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ヒロトの過去⑥


 翌日の朝眠たい目を擦りながら起きた。

 眠い目を擦りながら轟のいる本館へと足を運んだ。

 シオリや俺の住む屋敷は分館なのだ。本家の王城家の住む屋敷は別にある。


 本家の屋敷へ入り、轟の部屋をノックした。

 ガチャリと扉が開き轟が顔を覗かした。


「おー、ヒロト。どうした?」


「昨日の襲撃は失敗した。次はより警戒されるだろう。復讐も考えられる」


 轟は鼻筋をぽりぽりと指でかいた。


「あー、マジか。ん、了解。また考えるよ。あぁ、それと今日の夜に橘汐里を俺の部屋へ呼んでくれいつも通り合鍵を渡して。抵抗するなら多少乱暴にしてもいい」


 分かっていたことだ。そのためにシオリはいるのだから。

 でも言葉が詰まった。


「え、いや、わ、分かった……」


 すこし俺の返事の歯切れが悪いことに少し轟は首を傾げたがドアを閉めて部屋へ戻っていった。


 今日は特にもう仕事はない。部屋に戻ろう。

 そうして本家の屋敷から出た時に目眩がした。今日シオリが轟の元へ行く。その事実に気分が悪くなる。


 俺はどうするべきなんだ?

 頭の中がグチャグチャだ。あぁ、頼むからもう少し時間をくれよ。立て続けに色々と起こりすぎなんだよ。


 分館の屋敷に戻る。

 ここには轟の妻がシオリを含めて9人いる。基本的に皆部屋の外へは出ない。いつ轟がこっちの屋敷に来るかわからない。怯えているんだ。そしてその畏怖の対象には当然俺も含まれる。なにせ、嫌がれば俺が轟の部屋まで強制的に連れて行くのだから。


 だがシオリだけは部屋の外にいて俺を見た。

 俺はシオリの姿を見て一瞬喉に詰まったが、言葉を吐き出した。


「シオリ、今日の夜轟様がお呼びだ。準備をしておけ」


 シオリは何かを考えるように目を瞑った。そして頷いた。


「……分かった。あー、そうかぁ。もう私かぁ」


 シオリの様子は少し落ち込んでいるようだった。


 聞いた話によるとシオリの父親の会社は存続の危機に陥った。 

 そしてシオリのかわいさに目をつけていた轟は父親に交渉をした。シオリを寄越すならば融資をしてやると。シオリの父親は断固反対をしたらしい。

 けどシオリは自らを犠牲にすることを選んだ。父親の反対を押し切り、轟のことを好きになったなどと言ってここまで来たみたいだ。


 まさに運が悪かったのだ。シオリもまた家族に振り回されている。俺と同じだ。いや、俺よりもタチが悪い。俺の場合は自業自得だと言える要素はあったがシオリにはない。皮肉なことに俺にはない家族愛のせいでシオリはこうなっている。

 今シオリは父親を恨んでいるだろう。

 あなたのせいでって言ってるだろう。

 恨むなら周りを恨むしかない。呪うしかない。こちらに落ち度はないのだから。


 シオリは目を開けた。

 そして俺に聞いた。


「ヒロト君。まだ轟は部屋にいる?」


「え?まだ居ると思う。さっきの感じだと二度寝しそうだし」


「……よし。じゃあ今から轟の部屋に行ってくるわ」


「は!?何言ってんだ!?何しにいくんだよ」


「当然、今日の夜を回避するために動くのよ。このまま好き勝手されたくないわ。部屋に侵入して何が轟の弱みを握る。轟は本館のどこにいるの?」


 俺はシオリの勢いに押されて言ってしまった。


「2階の階段上がってすぐ左手側の部屋だけど」


「了解。行ってくるわ」


「は!? マジで言ってんの!?」


 シオリは当然と頷いて分館を出て行った。

 俺は唖然とした。落ち込んでいたんじゃなくてどうすればいいかを考えていたのか? 

 だけど無理だ。轟の弱みなんてない。そんなものあいつにはないんだ。シオリは捕まってやられる。それだけだ。


 そう思っても気になってしまい、5分後にふらふらと本館へ入ってシオリの後を追った。

 すると轟の悲鳴が聞こえた。

 何事かと急いで2階に上がり、扉を開けた。

 部屋を見ると轟が床の上で股間を押さえて青ざめていた。

 シオリが嫌そうな顔をしながらウェットティッシュで手を拭いている。

 

「なにが起こったんだ……?」


 理解できずに立ち尽くしているとシオリがウェットティッシュをゴミ箱に投げ入れて俺に言った。


「戻ろう、ヒロト君」


「へ? あ、ああ……」

 

 シオリに押されながら部屋を出た。轟の方をチラリと見ると完全に白目を剥いて倒れている。大丈夫そうではないが、まぁいいか。


 分館に戻りシオリに尋ねた。


「お前、何をしたんだよ。股間押さえてたぞ、轟は」


 シオリは少し焦りながら言う。


「ち、違うの。寝ている間に弱みを握ろうと部屋を探索していたら突然後ろから轟に抱きしめられたの!それで咄嗟に轟の股間を握りしめたら、白目剥いて倒れちゃって。あんな状況に……」


