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ヒロトの過去④


 タクシーの中で母さんは口を開いた。


「あのね、ヒロト。私ね、すごく素敵な男性に出会ったの。とっても恰好良くて、お金持ちであんな家よりもとても豪勢なところに住んでるの」


「えっと、うん……。そうなんだ」


 急に知らない男の話題で困惑したが、適当な相槌を打った。


「それでね、それでね! どれくらい素敵かと言うとね! 私みたいな女に対してもすっごく優しい誠実な人なのよ! いくらお金を捧げても足りないくらい! その人と共に過ごすのが私の幸せなの!」


 そう言って母さんはとても興奮気味に早口で話した。

 正直全く興味はなかったけれど、母さんが嬉しそうに話すから俺も聞いてて嬉しかった。


 母さんがその男について話し続けて30分が経つとタクシーが止まった。

 運転手が「到着しました」と言い、母さんが料金を支払った。

 タクシーから降りてすぐに目に入ったのは豪勢な屋敷の扉だった。

 俺のすぐ後ろにピタリとついた母さんが口を開いた。


「ヒロト? 早く入りましょう? この屋敷に入れば幸せになれるから……。ね?ヒロト。ここで暮らしましょう?」


 俺は足を止めた。


「ちょっと、ちょっと待ってよ。俺これからこの家で暮らすの? え?前の家は?」


「……とにかくこの家に入ればわかるから。ね?ヒロト。早く。早く。急いで。早く」


 母さんの俺の背中を押す力が強くなる。

 少し疑問を感じたが俺は頷いた。


「分かった。分かったから。入るって」


 そう言って母さんは扉を開いて俺を屋敷の中に押し込んだ。

 屋敷の中は随分と暗かった。明かりがついていない。そのため、屋敷の中がどうなっているのか分からない。


「ねぇ、母さん。まっくらなんだけどーー」


 突然、ガツンと強い衝撃が俺の後頭部に響いた。思わず俺はバランスを崩して地面に倒れた。後頭部を手で押さえる。手がぬるりとした温かい感触を覚えた。血が出ている。

 ……なんだ?襲撃か?まずい、母さんを守らなきゃ。

 立ち上がろうとするが脳震盪が起きており、平衡感覚を失って立ち上がれない。

 

 その時、屋敷の照明が付けられた。

 明るくなり地面に倒れながらも周囲を眼球を動かして確認する。

 母さんを見つけた。母さんは玄関の扉の前で立っていた。怪我をしている様子はない。

 ああ、よかった。無事だ。

 歯を食いしばって立ち上がる。理屈じゃない。気合で立ち上がるんだ。母さんまで失ってしまったら俺は生きれない。これからなんだ。俺の人生は。……幸せになるんだ。クズ人間をやめるんだ。


「母さん……!」


 ふらふらな足取りで母さんのもとへ向かった。

 母さんは俺が近づくと右手を上にあげた。……そしてその右手には血の付いたハンマーが握られていた。


「……え?」


 母さんは近づいてきた俺の前頭部に力強くハンマーを振り下ろした。

 もう一度ガツンと衝撃を感じて俺は倒れた。

 今の状況が理解できなかった。


 母親は大声を上げた。


「こ……これでいいでしょう!? ヒロトは倒したわ! 賞金を全部よこしなさいよ!」


 ……どういうこと?母さん。

 声が出ない。みじめに地面に蹲ることしか出来ない。ああ、血がすごぃ……。頭がクラクラする。


 すると野太い男の声が聞こえた。


「何言ってんだババぁ。お前が貰える報酬は2割だ。情報提供者に3割。俺らに5割だ。そういう約束だろう?」


「ふざけないで!実行犯は私でしょう!?」


「黙れ。てめぇみたいなアバズレ女に2割渡すありがたいと思え。ここでその約束を反故にしてもいいんだぜ?……消え失せろ。ババぁ」


「ちっ! まぁいいわ! うふふふ! まっててね! 私の王子様! あなたを一位にするためにお姫様の私が行きます! うふふ……」


 そう言って母さんは扉を開けて出ていった。バタンと扉が閉まる音が最後に屋敷に響いた。

 声が出なかった。

 どうして、どうして……。


 俺の目の前に男が立った。


「よぉ、ヒロト君。高額の賞金首だと言うのに不用心だねぇ。だめだよ、ホイホイついてきちゃぁ」


 賞金首……?

