ヒロトの過去⑤
シオリを4階の空き部屋へと連れて行った。
空き部屋と言っても流石は金持ち。トイレや風呂などのものも各部屋ごとに完備されていて、部屋も広い。最初は轟がイケメンと言うこともあり、これからの生活に目を輝かせる女も多い。だが、物のように轟から扱われた後にここでの生活が地獄であることを知る。
シオリは部屋を見て驚いた。
「わぁー、意外と広い」
「……じゃあ、部屋の位置は教えたから。俺はもう行くな」
そう言って俺はそそくさと立ち去ろうとした。長くシオリといてはいけない。俺はこの事に関して何とも思わない。
「えっ!?ちょっと待ってよ!」
そう言ってシオリは俺の袖を掴んだ。
「……なんだよ。もうこれ以上俺から伝えることはない」
「いやいやっ! なんでヒロト君がここにいるの!? それに久しぶりに会えたんだからなんか話そうよ!」
「うるさい。お前とは何も話すことなんてない」
「は……はぁーー!? なにそれ! ヒドイ! もう知らないッ! フンッ」
そう言ってシオリは怒って俺を部屋から追い出すと下をベーッと俺に出してバタンと強く扉を閉めた。
……これでいいんだ。
俺はもうなにも余計な事は考えない。そうしてるんだから。ただ傍観者でいればいい。元々ロクに教育を受けてない頭を使わない方がいいんだ。
シオリが来た夜、轟から指令が下る。
今回はある会社の社長にこの契約書に無理やりサインさせろというものだった。
案の定、その会社の社長に接触をするとボディガードを雇っており争いになった。
そのボディガードに手こずり、なんとか倒したがその社長には逃げられてしまった。
口の中を切ってしまったみたいだ。ペッと血を地面に吐き出して轟の屋敷に戻った。
社長の警備がこれでより頑丈になるだろう。次は俺一人では無理だ。もう少し人を増やしてもらわなくては。
屋敷の中に入り、俺の部屋に戻ろうとしたときに廊下でシオリとかち合った。
ここの屋敷の女たちは名目上は轟の妻である。妻達はこの屋敷からは出られないが、屋敷の中ならば自由に行動できるのだ。屋敷の外に出ようとすれば警報が鳴って捕まる。もちろん俺が捕まえる役目だ。
シオリが口元に血がついている俺を見て近づいてきた。
「ちょ、ちょっとヒロト君!?口から血が……どうしたの!?」
「なんだっていいだろ。関わるな」
そう言ってシオリを振り払おうとした。
だがシオリは離れない。
「口切ってるじゃん! それによく見ると腕も傷だらけ……どうして?」
うっとうしいな。
……そうか、シオリは俺が最低なゴミになったことを知らないのか。だから俺のことを心配するんだ。
嫌われればいい。俺がクズであることを知らせればいい。
「今日中小企業の社長を襲ったんだ。するとボディガードを雇っていやがって、殴り合いになった。そんだけだ」
シオリの表情が固まった。信じられないといった顔をした。
「……へ?」
「聞こえなかったのか? 俺はある会社の社長を襲ってこうなったんだ。あぁ、でもボディガードは倒したぜ? うめき声あげて倒れた。そいつは骨折しただろうな」
「なに言ってるの……? ヒロト君。冗談でしょ?そんなことする人じゃないよ」
「全部本気さ。倒れ込んだボディガードの腕を俺が折ったんだ。こんな強い奴にすぐに復帰されても困るからな。それに追撃を加えて恐怖を植えつけた方が復讐をしてくる確率がーー」
途端、シオリの平手が俺の頬を叩いた。ケンカの傷口が開き、鼻血が垂れた。
……これでいいんだ。もう誰かといることは疲れた。どうせ裏切られる。勿論、シオリが俺に酷いことをするとは思えない。けど、疑ってしまう。もしかしたらなんて考えてしまう。
それなら、そばにいない方がいい。
シオリから嫌われた方がいい。このビンタも俺に対する嫌悪の表れだ。悲しくなんてない。
そう思って顔を上げてシオリの顔を見るとシオリは泣いていた。
「……は?」
なんでお前が泣くんだ?
