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かわいそう★


 子供のころから「女の子みたいに可愛い」って大人たちは僕に言った。

 すると母親は自慢気に「そうなのよ。自慢の子よ」と言っていた。

 僕は母親が喜んでくれることが何より嬉しかった。


 9歳のころ、たまたま店内にあったスカートに目がいった。

 とても可愛らしい赤色のスカートで細部まで装飾が施されており、僕は目を輝かせた。

 あれを着たい。

 僕はそう思った。

 一緒に買い物に来ていた母親に僕は興奮気味に語った。


「ねぇ。僕、あの服が欲しい」


 すると母親は嬉しそうに笑い、


「いいわね。買ってあげる」


 そうして僕に服を買ってくれた。

 家に帰ってすぐに僕はそのスカートを着ると母親は目を輝かせて「かわいい、かわいい」と大喜び。

 そんなに可愛いのなら、僕の姿を近所の人たちにも見せてやろうと僕は町に飛び出した。

 近所の人たちはスカートで駆け回る僕を見て「かわいい」と言ってくれた。

 僕はそれがとても嬉しかった。


 時が過ぎていく。

 周囲の男の子たちの体の節々に変化が現れ始めた。体の骨格は少し角を帯び、喉からは喉仏が現れて声が低くなっていく。

 でも、それでも僕の体は中性的なままで背もそこまで大きくならないし、声も変わらなかった。


 だから僕はいつも通りに町でスカートを買って、家に帰った。

 そして新作のスカートを着こみ、近所を歩く。

 この可愛い恰好をしているとすれ違う人たちはいつも僕に視線を奪われる。

 伸びた金髪の髪をくくり、赤いスカートをはいた僕に目を奪われる。


 ぶらぶらと歩いていると、いつも通り近所のおばさんが声を掛けてきた。

 このおばさんはいつも僕を見て「かわいい」と言ってくれる人。

 僕のちょっとした装飾の変化にもきちんと気づいてくれて、必ず褒めてくれる……僕はこの人のことが大好きだ。


 おばさんはじっと僕のことを見つめてジロジロと僕の全身を隈なく眺めてくる。

 

 ……いつもはこんなにジロジロ見てこないんだけどな。

 少し不振に思いながらも「かわいい」って言葉をもらうために僕は直立不動でおばさんの視線を受けた。

 すると、


「……ねぇ、ライミちゃん」


「なあに? おばさん」


「あなたが男の子って聞いたのだけど……それって本当?」


「え? うん」


 キョトンとした顔で僕は答えた。

 ……今更何を言っているんだろう。僕はスカートが好きなただの男の子だ。

 おばさん、そんな当然の話はいいから早くこのスカートを褒めてよ。前着ていたスカートと色は同じだけど、首元の装飾とか背中に描かれたバラの花弁とかがとても綺麗なんだ。ねぇ、おばさん。僕に「かわいい」って早くーー。


「……気持ち悪い」


「えっ」


 ワクワクしながら待っていたおばさんの一言は「かわいい」とは遠く離れているように聞こえた。

 き、もちわるい……?

 一瞬おばさんの言葉が理解できずに僕は聞き返した。


「お、おばさん……今、なんて?」


 するとおばさんは凄く顔をしかめて言った。


「気持ち悪いって言ったのよ」 

 

 もう一度言われて、ようやく僕は言葉の意味を理解した。

 同時に混乱する。なにが気持ち悪いのだろうか。あ、もしかしてこのスカートが僕に似合っていなかったのだろうか。それならそう言ってくれればいいのに。わざわざ気持ち悪いだなんて棘のある言葉を使わないでほしいなぁ。


「えっと……どこらへんが気持ち悪かった? 似合ってないかな?」


「全部よ。そのスカートも、ハイヒールの靴も、口紅も香水も。ぜーんぶ気持ち悪いわ」


「あ、あ、ええっと……? おばさん、そんなに僕の恰好が気に入らなかった? ご、ごめんね」


「喋らないで。その声も気持ち悪いわ」


「な、えっ……」


 僕は呆然と立ち尽くす。

 声が気持ち悪いとはどういうことだろうか。

 おばさんが何を言っているのか理解が出来ない。

 今まで僕はこの声で会話をしてきた。急に今日になって気持ち悪いと言われても納得が出来ない。


 するとおばさんは嫌悪感を露わにしながらくるりと踵を返し、


「ライミちゃ……あなたが女の子だって思ってた。でも、男の子なのね。男のくせに、そんな女の子みたいな恰好をして……本当に気持ち悪い」


 と捨て台詞を吐いておばさんは自分の家へと入り、バタンと扉を閉じた。


「……」


 僕はその場でポツリと一人残された。

 男なのに、ってどういうこと?