 うつ伏せの状態からゆっくりと顔を上げてそいつを見た。そいつの顔面は全て刺青で覆われている。

 ……誰だ?見たことない。

 その男はにやりと笑った。


「あー俺のことは知らないだろう。俺はお前みたいな賞金首を狩って金を稼ぐハンターだ。そんな俺のもとに3日前に情報が舞い込んでな。借金取りに追われたホスト狂いの女をダシにすれば簡単にお前をおびき寄せて殺すことが出来るって。……ここまでうまく行くとは思わなかったがな」


 絞り出すように声を出した。


「じゃあ、母さんは……?」


「ははは……。まだあれを母親と言うのか。可哀そうに。自分の息子の売れば報酬の2割出すと言ったら喜んでこの作戦に乗ってきたぞ」


「ああ……そうか」


「ははは……。こんなに簡単に金を稼げるとはな。あの女も役に立った。轟グループの飼い猫だからほかのハンターは手を出さなかったみたいだが、どうやらお前は正規の飼い猫ではないみたいだな。それなら問題ない。轟グループから俺が追われることもない。いやー、本当に楽な商売だったぜ」


 そう言った刺青の男の笑い声が屋敷に響いた。

 俺は一人蹲りながら苦笑した。


 ……分かったよ。全部。

 もともとシオリと同じ場所に立ちたいって願うこと自体間違いだったんだ。

 同じ場所に立つためにクズ人間をやめたかった。でも俺の血の半分は父親(クズ)血だった。だから俺はクズ人間をやめられないと思った。

 けど、もう半分の母さんがすごくいい人なら。もしかしたら俺はクズ人間をやめれるのかもって思ったんだ。

 だから母さんに会おうと思ったんだ。残りの半分の血に良心があるのを願って。


 でも、それは無駄だった。

 母さんもクズ人間だった。

 だから、もう考えるのをやめにしよう。自分がクズ人間かどうか考えることは滑稽だ。俺は生まれつきのクズ人間にだったんだから。

 ただ生きるために生きよう。邪魔な物は全部壊そう。善悪とか、自分らしさとか知ったことか。

 

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 頭の痛みも平衡感覚の狂いも不思議とどこかに消えていた。むしろ原因の血が頭から流れ落ちて行くことが心地よかった。

 ただ今は目の前のことをやろう。生きるためにこいつを倒そう。殺してしまってもいい。

 立ち上がった姿を見て刺青の男が驚きの声を上げる。


「なぜ……立ち上がれる!?その出血量ならば意識があること自体ありえないはずだ」

 

 刺青の男は一瞬冷や汗を浮かべたが、すぐに笑い声を上げた。


「ふふふ……。だがな、俺は用心深いのさ。もしものことを考えて大量の戦闘員を用意しているんだ。されど高額賞金首だからな」


 男が指をパチンと鳴らすと屋敷の暗闇から鉄パイプやナイフを持ったガタイの良い男たちが一斉に姿を表した。


「ハハハ! 奇跡で立ち上がれてもここまでだ! 現実はそんなに」


 ぐちゃり。

 何度も聞いたことのある拳が顔面にめり込んだ時に出る音。

 刺青の男の体は軽く吹き飛び、地面に倒れた。

 俺は男にとどめを刺そうとした近づいた時に5人のガタイの良い男たちが俺を囲った。

 鉄パイプを持った男が叫んだ。


「覚悟しろ。お前は何の武器も持ってない。ここから逆転することはない。抵抗しなければすぐにあの世に逝かせてやる」


「……どうかな」


 俺は倒れた入れ墨の男のポケットを漁った。

 ……やっぱりな。用心深い男が戦闘員に裏切られ、金を盗まれる危険性を考えていない訳がない。5人のやつらに襲われても返り討ちに出来る武器がある筈だ。

 俺は刺青の男から取り出した拳銃を一人に向けた。

 