 それを聞いて思わず吹き出してしまった。


「あはははは! 弱みを握るってそう言うことだったのかよ!」


 シオリが顔を赤面させながら言った。


「違うってば! そんなことしたくなかったのよ! もぉぉぉ……やっちゃったぁ」


「いや、でも少し痛快だったよ。ははは……。すごいなシオリは。昔からまっすぐで変わらない」


「ううん。そんなことない。もしかして、私が生まれつき正しい人だと思ってる?」


「そりゃあな。転校初日にも見ず知らずの俺を助けようと声を掛けてきたじゃないか」


 あの時、シオリが話しかけてくれた。

 すごくうれしかったことを覚えている。


「違うよ。私はあの時善意であなたに声を掛けてない」


 ぽつり、シオリは真剣な表情で答えた

 ヒロトの目が驚いて大きく見開く。


「え……?」


「転校生は目立って虐められる可能性があった。私は虐められたく無かったの。だからね、教室でも目立つあなたに声を掛けて……話のタネにしようと思ったの」


 後半になるにつれてシオリの声は小さくなっていく。

 それでも勇気を出すようにぐっと唇をかみしめて顔を上げた。


「でも、でもね……あなたが花のために怒っている姿を見て、私、本当に驚いたの。そんな綺麗な人がいるんだって。同時に自分が汚く見えて。その日から私は綺麗に生きようって思ったの。だから、本当にすごいのはあなた自身なの」


「俺自身……」


「ヒロト君。信じて。人は変われる。変わりたいと思った瞬間から変わってるの。今のまま、他人を傷つけ続ける人で生きるのか。昔のように優しい人になるか。選ぶのはあなた」


 そう言ってシオリは俺の手を握った。

 俺は俯く。


「……今更そんな綺麗な生き方をしていいのかな。散々、轟の命令のままにいろんな人を傷つけた。そんな俺がいいのかな」


「傷つけた人には何度も謝りに行きましょう? 大丈夫、あなたは一人じゃない。私もいるから」


 そう言ってシオリは笑った。

 その笑顔にドキリとした。胸の鼓動が高まる。

 ……なんだこれは?この感情はなんだ?


 途端、分館の扉が開いた。

 顔を怒りで歪めた轟とその後ろには黒服の男が二人立っていた。俺と違い、格闘技の大会で優勝して轟が勧誘して雇った男たちだ。

 轟が声を荒げた。


「ヒロト!その女を捕らえろ!俺に逆らいやがった!」


 俺はシオリの前に立った。

 

「……嫌だね」


「何だと!?」


「嫌だと言ったんだ。シオリは渡さない」


 轟が震える指でパチンと鳴らした。


「そうか、ヒロト。クズはクズのままか。変わらないんだな」


 合図と共に一斉に黒服の二人が襲いかかって来た。

 すぐに腰を低くして構える。

 俺の戦い方は先に一人倒すのが定石だった。もう片方にどれだけ殴られようが無視をして目の前の一人を倒す。

 そう思い、一人に向かって拳を振り下ろした。

 だが、それを片手で受け止められた。

 マジかと思った瞬間に腹に衝撃が走る。体が中に少し浮いた。

 体制を立て直そうとした時にもう一人に既に距離が詰められていた。

 驚き、ガードをしようとしたが間に合わない。今度は拳を頬に喰らう。


 ゲホッと血を吐いた。

 ……強い。流石だ。そこらのチンピラとは格が違う。いや、俺が弱くなったのか?今まで痛みなんて感じていなかったのに今は感じる。

 

「やめてっ」


 シオリの声が聞こえた。

 後ろを振り向くと轟がシオリの首に手を回して押さえつけていた。


 すぐに俺はシオリの元へと向かおうとした。

 だが、黒服に背中を向けることになり背中を強く蹴られて地面に倒れる。


 起きあがろうとするが痛みで体が動かない。

 体が悲鳴を上げている。

 なぜだ?そこまでダメージを喰らっていないだろう?そう思い力を込めるが体が動かない。


 今まで無茶をして来た代償なのだろうか。

 思った以上に俺の体は既にボロボロだった。

 今まで痛みを感じていないわけじゃない。無視していただけだ。傷は痛みを感じなくても確実に蓄積されていたんだ。

 今までの生き方が俺に立ち上がることを許さなかった。

 俺が人を助けるために動くことを許さない。体が、傷が俺に言う。

 そう簡単に変わらせるものかって。今まで人を傷つ生きてきたお前が、人を助けて生きようとするなって。


 俺は悔しさから歯を食いしばった。悔しくて涙が出る。

 やっぱ無理だったんだ。

 今更俺が変わろうだなんて都合が良すぎたんだ。

 目の前でシオリは轟に無理やり服を剥がされる。シオリの抵抗も無意味だったんだ。結局こうなるんだ。

 そう思い諦めようとした時だった。


「……助けて、ヒロト君ーー」


 シオリの声が耳に届いた。

 確かに聞こえた。

 痛みを感じる。立ち上がりたくない。

 でも立たなきゃ。痛みを堪えながら足に力を込めてゆっくりと立ち上がった。

 