 全くおばさんの言ってることが理解できなかった。

 気持ち悪い理由が男だから? なんで男だと気持ち悪いの?


「……今日は家に帰ろう。楽しくないや」


 そういって逃げるように僕はその場を後にした。

 すれ違う人たちの視線が行きと帰りで違うように感じた。もしかしてあの人も、あそこの人も僕のことを気持ち悪いって思ってたのかな……?


 いつもよりも随分早めに家に帰った。

 

「ただいまーー」


 けど、返事がない。

 いつもであればママが「おかえり」と僕の姿を歓迎してくれるのに。

 すると居間の方で誰かと誰かが会話をしていた。

 声からしてママとパパだろうか。


「~~が」


「そ……はお前が……」


「……そうね」


 どうやら大事な話をしているようだ。

 本来なら聞いたらダメなんだろうけど、僕はつい聞き耳を立ててしまった。

 その内容はーー。


「なぁ、いい加減ライミにあの恰好をやめさせろよ。近所で噂になってるぞ」


「……そうよね」


「お前が子供のころにライミを可愛いと褒めるからだ」


「ごめんなさい……でも、あの子も喜んでいたから」


「その気持ちは分かる、けど、あいつは男なんだからダメだってそろそろ言うべきだ。あいつの体は全然男にならない。女装なんかしているせいだ」


「あの子、昔から可愛いものが好きで」


「別にお前を責めているわけじゃない」


 ーー聞き耳を立てていた僕は尻もちをついた。

 パパとママの会話の内容は僕についてだった。

 すると、ドスンと廊下から音を聞いたママとパパが慌てて扉を開ける。

 そして尻もちをついている僕の姿を見て二人の顔が顔面蒼白になる。


「ママ……?」


 いつも通り、かわいいって言って欲しかった。

 僕は涙目になりながらママを見る。するとママは慌てて僕に近寄りぎゅっと抱きしめた。


「ごめんね……ママはあなたのことが心配で」


 違う、違うよママ。

 謝罪なんていらないんだ。僕に言って。「かわいい」って。「かわいい」って。

 いつもみたいに言ってよ。


「ママ、僕、ダメなの? 可愛い恰好をしたらダメなの? 僕は好きで着ているだけだよ……?」


 声を震わせながら問う僕。

 ママはこくりと頷いた。


「そうよね。元からあなたは好きなのよね。女の子の恰好が」


「……うん」


 ねぇ、ママ。

 言って。だから「かわいい」って。

 僕は好きでこの恰好をしているだけなんだから。

 ねぇ。ダメではないんでしょう? だから言ってよ。


 するとママはゆっくりと口を開いた。


「かわい……」


 僕はそっと胸をなでおろした。

 あぁ、良かった。この一言を聞きたかった。


「……そうに」


「え?」


 ママがぎゅっと僕を強く抱きしめ、涙を流してもう一度言った。


「かわいそうに、ライミ」


「ママ、違うよ。僕は、僕は……かわいいって言って欲しいんだ」


 ママが僕に言った言葉は「かわいい」ではなかった。


「男の子だけど女の子の恰好が好きなのよね、ライミは……。ごめんねライミ。きちんと生んであげられなくて」


「あっ……え」


 そう言ってママは泣いた。

 僕は何も言うことは出来なかった。

 きちんと生んであげられなくて……。

 その言葉を聞いて初めて分かった。僕はきちんと生きれていなかったんだ。


 パパはじっと僕を見て言った。


「ライミ。お前は男なんだ。男らしく生きなきゃいけねぇ。お前はどうしたい?」


「ど、どうって」


「その恰好を辞めるかどうかだ」


「……辞めたくないって言ったらどうするの」


 するとパパは懐から紙を取り出して僕の前に出した。

 僕はその紙を受け取り、まじまじと眺める。

 紙には「冒険者ギルド登録、いつでもお待ちしています」と書かれていた。


「パパ、これは?」


「恰好で男を示せないのなら、成果で示すんだ。ギルドに登録をして冒険者になれ。そうすれば周囲はお前を女みたいだと貶すものはいなくなる」


「冒険者……」


 頭の中に思い浮かべる冒険者のイメージ。

 冒険者……それは服をボロボロにして、筋肉のついた体で成果を得る過酷な職業。


「お前は水魔法なら器用に使える。魔法使いならば後方で戦うことも出来るし、魔力を高める衣装は女性向けも多い」


 これを断れば、僕はもう可愛い服を着れなくなる。

 そう思うと、自分の中の大好きな世界がすべて音を立てずに崩れてしまう気がして僕は反射的にうなずいた。


「なる。僕、冒険者に……なるよ」


 冒険者になりたかったわけじゃない。

 可愛い服を着たかったから、僕は冒険者になった。


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