで偉そうなんだと碧碧しながら俺は言った。
「これに噛まれた。なんだこれは」
ヒロトは体についていたタコ足をリカルドに見せる。
「タコの足のように見える。だが吸盤じゃねぇな、歯か。奇妙な見た目だ。だがタコがこんな湖にいるのか?」
「疑うならてめぇで行け」
この腰抜けが、という言葉は飲み込む。
「……ふん、まぁ良い。それで手を打ってやろう。その花を取れた以上、湖の底まで調査をした証拠になるだろうし、タコ足の存在だけで成果とは言える」
そう言ってレグルスはヒロトのもつ青い花を奪うと、自分のパーティのもとへと戻っていく。
その途中、ふとレグルスが足を止めるとこちらに振り返って言った。
「あぁ、そうだ。もう一度言っておこうか。次、俺の前に現れなら今度こそ殺すぞ、偽勇者と女装男」
そう言ってレグルスが手を叩くと、ライミに絡まっていた木の枝が解ける。
体の力が抜けたライミが地面にへたりと倒れ込む。
緊張が解け、安心したのかライミの頬からポロポロと涙が溢れる。
その姿を見たレグルスが再度舌打ちをする。
「気持ち悪いんだよ、女装男。男で冒険者のくせにポロポロと泣いてんじゃねぇよ。何を被害者ぶってるんだ。お前の存在が他人を傷つけてることに気づいてんのか?」
「えっ……」
ライミは涙を流しながら顔を上げた。
レグルスはイライラした表情を浮かべながら続ける。
「何を驚いた顔してやがる。お前は加害者だろうが。俺がお前をいじめてるじゃねぇ、俺はお前に傷つけられたんだ。お前を殴るのは正当防衛だ。お前が男なのに、そんな格好をしているせいで、女だと俺が勘違いしちまったんだろうが。男に告白したとか、噂に色んな尾びれがついて迷惑してんだよ」
「ぼ、僕は……えっと、そんな……つもりなんて」
「はぁッ!?」
リガルトが足元に落ちていた石を蹴り上げる。
石は一直線に飛んでいき、僕の頭に当たる。
「痛い! 痛いよ、リガルト君!」
ライミの頭から一筋の血が流れる。額を切ってしまったようだ。
「リガルト、てめぇ……何してくれてんだ」
ヒロトが怒りの形相を浮かべてライミの前に立つ。
するとリガルトがニヤニヤしながら言う。
「あーー、そういうことか、そういうことね。なんでライミなんかと組むのかと不思議だったんだ。偽勇者、お前はそういうのが好きなんだな。ははは、まぁ好きにすりゃあいいさ。だがな、ライミ。間違っても自分を被害者だと思うなよ。周りを不快な思いにしといて、虐められたと思うのは勘違いも甚だしい」
「リガルト……! すぐさま、ここからうせろ」
ヒロトがリガルトを睨む。
その形相に少し押されたのか、リガルトは一歩後退りをするとそのまま背を向けて歩いて行った。
「ライミ、大丈夫か。すぐに戻ろう。あいつらのいうことなんて気にするな」
ライミは涙を拭いながら震えた声で言った。
「……ダメ、なのかなぁ。可愛い格好をしたら。ダメなのかなぁ。リガルト君の言ってることも正しいと思う。ママもパパも、僕がこの格好をすると困った顔をしてた。僕が皆んなを傷つけてるんだ……。そう思うと、申し訳なくて涙が止まらないんだ」
「違えよ! お前は悪くねぇ! 周りがどう思おうと、自分のやりたいことをやればいいじゃねぇか! 何よりもスカートを履くのが好きなんだろう!? なら、履けばいいじゃないか!」
ヒロトはライミの肩を掴んで言う。
「……うん。帰ろうか、ヒロト君」
「あぁ」
ライミはゆっくりと立ち上がった。
ヒロトは自分たちのトカゲッピの元へ向かいながら、無言で後方を歩くライミの様子を気にかけていた。
ライミが無言だ。流石にレグルスの言葉がショックだったのだろう。
こういう時、友達としてどんな言葉を掛けたら良いのだろうか。
ヒロトは採った食虫植物が入った袋を握りながら歩く。
何か言おうと、ヒロトは話題を選んだ。
「結局、湖の周りの迷信ってなんだったんだろうな」
「あぁ、あの骸骨が動いていたってやつ? ただの迷信だったんじゃないかなぁ」
「少し気になってな。湖にいた虚物とかがどこに逃げたのかとか。それと関連していたのかなと俺は思ったんだ」
「あーー、異能ってことかぁ。確かに異能だったらアリなのかなぁ……僕も断言できないなぁ」
「そうだよな、悪い。ただの与太話だと思って流してくれ」
「うん」
そんな会話をしながら、丈の長い草をかき分けるとようやく森の外に出た。
通路でゆっくり寝ているコモドが見えた。
ライミが走ってコモドに近づいていき、声を掛けた。
「ごめんね、コモド。待たせたね」
その時。
「うわあああああああああああ!」
森の中から悲鳴が聞こえた。
その声はよく聞いたことのあるリガルドの声のように聞こえた。
ヒロトは足を止めて、悲鳴のした方向を振り返る。
コモドに跨っていたライミが叫んだ。
「ヒロト君! 急いでこの森から逃げよう! 長居しない方が良い!」
「……」
ヒロトの中は思考が逡巡していた。
この悲鳴。レグルス達が誰かに襲われた? 虚物が出たのか?
そんなことを考えていると、誰かに腕を引かれた。
ライミだった。ライミがコモドから一度降りて、自分に語り掛けていた。
「ヒロト君! 聞こえているの? 急いで逃げるよ」
ライミの言うことはもっともだと思った。
絶対に逃げた方が良い。
それは分かっている。
けれど、ヒロトは自分の意志を口にした。
「悪い……ライミ。俺、助けに行きたい」
「え、えぇ!? な、何を言っているの!?」
「本気だ。ライミは先に帰っててくれ、俺は助けに行く」
そう言ってヒロトは森の中へと再び戻っていった。
さぁどうなるヒロト。
ブクマ、感想、評価等ございましたらよろしくお願いします。
作者のモチベに直結します。