 パンッと乾いた音が屋敷に響いた。

 弾丸が鉄パイプを持った男の頭の上をかすった。男は腰を抜かし、鉄パイプが地面に落ちてカランカランと音がした。


「意外と反動がデカいな……。こうすれば外さないか」


 そう言って俺は腰を抜かした男の額に銃口を当てて引き金を引こうとした。

 その時、男は俺を見て言った。


「ヒッ、ヒィィ……。ば、化け物……」


 俺の引き金を引くてが一瞬止まった。

 そのタイミングで屋敷のドアが開き、大量のスーツ姿の男たちがなだれこんできた。

 スーツの男たちが俺を囲っていた男たちを取り押さえる。

 その集団の後ろから轟が拍手をしながら近づいてきた。


「すげぇよ、ヒロト。想像以上だ。ここまでやるとは思わなかった」


 俺はジロリと轟を並んだ。


「……情報提供者ってのはやっぱりお前か」


「そうさ! お前が俺の使える武器になるのか見極めたかった。今までお前は人を殴るときに躊躇していた時があった。その理由をなぜかと考え、それは母親の存在だろうと予測した。だから、その母親の存在をぶち壊してどうなるのか知りたかった。結果は……最高だよ。ギャハハ……」


「……お前は知っていたのか母さんがクズであることを」


「知っていたさ。お前が母親の口座に手をつけていたことも。そして実はな、その口座に振り込んでいたのはお前の母の母だ。つまりお前のおばあちゃんさ。お前のおばあちゃんは娘がどうなったか知らずに娘のためにとせっせと口座に毎月送金してたんだ」


「ははは……。そういうことか。あぁ……やっぱり生まれた時からクズ人間になることは決まってたんだな。いや、違うか……」


 直前に言われた言葉を思い出した。

 化け物だって言われた。言われた瞬間に体が固まってしまった。人間ですらないのかと思った。


「俺は……化け物さ」


 *******************


 その日以来、俺は轟の命令を遂行するためだけに思考を使い、目の前の現状を他人事のように眺めるようになった。俺に殴られて苦痛に顔を歪める男も、泣いて許しをこう女も所詮他人事だ。


 そして俺は正式に轟を守るボディガードになり屋敷に住み込みで働くことになった。

 轟はその屋敷では好みの女を複数人飼っている様だった。

 まさにそこの女にとっては地獄だろう。轟は女を自分の欲を満たすための道具としか見ていないようだった。

 だが、この事実に対して俺の感情はない。可哀想などとは思わない。どうでもいい。

 

 轟がまた新しい女を連れてきた。8人目の女だ。

 女を引っ張ってきて言った。


「こいつは溝脇美和子。取引先の娘。むっちゃかわいくね?貰っちまったよ。あぁ、こいつは3階の空き部屋を与えてくれ」


 俺は快く返事をした。


「はい。承りました。轟様」


 溝脇美和子という女の表情は暗かった。

 女を俺は3階の空き部屋に連れて行く。階段の途中で女は言った。


「ね、ねぇ! 君! 私と同じ年くらいでしょう!? 助けてよ!お父さんの元へ戻りたいの!」


 だが当然俺はそれを無視して女を部屋に押し込んだ。

 どうでもいい。この女なんて興味ない。

 

 翌月、轟がまた新たな女を連れてきた。


「こいつは橘汐里。倒産しかけている会社の娘。会社を人質に取って連れてきた。4階の空き部屋に連れて行け」


「はい。轟様」


 俺は快く返事をした。

 特に何かを考えることはない。できる限り思考を削り、ただやるべきことをやる。今はこの女を部屋へ押し込むだけだ。


 橘汐里の表情は溝脇美和子と違い暗くなかった。

 むしろ何か企んでいるような……。

 ……ん?

 橘汐里を連れて階段を登っているときにふと気づいて足が止まる。変な汗が背中からで始めた。


「……え? シオリ……?」

 

 シオリは振り向いた俺の顔を見て叫んだ。


「……あーッ! ヒロト君じゃん! え゛ぇ!? なんでここにいるの!?」


 頭が混乱する。落ち着いて考えろ。

 ……シオリがこの屋敷にいる。それはつまり轟の道具にされると言うことだな。

 そう、これはただの客観的な事実だを述べただけだ。

 この事実に対して俺の感情は……ない、筈だ。


評価、ブクマ等よろしくお願いします!

何卒!何卒!

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