叩かれたのは俺じゃないか。理解出来ない。
シオリが大声を上げた。
「なんで! なんでそんな人になっちゃったの!? あなたはそんなことする人じゃなかったじゃん!優しい人だったでしょう!?」
「……その優しい人はイジメられてたんだ。だから強くなったのさ。イジメられないように」
「じゃあ、ヒロト君はその会社の社長に何がされたの? だからやり返したの?」
「違うね。金のためさ。生きるには金が必要なんだ。そのためにやった。それだけだ」
「そんなお金のために骨を折るなんて……! しかもなんでそれを平然と語るの!? 罪悪感はないの!?」
「ないね。そんなものは感じない。……なんでお前が泣くんだ。その社長とは知り合いなのか? 違うだろ? あぁ、そうか。小学生の頃もお前は涙目になってたな。俺が怖いのか」
「怖くないよ。本当に悲しいの。そうなってしまったほど辛い事があったんでしょう? 想像すると苦しいの」
「……は?」
「だってあなたは花が折られた時に怒れる優しい人だったじゃない。なのに、もう自ら人を傷つけてもなんとも思わない人になってしまった。一体どうして変わってしまったの? どんな酷い目にあったの?」
「酷い目になんて合ってない。俺は変わったんじゃない。元から俺はクズなんだ。両親がどちらもクズだから。生まれつき俺はクズなんだ」
シオリは涙を拭いながら首を横に振った。
「違うっ! 生まれつきでクズな人なんていないわ。むしろあなたは花のために怒れる生まれつき優しい人でしょう?」
その言葉を聞いた途端、ヒロトの額に青筋が浮かぶ。
「……俺がクズじゃないって言うならなんだって言うんだ。何者だって言うんだよ。なぁ、教えてくれよ。その聡明な頭でさぁ、シオリ」
そう言って俺はシオリの肩を強く掴んだ。
「空っぽだから何かを求めた。それでやっと見つけたんだ。自分らしさが。生きやすい自分らしさが。あなたは元から優しい人間だって? その優しさでどうやって生きれるんだ。イジメられるだけじゃねぇか。腹を殴られるだけじゃねぇか」
俺の手が強くなる。シオリの肩に手が食い込む。
シオリは少し痛みで顔をしかめながら呟いた。
「……そうよね。そう感じてしまうほどの状況だったのね。ごめん、ヒロト君。あなたのことを何も知らずに叩いちゃった。……ごめん」
俺はシオリの苦痛に歪む顔を見て、ハッとしながら手を離すとシオリは踵を返して消えていった。
俺はシオリの消えた廊下を呆然と見つめた。
……結局なんなんだよ! クソッ! イライラする。
部屋に帰り、風呂を浴びて寝ようとした。けれど苛立ちが眠気を妨げる。
俺はため息をついて庭に出た。この屋敷は庭も完備されていた。多種多様な植物や花がきちんと整備されている。俺はふらふらとレンガ舗装の道を歩いた。コツンコツンと足音が響く。植物は夜になると光合成が出来ずに人と同じように呼吸をするらしい。そんな本で得た知識を思い出しながら歩いた。
すると、くしゃりと足元で音がした。
どうやら何かを踏んでしまったらしい。
足を退けて下を確認した。
そこには俺の足によって潰されて死んでしまった赤い花があった。
俺は無言で死んでしまった赤い花を手に取った。そして手で覆った。
なんとも思わなかった。たかが地面に咲いていた花を踏んだだけだ。いや、そもそもレンガの隙間に芽を下ろしてしまったこの花の運が悪かったんだ。俺は悪くない。こんな日の当たらない足元で気づくものか。
ふと、小学生の頃を思い出した。
花を踏まれたことに腹を立て、初めて怒りに任せて人を殴った出来事。
さっきのシオリの声が頭に反響する。
ーーどうして変わってしまったの?ーー
「俺は生まれつきのクズだった。だから、俺は変われないんだ。……変わってねぇはずだ」
そうだと自分に言い聞かせてすぐに庭から出ていった。もうこの場所にはいたくなかった。
すぐに部屋に戻り、布団に潜る。
……なんで眠れないんだよ。
より強い苛立ちが眠りを妨げた。
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