 俺はもうすぐ死ぬんだと感じた。

 でも最後に変わりたい。死に際に変われたと喜んで死にたい。


 朦朧とする意識は変わらない。不思議と頭が冴えることなんてない。

 だから歯を食いしばる。

 そうだ。俺は今勝つために戦ってるんじゃない。守るために戦ってるんだ。勝てなくていい。負けてもいい。シオリが守れれば。シオリを逃がせればいいんだ。

 黒服の二人が再び近づいて来た。


 俺は口から血をそいつらの目に向かって吹き出した。

 思わず怯んだ二人に背を向け、轟とシオリの元へと向かった。

 シオリの服を脱がそうとしている轟の顔面に拳を入れる。そしてすぐに轟の首に腕を回して首を締め上げる。


「ぎゃぁあああ!」


 こいつが生きている限り、シオリに安息の地は訪れない。

 轟の耳元に顔を近づける。


「なぁ、轟ぃ……。お前とは長い付き合いだ。落ちるところまで一緒に落ちようか」


「はぁーー、ゔっ、離せ……!」


「死ぬときは一緒だぜ、轟」


 そう言ってヒロトは轟の首を締め付ける。


「ふざ、けんなぁ……!」


 顔色が青白くなっていく中、轟はポケットに手を突っ込み、パンッと乾いた音が鳴り響く。

 同時にシオリがバタンと音を立てて前のめりに倒れた。そして血が地面に広がっていく。


「……えっ」


 愕然と動きの止まるヒロト。

 轟は笑う。


「ギャハハハハ! ざまぁみろ! 俺のものにならねぇのなら、死ね! てめぇに生きる価値はねぇ!」


「轟ィィィ! 殺して……殺してやる!」


 怒りで手が震えながらヒロトは轟の首を締め上げる。

 轟は震えた手で再び銃を持つと、自分の頭に銃口を向ける。


「悪ぃな。俺を殺せるのは俺だけだ。楽しかったぜぇ、ヒロト」


 もう一度パンッと音が鳴り響く。

 同時に轟の手がだらんと垂れ下がり、口端を吊り上げながら轟は目を閉じ、血が地面に広がる。


 ……こんなやつはどうでもいい。

 俺は轟を放り捨てると、すぐさまシオリの元に行き、シオリの頭を優しく持ち上げる。

 だがシオリの表情はみるみる悪くなっていく。そして胸部からドクドクと血がとめどなく流れていく。


「嫌だ! シオリ! 死ぬなよ! お前が死んでどうすんだよ!」


 枯れた声で叫ぶ。

 するとシオリは薄く目を開き、ひゅーっひゅーっと浅い呼吸を繰り返しながら、


「ヒ……ロト、君。ごめんね……。私、もう無理かも……」


「馬鹿言うんじゃねぇ! すぐに救急車を呼ぶ! 待ってろ!」


 ヒロトは携帯を取り出し、急いで救急車を呼ぶ。


「大丈夫だ! シオリ! すぐに助けがくる! だから……だから!」


 だが、シオリの表情はますます悪化をする。

 目の焦点も定まっていない。


「……ト君。最後に、あ……に……伝えたい、ことが……ある」


「最後だなんて言うなよ!」


「ずっと……小学校のとき、から……」


「シオリ! 喋るなってば!」


「だ……いす……き……だったよ」


 そう言うと、シオリは口をつむいで少し微笑むとゆっくりと目を閉じた。

 

「シ、オリ……? シオリ……?」


 遠くから近づいてくるサイレン音。

 だがその雑踏すら耳に入らずにヒロトは焦点の定まらない目で眠ったように腕の中にいるシオリを見つめる。

 慌ただしく近づいてくる大量の足音。

 ガチャリと扉が開き、防護服を着込んだ人たちが転がり込んでくる。


「ーー丈夫ですか? ……っ! おいっ! 急……」


 近くにいるはずの人の声が途切れ途切れになる。

 防護服を着た人たちが俺を見て何かを言ってくる。

 たが耳が死んだのか、全く何も聞こえない。

 

 ……そうだよな。俺、もう体が限界なんだ。もうすぐ死ぬんだ。

 ヒロトは静かに目を閉じているシオリの隣に倒れた。白く端麗な横顔を眺める。


 そういえば聞いたことがある。

 死後最後まで残る感覚は聴覚らしい。

 シオリに無理やり体を近づけて、掠れた言葉で言った。


「シオリ。俺もお前のことが……」


 だがそのことあの続きをヒロトは発することができなかった。

 力の抜けたヒロトはゆっくりと目を閉じる。


 もっと早くこの気持ちに気づいていたら、違う未来もあったのかもなぁ……。


 そんな幾ばくかの後悔を胸に、ヒロトの意識が消えていく。

 そして、身体から魂が抜け落ちていくような感覚があった。



ヒロトの過去編終了です。


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